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番外
ノード伯爵家の後継者
しおりを挟むある日、家で出る食事の味が格段に落ちた。
なんだこれ、と思ったのは僕だけではなかったようで、姉は一口含んだきり手をつけずに席を立ち、両親は忌々しげに、それでも食事を続けていた。
その後からだ。家がおかしくなったのは。
味が落ちたのと時期を同じくしていなくなったと思っていた使用人が、実は姉だったとわかったのもその頃。お前も使用人のように扱っていただろうと両親は言うが。使用人のように扱っていたのではない。使用人だと思っていたのだ。そう思った原因が自分たちの行いにあるとは思わないのか。
何があったのか詳細な話は両親から聞かされないまま、家から両親も、姉もいなくなった。
外国に留学に行ったままの兄は帰ってくる気配もなく、どうやら取り潰されたらしい家に残された。母は、僕にこの家を継がせるつもりでいたようだが、以前から、あの兄を差し置いてどうやって、と思っていたものが、なおさらバカバカしくなった。
その家に、見覚えのある男が来たのは、取り残されてからそれほど経たないうちだった。使用人だと思っていた姉のそばにいつもいた男。胡散臭いほどに整った顔の男は、自室でぼんやりしていた僕を見つけて、表情一つ変えない。
「ああ、やはりいらっしゃいましたか」
「……」
言葉を返すのも億劫だった。家は取り潰されても、不思議と使用人たちはまだ残っている。給金をどうしているのかなど、頭も回らない。衣食住に困らなければ、さして問題はない。
その使用人たちが、何も言わずに主人である僕の部屋までこの男を通したことが理解できなかったのだが。
なんだお前は、と言う前に、男は当たり前のように名乗る。
「わたしはアダン。あなたがわたしをご存知でないだろうとは思っていましたが」
ふむ、とうなずいたものの、相変わらず表情が変わらない。あの人といるときは、もう少し柔らかい顔をしていた気がするが。
「…あの人は」
あの人、と繰り返してから浮かんだ彼の表情は、ヒヤリとするほどに怜悧だった。
「ようやくあの方が、あなたの姉だと気づいたわけですね」
知られていた。弟でありながら何も知らずにいたことを。
教えなかった方が悪いと目を逸らしていた現実。醜いと蔑まれ続けるその扱いが不自然ではあった。使用人であれば、そんなことに頓着する必要すらないはずなのに。
「無知であることも罪深いですが、だからこそあなたは今回の件で何も咎めがなかった。セシリア様があなたがどうされているか気にしていましたので様子を見にきましたが」
そう言って見回した男の目は冷たい。
気にしていた?あの女のせいでこの家はこんなことになったのに。
「あの女が王家に逆らうからこんなことになったんだろう」
「…なるほど」
男は無感動に頷く。そうして、こちらのことを無視するように、その感情のこもらない目を向けた。
「選択肢を差し上げます。どこか田舎へ引っ込んで平民として暮らすか。孤児院で良いと申し上げましたが、どこか子供を欲しがっている家を探すようにお嬢様から言いつけられていますので、その程度はしましょう。もう一つは、この家を継ぐか」
「継ぐ?継ぐ家ももう、ないだろう」
「可能ですよ。お嬢様の一言で」
「何?」
僕の答えなんて、わかっていたのだろう。男は相変わらず、無表情だ。
「あなたがきちんと教育を終えた後に再興し、継がせていただけるようお嬢様が願い出れば、それだけでかなうでしょう」
「どういうことだ」
「教えて差し上げる義理は、ございません」
思わず、唇を噛み締めた。
こんな男に見下されている。必ず見返してやる。
「僕の家だ。選ぶまでもない」
「なるほど」
どうするのかも何も告げずに、男は頷く。
「あなたがあなたの姉上や兄上を頼ることはご自由に。ご両親は、頼らない方が良いでしょう。お嬢様が願っても、かなわなくなります。姉上を頼って身を滅ぼすのであれば、ご自由に」
姉というのが、いつも美しく着飾っていたフラウだということはわかった。だが、つい皮肉を口にしてしまう。
「お前のいうお嬢様も僕の姉、だろう?」
「あなたの姉ではありません。わたしのお嬢様です」
きっぱりと言い切った男の冷たいを通り越した気配に身震いする。命の危険すら感じて、竦み上がった。
そのまま去った男は、僕には何も言っていかなかった。
ただそのすぐ後、全寮制の学校に入れられ、そのうち、家は兄によって処分されたと聞いた。
そこまで来てふと気づく。
どこまでを、あの男は求めていたのか。
学園をただ卒業すれば、家の再興がされるわけではないだろうことは、僕にももうわかった。学園で、両親が、フラウが、何をしたかをようやく、人伝に聞かされたから。
醜いと言われ続けたもう1人の姉に、もう一度会うのに、一体何年、必要なんだろう。
一度も姉と呼ばなかった人。
あの味が。うちの味だと信じたあの食事を。
そうして気づくんだ。
家が再興されても、僕はその家であの食事ができないんだ。
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◇◆誤字報告でゴザイマス🐥◆◇
未ひとつ × ⇨身ひとつ ◎
季節の変わり目の体調不良に😃
お気をつけ下さいね。🌱🐥💮
ご指摘ありがとうございます(汗)
修正しました!
お気遣い、ありがとうございます。
季節の変化についていけるようお互い気をつけましょうね。