無責任でいいから

明日葉

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番外

だから敵わない

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「それでは、行ってきますが。本当に、大丈夫ですね?」

 確認を何度もするアダンに、セシリアは困った顔で頷く。必要なこと、というか、やっておいた方がいいことだからと、この森を囲む周辺国に何かをしに行くらしい。
 ものすごく不本意そうに、このことを決めた時のアダンの呟きを思い出してセシリアは苦笑いになる。

「シアの身の安全だけは、確保されましたから」



 国、どころか周辺諸国でも随一の腕前の剣士である兄、ルドヴィルが森に居を構え、持ち前の調子でセシリアの周辺に目を光らせているのだ。これ以上望めない護衛ではある。
 その必要も、セシリアには感じられないのだが。
 その上、もう1人。
 ここに住む許可を得て国を離れたリールは、魔力持ちであり魔術にも精通していた。いや、そもそも誰が許可を与えた、という話なのだが。国、というか城を出て生活をする許可を与えたのは父である国王だろうが、ここに住む許可は与えていないとアダンが険しい顔をしていたのを思い、セシリアはついその眉間に手を伸ばす。

「そんな顔…させてるのはわたしか」
「違いますっ」
 はっとした様子で食い気味に答えるのに肩を竦めて笑う。
 さすがにもう、アダンを巻き込んだとは思わなくなっていたし、申し訳ないと口にすることもやめた。どうしてそこまで、とは思うけれど。確かに、そのままにしておけば遠くない将来に衰弱死していたかも知れないアダンを連れ帰った恩はあるかも知れない。ただ、それで自由を奪ったとも言えるし、それは確実な未来だったわけでもない。もしそうだとしても、何年もの間の働きで十分すぎるほどに返してもらっている。
 ただ、そういうことも、口にするのはやめた。自意識過剰に思えて浮かびそうになる度に否定して遠ざける考え。アダンから向けられる好意は、本当はセシリアにとってとても心地良くてくすぐったいほどに嬉しくなる。


 物思いから戻って、セシリアはアダンに鞄を渡す。
 持ち運びしやすい鞄は、アダンが作った魔道具で、サイズに見合わない容量と、そして中に入れたものは例えば食べ物なら悪くならない、などの効果がある…らしい。ルドヴィルと渡り合えるほどの剣の腕と、魔道具を作れるような技術…この上、どんな技能を身につけているのだろうと頭の隅で考えつつ、そう言われてかなりの量の食事を入れてある。
「シア?」
「こんなにたくさん食事が必要なくらい、帰ってこられないのね?」
 寂しそうな様子に、アダンがなぜか大きな左手で自分の口元を覆って目を逸らしている。逸らしている割に右手はセシリアの背中に当てられてやんわりと引き寄せられる。
「足りなくなるのが嫌で、余分にお願いしただけです。あなたにそんな顔をさせるつもりではなかったのですが…」
 それを見て嬉しくなっていてはいけませんね、とアダンが口の中で呟いた言葉はセシリアの耳には届かない。むしろ、引き寄せられてアダンの胸板に額を当てる形になり正直うろたえている。
 そうしながら、セシリアは深呼吸をするように大きく息を吸う。一緒に、アダンの香りを吸い込んで顔が熱くなる。その香りに慣れ、安心感を覚えるからなおさら。

「アダンがそうやって褒めてくれるから、料理にはちょっと、自信が持てるようになってきたわ」
「いまさらですか…」
 喉の奥で笑う声が振動として響いてくるのを感じ、少し膨れながらセシリアはアダンを送り出した。













 出かけて行ったアダンを見送ってから家の掃除などを片付け、それから食堂の仕込みのために移動する。
 そこにはすでにルドヴィルがいて、セシリアが1人で入ってきたのを見て目を細めた。アダンの施した何やらでアダンとセシリアにしか開けることのできない家は、ルドヴィルにも、リールにも未だ突破されていない。
「アダンは出かけたか」
「ええ、朝のうちに」
 不本意そうにしばらく不在にする旨を伝え、その間のセシリアのことを頼んだアダンと、お前に頼まれるまでもないとこちらもまた不機嫌な顔を隠しもしなかったルドヴィルを思い出してセシリアは出そうになるため息を吸い込んだ。
「いない間、無用心だから俺の部屋にいなさい、セシル」
 ゆったりと食堂の一角にあるソファに腰掛けて微笑む兄を眺め、セシリアは結局一度は吸い込んだはずのため息が漏れた。ルドヴィルやリールが自分がいるために置いたソファセット。そこにおさまる兄は実に美しい青年だ。ため息が出るほどに。
「お兄様も殿下も入れない家なんですから、大丈夫ですよ」
「冷たいな…」
 あっさりとあしらわれてルドヴィルがしょんぼりとする。張り合う相手がいなければ、まあまだ普通なのだとセシリアは眺める。いや、普通の基準がだいぶ麻痺している可能性を捨ててはいけないけれど。
「わたし1人だとどうしても心配をかけてしまうようで、今までアダンはやりたいことがあっても口にもしなかったんです。家にいる間は安心ですけど、食堂などにいる間は、頼りにしていいですか?」
「当たり前だ」
 見事な食い気味の返事にセシリアは結局笑ってしまう。
 どうしても出なければいけない時に、ルドヴィル達がいないときはアダンは家から出ないように言い聞かせて最短で出かけて帰ってきていた。食堂も、もちろん休ませて。そう考えると、いてくれて良かったのだろう、とは思う。アダンに自分の時間ができた。
 そんなに物騒なものかと思うけれど、心配をしているアダンに逆らうと、なおさら自覚が足りないと動きを制限されそうなので、口にはしない。

