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夜の森は危ないからと、セシリアが扉を開けると、暗い森の中でそこだけ四角く、明るく切り取られたようだった。
ぼんやりとそちらを見つめ、招かれるままにルドヴィル…ルードとリールは昼にアダンから追い出された扉から中に入る。セシリアしか目に入っていなかったが、近づけば不機嫌な顔を隠そうともせずにアダンがセシリアに寄り添っていた。
リュシーは、2人のせいで予定が狂ったと言いながら、今日は帰ると素直に従っていた。どうやらアダンに追い帰されることに慣れている様子で。
商売の邪魔になるような場所に立ち尽くす2人に、食事を終えて旅の続きをする者たちがかけていった言葉が、耳にこびりついている。
『間男を狙うにしても相手が悪い。去勢されて殺されるぞ』
『何、兄貴だ?連れ戻しにきた?そっとしておいてやれよ。見ればわかるだろうが。幸せにしているし、生活にも困っちゃいないんだ』
どれも、セシリアとアダンの生活に踏み込むなと忠告していった。
「今日は泊まっていく方はいないので、こちらの部屋をそれぞれ使ってください。お風呂はそちら、お手洗いは向こう。お昼も食べていなかったし、お腹空きましたよね。お食事、そこに用意しましたから食べてください」
「セシル…」
ものすごく何か言いたそうな兄の呼びかけに、セシリアが反応するよりも早くアダンが動いた。それまで目を光らせていただけだったものが、しっかりと2人とセシリアの間に体を割り込ませる。
「…お前を見ながら話しても何の面白みもない」
「あなた方はお二人とも、隙をついて連れ去りかねないですから」
そんなことはしない、と言い返さないあたり、正直だなとは思うが、考えたのだな、とセシリアは遠い目をする。
「お兄様はともかく」
「セシル」
静かな声だけれど、危うい響きを聞き取ってセシリアは言い直す。
「ルードはともかく、殿下。なぜあなたまで」
「わたしのせいで怪我をしただけではなく、このようなことになってしまった…」
建前のようなその言葉に男2人は鼻を鳴らすが、その無作法を咎めはせずにセシリアは困惑顔になる。どれだけ責任感の強い王子なのだろう。ただ、立場を考えれば尚更、こんな下下の一人一人にそこまでしていたら国が立ち行かなくなってしまう。
「殿下、わたしはなんとも思っていません。むしろ、今のこの状況を喜んでいます。何度も言いましたが、責任を感じていただく必要はないのです。感じてしまうのであれば、この件に関しては無責任と言われる覚悟をしていただくと言うことでいかがでしょう。…伯爵家が王家の不興をかったと聞いても、何かしたいと思わないほどに。薄情と言われても無責任と言われても、構いません。それに、兄はこうして自由の身ですし、アダンは連れてきましたし」
つまりは、ルードやアダンが残っていれば迷わずに戻ったと言うことでもある。その言葉にルードが嬉しそうな顔をするが、リールの方は顔を曇らせるだけだ。
「それを聞いて、わたしが意を通すためにはルドヴィルにも類が及ぶようにすれば良いのだろうが…」
「殿下!」
「しない。お前に嫌われたくない」
「は?」
突然、話が卑近なものになり、セシリアは間の抜けた声を上げてしまう。
アダンもルードも、やっと素直になったか、としか思わない。だからといって認めるわけではないし、むしろ今すぐ放り出したいくらいだが。
ぽかんとしたセシリア本人にあまりに伝わっていないことがわかってしまい、さすがに同情を禁じ得ない。言い様だ、とももちろん思っているが。
ただ、似た者同士のこの2人。なぜか周りに思い込まされて自分に自信がなさすぎる、むしろ自分の正当な評価を理解できない2人が、理解し合う日が来ないようにとさっさと引き剥がしたいところではある。
