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番外
逃さない
しおりを挟む森での生活にも慣れ、誤算ではあったがなぜか余計な方達までついてきてしまったおかしな状況にも慣れたのか、並んで昼の支度をしながらふと、手を止めたシアがこちらを見上げる気配を感じる。
「どうしました?」
「アダンは、なんでずっとそばにいてくれるの?」
その言葉を聞いた瞬間、スッと心の中が冷えるのを感じる。慣れた、と思っていたのに、この方はまだ、わたしを遠ざけようと考えているのか、と。
察しの良いシアは、ふるふると首を振っている。もともと、人当たりの良さなど仮面でしかなかったと、彼女は知っているから、なおさら察しは良い。
「あの、アダンの中に、何かここまでは、っていう線引きがあってなのか、そうじゃなくて…愛想尽かされない限りいてくれるのかって」
だんだん尻すぼみになっていく言い訳の言葉に、思わずため息が出る。何を不安に思うことがあるのか。これまでもずっと伝えていたと思うのに。つくづく、この人にこのような思い込みをさせた奴らを苦々しく思う。
「シアは、わたしと最初にあった時のことを覚えていますか?」
「当たり前だわ」
被せ気味の答えについ、笑みが溢れる。濡れている手を拭い、つい、シアの耳の後ろをくすぐるように撫でてしまう。心地よさそうに目を細めるのが無防備で、止めずにいると、咎めるような視線を向けられた。逆効果だと、教えた方が良いのだろうか。自分だけならまだしも、ここにはあの男たちもいる、と思案しながら、手を動かしながらの方が、この方は素直に話すからと昼支度に手を戻す。
「その時、わたしのことをどう思いました?」
「どう?…きれいな子だなぁ、って思ったけど」
「…あの姿で、ですか」
とても、きれい、などと表現されるような姿ではなかったはず。飢えて汚れた敵意丸出しの子供に、警戒心もなく手を出した少女。裕福な家の子には見えなかったが、連れ立っている少年は、どう見ても貴族の子弟と言った風体だった。それを兄と呼ぶ少女との違いを不思議に思いながらも、憐んでいるのか、と自分でも驚くほどに気持ちがささくれだった。
「わたしはあの頃、あなたが大嫌いでしたよ」
びく、と小さく震えて少し、動きを止めたシアが、静かに詰めていた息を吐き出しながら隣で頷いた。
「知ってたよ。はっきりそう言われたのも、覚えてる」
「それなのに、あなたはわたしに構うのをやめなかった」
衰弱し、怪我も負っていたわたしの体を労わるように、ずっとまとわりついていた少女は。
質素ながらも美味しい食事と、洗い晒しでも清潔な衣服や寝具など、そしてきちんと屋根のある場所での生活でわたしが回復すると、不思議なほどに姿を見せなくなった。
代わりにルドヴィル様が時間になると現れて、一緒に教育や剣術の稽古を受けさせてもらう。不思議な生活だった。
ここを出ていくとしても役に立つことを、と姿を見せなくなった少女が望んで、それを叶えるためにルドヴィル様が行っていたことだと、少ししてわかった。無性に腹が立ち、姿も見せず勝手なことを行い、しかもそれがここから追い出すための準備だと、苛立ちが募った。どうせ追い出すのなら、なぜ手を差し伸べ、そしていつまでも余計なことをするのだ、と。
同じような境遇の子供も、もっとひどい境遇の子も多いのに。
見つけた少女にそれを責めれば、泣きそうになりながらそれを堪えていた。そのころのシアの年齢を考えれば、なんとひどいことを聞くのかと自覚はある。
「全部を助ける力なんて、持ってない。でも、何かすれば、そこから変わるかもしれないから…それに、アダンはわたしとしっかり目が合った」
そういえば、いつも、不安げにしながら目を自分からは逸らさない方だった。
屋敷の中でのおかしな扱いや、ルドヴィル様以外の家族からの仕打ちもその頃には気付いていて、だから、動けるようになるまではあのような生活だったのか、と納得もした。与えられていた食事が、本来であれば彼女のものだったことも、休んでいた質素な寝台が彼女のものだったことも。
「放っておけと言っても放っておいてくれなかったあなたは、わたしが元気になったと判断した途端、離れていきましたね」
「あの屋敷で、わたしのそばにいても良いことはないから。アダンなら、外に行ってももう大丈夫だったし、屋敷に残るとしても、わたしがいなければもっと良い生活ができるはずだったのに」
ルドヴィル様に願って、シアの侍従にしてもらった。侍従が必要な生活はしていないと、非常に抵抗を示したシアを説得したのは、ルドヴィル様で。
わたしがそれ以外を望んでいない以上、シアが断るのであれば屋敷に居場所はないと言われ、渋々シアは受け入れた。外でやりたいことができたり、屋敷内で他に興味があることがあれば、すぐに言え、と往生際が悪かったけれど。
思い返してみても、いつからこの人から目が離せなくなっていたのかわからない。
心底嫌いだったのは確かな最初の頃から、確かに目は離せなかった。
運ばれてきた食事を、余計なことをするなと跳ね除けた拍子にこぼしてしまった時も、怒るでもなくただ、唇を噛み締めていた。言いたいことがあるなら言えと重ねて責めれば、食べたくても食べられない人も多いのを知っているでしょうと、嫌でも、食べて欲しいと、それを口にするときは真っ直ぐに顔を上げて。
そして、返事を待たずにいなくなった。ひっそりと暮らしていた少女は、おそらく誰よりも強かったのだろうと今なら思う。
「我ながら、なぜ、と言われても答えられませんが。なのでその質問はしないでください。ただ、あなたから離れる気も、あなたを離す気もありませんから諦めてわたしのそばにいてください」
何を考えているのか、珍しくわたしにもわからない表情でふと見上げられていることに気づき、それを見下ろしてふと微笑んでしまっている自分に気づく。自分がこれほど表情を持っていたことを知らなかったし、見せることがあるとはさらに思わなかった。
「シア、あなたを誰よりも、大事にしますから。今は、いいえ、もうずっと前から、あなただけが、好きなんですから」
不意に、ほっそりとしたシアの手がこちらに伸びてきて、珍しく、彼女の方から抱きつかれる。
思わずその不意打ちに体を揺らしてしまい、動揺を気付かれたのはわかるが、シアの行動が読めない。
自分から飛び込んできたわたしの胸元でこちらを見上げ、シアが年頃の少女のように目を奪われるほどのその愛らしく美しい顔で笑う。
「言ったわね?アダン。もう、逃してあげないから」
逃さないのは、こちらの方なのに。
予想もしていなかった言葉を受けて、胸が締め付けられるほどに苦しくなり、それを逃すために胸にすり寄る人をぎゅうぎゅうに抱きしめ、頭頂部に頬をすり寄せ、唇を当てる。
「シア、あなたこそ。逃しません」
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