無責任でいいから

明日葉

文字の大きさ
上 下
14 / 15
番外

逃さない

しおりを挟む

 森での生活にも慣れ、誤算ではあったがなぜか余計な方達までついてきてしまったおかしな状況にも慣れたのか、並んで昼の支度をしながらふと、手を止めたシアがこちらを見上げる気配を感じる。
「どうしました?」
「アダンは、なんでずっとそばにいてくれるの?」
 その言葉を聞いた瞬間、スッと心の中が冷えるのを感じる。慣れた、と思っていたのに、この方はまだ、わたしを遠ざけようと考えているのか、と。
 察しの良いシアは、ふるふると首を振っている。もともと、人当たりの良さなど仮面でしかなかったと、彼女は知っているから、なおさら察しは良い。
「あの、アダンの中に、何かここまでは、っていう線引きがあってなのか、そうじゃなくて…愛想尽かされない限りいてくれるのかって」
 だんだん尻すぼみになっていく言い訳の言葉に、思わずため息が出る。何を不安に思うことがあるのか。これまでもずっと伝えていたと思うのに。つくづく、この人にこのような思い込みをさせた奴らを苦々しく思う。


「シアは、わたしと最初にあった時のことを覚えていますか?」
「当たり前だわ」
 被せ気味の答えについ、笑みが溢れる。濡れている手を拭い、つい、シアの耳の後ろをくすぐるように撫でてしまう。心地よさそうに目を細めるのが無防備で、止めずにいると、咎めるような視線を向けられた。逆効果だと、教えた方が良いのだろうか。自分だけならまだしも、ここにはあの男たちもいる、と思案しながら、手を動かしながらの方が、この方は素直に話すからと昼支度に手を戻す。
「その時、わたしのことをどう思いました?」
「どう?…きれいな子だなぁ、って思ったけど」
「…あの姿で、ですか」
 とても、きれい、などと表現されるような姿ではなかったはず。飢えて汚れた敵意丸出しの子供に、警戒心もなく手を出した少女。裕福な家の子には見えなかったが、連れ立っている少年は、どう見ても貴族の子弟と言った風体だった。それを兄と呼ぶ少女との違いを不思議に思いながらも、憐んでいるのか、と自分でも驚くほどに気持ちがささくれだった。



「わたしはあの頃、あなたが大嫌いでしたよ」





 びく、と小さく震えて少し、動きを止めたシアが、静かに詰めていた息を吐き出しながら隣で頷いた。

「知ってたよ。はっきりそう言われたのも、覚えてる」
「それなのに、あなたはわたしに構うのをやめなかった」

 衰弱し、怪我も負っていたわたしの体を労わるように、ずっとまとわりついていた少女は。
 質素ながらも美味しい食事と、洗い晒しでも清潔な衣服や寝具など、そしてきちんと屋根のある場所での生活でわたしが回復すると、不思議なほどに姿を見せなくなった。
 代わりにルドヴィル様が時間になると現れて、一緒に教育や剣術の稽古を受けさせてもらう。不思議な生活だった。
 ここを出ていくとしても役に立つことを、と姿を見せなくなった少女が望んで、それを叶えるためにルドヴィル様が行っていたことだと、少ししてわかった。無性に腹が立ち、姿も見せず勝手なことを行い、しかもそれがここから追い出すための準備だと、苛立ちが募った。どうせ追い出すのなら、なぜ手を差し伸べ、そしていつまでも余計なことをするのだ、と。
 同じような境遇の子供も、もっとひどい境遇の子も多いのに。
 見つけた少女にそれを責めれば、泣きそうになりながらそれを堪えていた。そのころのシアの年齢を考えれば、なんとひどいことを聞くのかと自覚はある。



「全部を助ける力なんて、持ってない。でも、何かすれば、そこから変わるかもしれないから…それに、アダンはわたしとしっかり目が合った」



 そういえば、いつも、不安げにしながら目を自分からは逸らさない方だった。



 屋敷の中でのおかしな扱いや、ルドヴィル様以外の家族からの仕打ちもその頃には気付いていて、だから、動けるようになるまではあのような生活だったのか、と納得もした。与えられていた食事が、本来であれば彼女のものだったことも、休んでいた質素な寝台が彼女のものだったことも。






「放っておけと言っても放っておいてくれなかったあなたは、わたしが元気になったと判断した途端、離れていきましたね」
「あの屋敷で、わたしのそばにいても良いことはないから。アダンなら、外に行ってももう大丈夫だったし、屋敷に残るとしても、わたしがいなければもっと良い生活ができるはずだったのに」
 ルドヴィル様に願って、シアの侍従にしてもらった。侍従が必要な生活はしていないと、非常に抵抗を示したシアを説得したのは、ルドヴィル様で。
 わたしがそれ以外を望んでいない以上、シアが断るのであれば屋敷に居場所はないと言われ、渋々シアは受け入れた。外でやりたいことができたり、屋敷内で他に興味があることがあれば、すぐに言え、と往生際が悪かったけれど。





 思い返してみても、いつからこの人から目が離せなくなっていたのかわからない。
 心底嫌いだったのは確かな最初の頃から、確かに目は離せなかった。
 運ばれてきた食事を、余計なことをするなと跳ね除けた拍子にこぼしてしまった時も、怒るでもなくただ、唇を噛み締めていた。言いたいことがあるなら言えと重ねて責めれば、食べたくても食べられない人も多いのを知っているでしょうと、嫌でも、食べて欲しいと、それを口にするときは真っ直ぐに顔を上げて。
 そして、返事を待たずにいなくなった。ひっそりと暮らしていた少女は、おそらく誰よりも強かったのだろうと今なら思う。



「我ながら、なぜ、と言われても答えられませんが。なのでその質問はしないでください。ただ、あなたから離れる気も、あなたを離す気もありませんから諦めてわたしのそばにいてください」



 何を考えているのか、珍しくわたしにもわからない表情でふと見上げられていることに気づき、それを見下ろしてふと微笑んでしまっている自分に気づく。自分がこれほど表情を持っていたことを知らなかったし、見せることがあるとはさらに思わなかった。


「シア、あなたを誰よりも、大事にしますから。今は、いいえ、もうずっと前から、あなただけが、好きなんですから」


 不意に、ほっそりとしたシアの手がこちらに伸びてきて、珍しく、彼女の方から抱きつかれる。
 思わずその不意打ちに体を揺らしてしまい、動揺を気付かれたのはわかるが、シアの行動が読めない。


 自分から飛び込んできたわたしの胸元でこちらを見上げ、シアが年頃の少女のように目を奪われるほどのその愛らしく美しい顔で笑う。





「言ったわね?アダン。もう、逃してあげないから」





 逃さないのは、こちらの方なのに。



 予想もしていなかった言葉を受けて、胸が締め付けられるほどに苦しくなり、それを逃すために胸にすり寄る人をぎゅうぎゅうに抱きしめ、頭頂部に頬をすり寄せ、唇を当てる。







「シア、あなたこそ。逃しません」






しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...