話は堂々巡りだと見切りをつけたセシリアに、冷めないうちに食べてと言われて、用意された食事に手をつける。日中もずっと、良い香りがしていた。満足げな旅人たちの顔も忘れられない。
口に入れて、ルードはうっとりと微笑む。
「うん、うまい。前よりも、また腕を上げたか」
「材料が全然違うもの」
くすくすとセシリアは笑う。主人たちの顔色を伺い、使用人たちも多くはセシリアをいないもののように扱うか、同列のように扱った。ただ、調理場など、いくつかの場所は表向きはそのようにしながらもとてもセシリアを頼りにしていた。
わがままな主人たちの注文と、それに見合わない予算。その中でやりくりをしながら注文を満たすように工夫し、味付けをし、捨てるような部分を使って出汁をとって満足させていたのは、セシリアだ。
「前よりも?」
不思議そうなリールに、セシリアはなんでもないことのように微笑む。
「留学前は、食べていましたものね」
だが、その食事の席にセシリアがいないことをルドヴィルは許せず、いつも私室で食べていた。美しい優秀な嫡男への給仕をやりたがる使用人は多かったが、一切許さなかった。予算を切り詰めて工夫された主人一家と同じ食事が、セシリアの口に入ることは、なかった。味見しているから十分と笑っていたけれど。
「どういうことだ。君は、伯爵家の令嬢だろう?」
ああ、何も知らないのだ、とセシリアは思う。当たり前だ。あえて言うことではない。
曖昧に微笑んでその場を濁そうとしたが、不機嫌な様子のアダンが不意に立ち上がり、そのままセシリアを促した。
「何もご存知ないから、帰ろう、などと言えるのです。あなたは、町でシア様にあったはずなのに。令嬢が、あのように町歩きはしません。お忍びであっても」
「おい、どこに行く」
建物から出て行こうとするアダンをルドヴィルは呼び止める。
アダンは、美しく笑った。
「ここは宿ですから。食べ終わったものはそのままで結構です。わたしとシアは、家に帰ります」
見せ付けるように、アダンはセシリアの腰を抱き寄せて先に促した。
ぼんやりとそちらを見つめ、招かれるままにルドヴィル…ルードとリールは昼にアダンから追い出された扉から中に入る。セシリアしか目に入っていなかったが、近づけば不機嫌な顔を隠そうともせずにアダンがセシリアに寄り添っていた。
リュシーは、2人のせいで予定が狂ったと言いながら、今日は帰ると素直に従っていた。どうやらアダンに追い帰されることに慣れている様子で。
商売の邪魔になるような場所に立ち尽くす2人に、食事を終えて旅の続きをする者たちがかけていった言葉が、耳にこびりついている。
『間男を狙うにしても相手が悪い。去勢されて殺されるぞ』
『何、兄貴だ?連れ戻しにきた?そっとしておいてやれよ。見ればわかるだろうが。幸せにしているし、生活にも困っちゃいないんだ』
どれも、セシリアとアダンの生活に踏み込むなと忠告していった。
「今日は泊まっていく方はいないので、こちらの部屋をそれぞれ使ってください。お風呂はそちら、お手洗いは向こう。お昼も食べていなかったし、お腹空きましたよね。お食事、そこに用意しましたから食べてください」
「セシル…」
ものすごく何か言いたそうな兄の呼びかけに、セシリアが反応するよりも早くアダンが動いた。それまで目を光らせていただけだったものが、しっかりと2人とセシリアの間に体を割り込ませる。
「…お前を見ながら話しても何の面白みもない」
「あなた方はお二人とも、隙をついて連れ去りかねないですから」
そんなことはしない、と言い返さないあたり、正直だなとは思うが、考えたのだな、とセシリアは遠い目をする。
「お兄様はともかく」
「セシル」
静かな声だけれど、危うい響きを聞き取ってセシリアは言い直す。
「ルードはともかく、殿下。なぜあなたまで」
「わたしのせいで怪我をしただけではなく、このようなことになってしまった…」
