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邂逅
しおりを挟む「常磐!」
耳が、橙子の声を拾った。仕事の打ち合わせ帰り、普段は通らない道。呼ばれたらしいのは、小さな子。顔は、見えない。楽しそうな後ろ姿が止まって、同じ仕草で道沿いのカフェを見ている。
そこから出てきた学生服の少年が、戯れるように子どもとつないでいない方の橙子の手を取る。橙子が反応する前に、先ほど常磐、と呼ばれた子が少年の手を取って、両手を繋がれた後ろ姿が満足げで。
少年だけが、不意にこちらを振り返った。明らかに目が合う。
挑戦的な眼差し。表情を変えずにすぐに顔を戻す。2人を振り返らせないように。
その面差しが緋榁に似ていて、ああ、彼が。と、察する。
「一昨日、見たよ」
「ん?」
土曜日に現地打ち合わせをしながらランチを囲む。店の料理も食べられない僕に、橙子が弁当を作ってくる。五十里もつまんでいるその向こうで、橙子と背中合わせに座って心地よさげに寄りかかっている少年がこちらを一瞥する。
あの少年。本来仕事ではない土曜日に仕事を入れたら、彼がついてきた。昔からべったりだからなぁ、と五十里も気にする様子もない。許可を取れば入れてしまう以上、必要以上に帰らせようとすることもできない。確かに詳細発表前の現場ではあっても、設計が僕であることも場所も決まっている以上、見られて困るものはそもそも今日、ほとんどない。
「子どもと一緒に歩いてた」
「…声かけてくれればよかったのに」
「ちょっと距離があったから」
「そう?」
声をかけてよかったのか、と言いたくなる。まだ一度も、橙子はその育てていると言う子どもと僕を会わせようとしない。僕が、会いたいと言わないから、なのか。橙子なら、さらりと、会ってよ、と連れてきそうなのに。
「ちょっと、みつ君、重い。大きくなったんだから自覚してー」
「だから橙子ちゃんが寄り掛かっていいって。そうしたら、ちょうどいいって」
「小さい子に寄りかかるなんて」
「言ってることめちゃくちゃ。俺、高校生だからね?」
「…高校生はそんな風に懐かないと思うの」
「小学校から懐いてるからバグってんだよね」
確信犯、と小さな声で五十里が笑うのが聞こえる。なるほど、と苛々を腹の中に押し込める。
「土曜日、仕事入れて悪かったな。子ども、どうした?」
「白パパと遊んでる。終わったら合流することになってるから大丈夫。お目付役、ついてきてるし」
言いながら、背中を預けている少年を振り返る。顔が、近い。僕との距離感と似た距離感。ただ、彼の感情が、違うだけ。
「ここ、いいね。空が広い。設計図、ちゃんと読めないから出来上がりを想像するのができないんだけど。蒼が設計したように建った後も、気持ち良い空があって、美味しくお弁当を食べられたらいいな」
「お弁当…」
「初めてだもん。蒼と一緒に仕事するの。張り切ってるの」
「お前のそのモチベーション、常に維持してくれ」
「蒼が絡んだモチベーションを常には、無理だなぁ」
「おいこら」
「常磐は?」
不意に、みつ、と橙子に呼ばれた少年が口を挟む。聞いた途端、橙子がへらりと笑った。
「そりゃもう、別格。常磐が楽しめる場所なら、全力で」
「…蒼サンとなんか違うの?」
んー、と考える様子で。
「違わないわ」
必要な素材になる写真を撮り、現地でイメージを交わしながら打ち合わせをする。五十里が優秀なバイヤーであるからこそ、それをした。橙子の反応も、見たかった。
仕事の顔で歩く橙子を、みつ君は離れて歩きながら眺めている。大人びた目で。
「あんたさ、橙子ちゃんの作ったものは食べれるんだってな」
「…」
「わっがまま」
吐き捨てるように言った少年の目が、橙子のほっそりとした背中を目で追う。
「俺が初めて会ったときも橙子ちゃん、ほっそい人だったけど。今もっと細いんだぜ。骨骨してんの。省エネで動いてるから必要ないって言うんだけどさ。食が細くて。しかも超ショートスリーパー」
言葉が、出てこない。
「蒼、こっちは終わったよ」
不意に声をかけた橙子が、僕の様子に首を傾げて顔を覗き込む。
腕を伸ばして、髪をかき回された。その手首が、細い。ただ、手首は昔からすごく細くて…。
「疲れてる?働きすぎ?」
「僕ももう大人だよ。大丈夫」
「蒼の大丈夫は、信じられないから」
にっこりと、笑った橙子がよしよし、と頭を撫でる。
無意識だった。
解散した後に、橙子と少年について行った。
藍沢の整いすぎたシルエットと、手を繋ぐ小さな少年。
顔が、見えた。
見えて。
ぐらぐらと、視界が揺れる。
無邪気に幸せそうに笑う、確かに、天使。
天使みたいに可愛い、と言われていた、小さい頃を思い出した。
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