 ちょうどそこに、リールも入ってきて、話している兄妹の顔を見比べる。
 少し遠慮がちな物腰は、相変わらず自己評価の低さを感じさせる。自分の顔を隠そうとするようにうつむきがちなのもその印象を強めているのだろう。人のことを言えた立場ではないセシリアは、不思議に思いながらも本人が自然とありのままに気づいて受け止められればいいと、様子を見守ることに徹している。

「リール殿下も。お手間をおかけします」
 アダンに頼まれていたな、とセシリアが言うと、リールの反応もルドヴィルと似たようなもので。そして殿下と呼ぶのはと、何度目かわからないお願いをされる。
 確かに、その正体を知らない人が聞けば、ここにそんなやんごとなき方がいることを知らせることになり、そういう意味でもやめたほうが良いな、と納得はしているから直そうとしてはいるのだ。ただ、そうすると必然的にルドヴィルも張り合うのだけれど。


「ルード、リール様、2人が頼りにできるので、良かったです」



 ふわっと笑って言われ、なぜか目を逸らす2人を、セシリアは首を傾げて少し様子を見てから、謎の行動は放置することにして、仕込みに入った。
 2人にしてみれば、素直に言われてしまうとそれだけで満たされてしまうのだ。真っ直ぐに視線を向けられて、穏やかな声で話しかけられれば。結局、だから敵わないのだとため息が溢れる。なんとも思われていないことをやんわりと感じ取る日々なのに、それすらも居心地が良いのだから。






 アダンは4日目の昼下がりに帰ってきた。
 そのまま食堂の手伝いをし、早々に客を追い出してから「やっと補充できる」と呟きながらまだ洗い物をしているセシリアの背後から首に腕を回して抱き寄せる。
 不意打ちに慌てながらセシリアが声も出せずにうろたえていると、くすり、と笑んでその腕を腰に下ろしてやんわりと包み込む。
「済ませてからでいいです。終わらないことが残っていると、あなたはそちらに気が飛んでしまうから」
 手伝うと言っても、帰ってきたばかりだからと断られるのを承知していてアダンはそんな風に言う。
 それでも、とセシリアは一度手を拭い、アダンの腕の中で向きを変えて、控えめに抱きつき、額を胸に擦り付ける。
「お帰りなさい、アダン。すぐに終わらせるから、話を聞かせてね?」
「シアっ」
 なんでそう、と息を飲むアダンを首を傾げて見上げてから、言葉通りさっさと片付けようとセシリアは体を戻そうとして、動けないことに気づく。
「そんな無防備なこと、わたしの留守中にあの2人にしていないでしょうね?」
「ルードとリール様に?なんでそんなことするの、わたしが」
 状況に慌て混乱しながらもそう言う言葉には、だから本心しか感じられず。頬を緩めたアダンは耐えきれずにセシリアの額に、こめかみにと唇を押し当てる。
 だがそこで背後からルドヴィルの冷たい声の制止が入り、そもそもセシリアの様子も可哀想になり、解放してやる。






 背に腹は変えられない、とアダンが4日の間に片付けてきたこと。
 どこの国にも属さないこの森の中のこの辺りの土地の所有権を、接する全ての国に正式に認めさせた。国同士の諍いには関わらないが、そうでなければ必要な力を提供できるものであれば提供しようと、そこにルドヴィルという最強と謳われる剣士もいることを告げ、ルドヴィルにも仕事を作ってやってきた。ただのありがた迷惑なのは承知の上で。
 そして、リールの方はそのように売り渡すわけにはいかないので、国ときちんと交渉をする。
 王家のままなのであれば公務はさせたほうが良い、と。どうせ暇を持て余しているのだから、と。

 まさか、折に触れ自分たちが森の家から遠ざけられる手筈を整える手伝いになっていたとは思わないルドヴィルとリールは、平然と告げられる話に唖然とし、そして楽しげに笑っているセシリアに複雑な顔を向ける。



 そんなに楽しそうにセシリアが笑っていたら、この腹黒く計算高い元従者を叱責することもできないではないか。と。









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