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白と黒
しおりを挟む聞いたぞ、と五十里は戻って来た橙子に笑いかける。気安い様子が、引き抜いてまで海外に連れて行った上司と部下の信頼関係を伺わせて、モヤモヤする。
「高天さんと仕事なんて聞いたら、黒いのんとこの長男、面倒そうだなぁ」
「まさかぁ」
へらり、と笑うのを見ながら、黒いの?と思わず呟けば、気にする様子もなく橙子が口を開く。本当に、橙子が育てる子は隠すことでもなんでもないのだろうと思うと、なぜかまた、胸がざわついた。
「黒いのは黒パパ。わたしが子育てって、どうも信用ないみたいで。五十里さん…と言うか、奥さんも気にかけてくれるんだけど、それ以上に日々顔出すから、子どもがいつの間にか白パパ、黒パパって呼ぶようになっちゃって」
「いや、ちょっとすっ飛ばしすぎだろ、お前」
話の飛び具合が懐かしいと思っていると、五十里は丁寧に突っ込んでいる。
あ、ごめんごめん、と全然申し訳なさそうでもなく、橙子は僕の目を覗き込んだ。口にするのは気にしないけれど、反応は見逃さない、と言うように。
「白パパは、5年前にお世話になった救命のお医者さん。黒パパは、5年前、てより中学の頃から知ってるあの刑事さん」
トレードマークのような、縒れた黒いスーツ。
恋愛対象が同性だと気付いたのは、小学校高学年の頃だった。女の子は可愛らしいと思うことはあっても、それだけだった。
その頃やっていた陸上競技の大会で中学生と一緒になって、更衣室で見た自分たちより発達したトレーニングした筋肉のついた体に、知らない感覚が湧き上がった。
自覚して、ずっと、どうしていいかわからなかった。
ただ、隠していくしかなかった。それ以外、知らなかった。
自分の容姿が優れていることは自覚していて、女の子から好意を寄せられることは多かったけれど、応えられるはずもない。それがまた、クールだと妙に祭り上げられ、イメージばかりが一人歩きした。
同性の同級生からやっかみを受けるには、十分だった。
その中に、中学の頃、好意を抱いていた相手がいた。彼が好意を向けていた子が、僕を好きだった。それだけ、がそれだけ、と言い切れない大事件なのがあの年頃なのかもしれない。
「僕は、あの子は好きにならないよ」
彼に言っても、慰めにもならない。だから彼女が彼を好きになるとも限らない。
ただ、放課後の校舎裏で、そんな話になって、彼は最初、冗談まじりにけれど引きつった顔で僕を見た。
「なんで言い切れるんだよ。お前、女子に気がある様子もないし、ホモか?」
「……」
その場しのぎで、否定すればいいんだろう。でも、好意を向けている相手にそれを否定する言葉がとっさに出なかった。
残酷に、笑った。
「まじかよ?」
思春期の体なんて、意味がわからない。恐怖が、性的興奮と脳みそが勘違いしたんだろうか。嫌悪感もあらわに僕の股間を膝で押し付けた彼は、そのまま突き飛ばし、蔑むように見下ろした。
「何、勃たせてんだよ。気持ち悪りぃ。男なら、誰でもいいのかよ」
いいわけない。恋愛対象が異性のお前は、じゃあ、誰でもいいのか、と言い返したいのに、もう、喉がひきつれて声も出ない。
靴を履いたまま、股間を踏まれて。彼の常識と違う僕と言う存在への混乱と、思いがけない暴力で彼も混乱して興奮状態なのだとは分かっても、恐怖が収まるわけじゃない。
「何、それ、入れたいの?それとも、ケツに入れられたいの?男同士って、ケツ使うんだろ?」
そういう知識はあるんだな、と冷静に彼の顔を見上げながら思って。
「なあ、それ。オナニーして見せろよ。お前らって、どうやんの?」
何か違うわけがないじゃないか。
早くしろよ、と股間に乗った足に力を込められ、恐怖で、わかった、と引きつった声で応じて、手を伸ばして、取り出すけれど、恐怖で縮んだそれは、反応しない。
ゴミでも見るように眺めているお前は、面白いのかよ。
そんなことを思っていたら。
急に、頭に何かをかけられた。ふわり、と。
その頃は男女でそんなに体格差がなくて、場合によっては女子の方が背が高いくらいで。
何が起きたのかわからなかった。
かけられたのは、ジャージだった。ジャージ越しに、誰かが覆いかぶさるように抱きしめるのがわかった。
曝け出された股間と、恐怖で歯が噛み合わない僕。情けない。自分でも、汚くて気持ち悪いと思う。それを。
「あんた、何やってんのよ。男同士なら、こういうこと、してもいいと思ってるの?」
「な…そいつ、ホモだぞ」
「だから何よ」
怒った声に聞き覚えがあった。必要なことしか言葉を交わしたことはなかったけれど、小学校から同じ学校の同級生。
「それならなおさら悪い。高天くんにとっては、女子が男子を見ているのと似た気持ちが男子に対してあるってことでしょ。それわかっててやるって、最低」
「おい」
「何よ。高天くんがいいって言ったら、先生にも警察にも、いうからね!」
「てめっ」
「わたしに怒る前に、高天くんに謝れ、ゲス」
いや、口悪いな、と痛いほどに抱きしめられながら思って、恐怖がさっていることに気付いた。抱きしめる彼女の腕は、震えているのに。男子に立ち向かうのは、こんな格好の男を抱えるのは、怖くて当たり前だ。
結局、僕がどうこう、という前に、警察には、ばれた。
放課後の校舎裏、は、ちょうど道沿いで、通りかかった若い警察官に見咎められた。ジャージを頭からかぶった誰かを女子生徒が抱えて、男子生徒と口論していればそれは、目につくだろう。
悪ふざけです、と言い張る僕に、2人は合わせてくれた。
その時の警官が、緋榁。今の橙子が言う黒パパ。
同じ高校に行って、大学に進学してからは同じアパートの隣の部屋に住んで。
僕が「同じ相手とは2度は寝ない」なんてはたから言われながら体の関係を人と結んで過ごしていた頃も、橙子は隣の家にいた。緋榁はその頃には刑事になっていて、そして5年前の事件が起きた。
白パパは、事件の時に運び込まれた病院の救命医師だと言う。
藍沢、と言う名前には覚えがあった。やけに整った顔のいい体つきをした男。
僕が知らない橙子の5年を知っている2人。
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