建前のようなその言葉に男2人は鼻を鳴らすが、その無作法を咎めはせずにセシリアは困惑顔になる。どれだけ責任感の強い王子なのだろう。ただ、立場を考えれば尚更、こんな下下の一人一人にそこまでしていたら国が立ち行かなくなってしまう。
「殿下、わたしはなんとも思っていません。むしろ、今のこの状況を喜んでいます。何度も言いましたが、責任を感じていただく必要はないのです。感じてしまうのであれば、この件に関しては無責任と言われる覚悟をしていただくと言うことでいかがでしょう。…伯爵家が王家の不興をかったと聞いても、何かしたいと思わないほどに。薄情と言われても無責任と言われても、構いません。それに、兄はこうして自由の身ですし、アダンは連れてきましたし」
つまりは、ルードやアダンが残っていれば迷わずに戻ったと言うことでもある。その言葉にルードが嬉しそうな顔をするが、リールの方は顔を曇らせるだけだ。
「それを聞いて、わたしが意を通すためにはルドヴィルにも類が及ぶようにすれば良いのだろうが…」
「殿下!」
「しない。お前に嫌われたくない」
「は?」
突然、話が卑近なものになり、セシリアは間の抜けた声を上げてしまう。
アダンもルードも、やっと素直になったか、としか思わない。だからといって認めるわけではないし、むしろ今すぐ放り出したいくらいだが。
ぽかんとしたセシリア本人にあまりに伝わっていないことがわかってしまい、さすがに同情を禁じ得ない。言い様だ、とももちろん思っているが。
ただ、似た者同士のこの2人。なぜか周りに思い込まされて自分に自信がなさすぎる、むしろ自分の正当な評価を理解できない2人が、理解し合う日が来ないようにとさっさと引き剥がしたいところではある。
話は堂々巡りだと見切りをつけたセシリアに、冷めないうちに食べてと言われて、用意された食事に手をつける。日中もずっと、良い香りがしていた。満足げな旅人たちの顔も忘れられない。
口に入れて、ルードはうっとりと微笑む。
「うん、うまい。前よりも、また腕を上げたか」
「材料が全然違うもの」
くすくすとセシリアは笑う。主人たちの顔色を伺い、使用人たちも多くはセシリアをいないもののように扱うか、同列のように扱った。ただ、調理場など、いくつかの場所は表向きはそのようにしながらもとてもセシリアを頼りにしていた。
わがままな主人たちの注文と、それに見合わない予算。その中でやりくりをしながら注文を満たすように工夫し、味付けをし、捨てるような部分を使って出汁をとって満足させていたのは、セシリアだ。
「前よりも?」
不思議そうなリールに、セシリアはなんでもないことのように微笑む。
「留学前は、食べていましたものね」
だが、その食事の席にセシリアがいないことをルドヴィルは許せず、いつも私室で食べていた。美しい優秀な嫡男への給仕をやりたがる使用人は多かったが、一切許さなかった。予算を切り詰めて工夫された主人一家と同じ食事が、セシリアの口に入ることは、なかった。味見しているから十分と笑っていたけれど。
「どういうことだ。君は、伯爵家の令嬢だろう?」
ああ、何も知らないのだ、とセシリアは思う。当たり前だ。あえて言うことではない。
曖昧に微笑んでその場を濁そうとしたが、不機嫌な様子のアダンが不意に立ち上がり、そのままセシリアを促した。
「何もご存知ないから、帰ろう、などと言えるのです。あなたは、町でシア様にあったはずなのに。令嬢が、あのように町歩きはしません。お忍びであっても」
「おい、どこに行く」
建物から出て行こうとするアダンをルドヴィルは呼び止める。
アダンは、美しく笑った。
「ここは宿ですから。食べ終わったものはそのままで結構です。わたしとシアは、家に帰ります」
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