無責任でいいから

明日葉

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 油断をしていたわけではないし、むしろ、兄であるルドヴィルがいずれは来るだろうことは予想していた。むしろ、この人にしては随分と時間がかかったものだと思うくらいに。





 自分たちが食べているもののお裾分け、程度でやっていくにはお客様が来ていて。ありがたいことなのですけどね。のんびり生活を想定していた身としては、驚きしかないというか。
 そもそも、知る人ぞ知る、な場所のはずで、迷いやすいという森の中の一体どのあたりに位置するのか住んでいる人間ですら分からないのに、なんでみんなたどり着けるのだろう、と首を傾げるのも飽きたほどだ。アダンはきっと、ちゃんと分かっているのだろうけど。
 だからこれも、優秀すぎるアダンが対応策を練ってくれて。完全に迷い込んだ人はもう、良しとする。そもそもそれが対象だったことを思えば、それこそ残り物でいける。
 問題は、最初からここに来て屋根のある場所で椅子に座って食事をしようとしている人たちなわけで。


 この森の中、一応街道はあるけれど、きっと分かりにくいのだろう。だから迷い人が続出するのだ。そして、この家に来るには、道はない。
 そう、ないのだ。
 だから本当に、狙ってよく辿り着けるな、と。そのくらいできないと旅などできないのだろうけれど。ならば迷うなと言いたい。それを当て込んで商売を始めておいて何を言うと呆れられるのは覚悟の上だ。


 そして、アダンが編み出した方法は、各国から森に入る街道の入り口に、わかる人が探さないと見つけられないような「合図」を設置したこと。どういう仕組みなのか分からないし、アダンも魔道具を組み合わせて改良しただけです、と言って終わりにしてしまったのだけれど、これが便利で。
 旅程の中でここに来るのがいつの予定で何人か、森に入る段階で伝わってくる。準備もできるというものだ。おかげで、大量に作りおけばなんとか分け合えるスープとパン、それにすぐにできる卵料理とかなんかそういうものを添えるだけ、のようなものから多少メニューも変更できた。




 なんてそんな日が続いて。そろそろその日も食事をしに誰か来る頃かな、と思っていたところで店の方の扉が開いた。
 雨の日に住居からこちらに来るのに濡れたら、アダンが次の日には渡り廊下を作っていた。できる。



「見つけた…っ」


 その不穏な響きに思わず固まってしまう。
 誰、と。
 3ヶ月以上が過ぎていて、もうここまで来たら追手もかからないんじゃないかと期待していたのに。
 目深にフードをかぶった人は、入ってきた勢いのまま長い足で大股に近づいてくる。
「苦労をしたんだね、こんなに…あれ?」
 森の中の隠遁生活。元貴族令嬢がそんなことをすれば苦労でやつれていると思っての言葉だったのだろうけれど。がしっと大きな両手で両の二の腕を掴まれて覗き込まれ、言葉は途中で消えた。
 ですよね。やつれてないもの。割と休みなく働いているから太らずに済んでいるけれど、屋敷にいた時よりよほどいいものを食べている。というか、アダンに食べさせられている。もう少し肉をつけてください、と。昔のようになるのは嫌だといえば、あれも可愛らしかったというから、本当に、目が悪いのか、色々でき過ぎていて審美眼だけ残念なのか。いやまあ人の好みはそれぞれだからあまり言うまい。


 そして、この人は誰だろう、と黙ってしまった人の顔が見えないまま首を傾げる。
 逃げるべきか、いやまあ、この状況で逃げられるとは思えないから、どうしたものか。無礼な娘を勘当ではなくきちんと処罰するように言われてきた伯爵家の関係者ではなさそうだな、と思う。いなくなってからの期間を考えると、こんなに長く娘の捜索に人手をさけるほどの余裕はあの家に、ない。そして、余裕を作る手腕も、きっとあの父にはもう、ない。かつては知らない。ただ、義母と妹に骨抜きにされたとしか思えないあの人は、二人の求めるままに家計も気にせずに買い与えることを続け過ぎた。
 だが、そうなると思い当たる節がない。王家がわざわざそんなことをするとは思えない。それこそ伯爵家に命じて終わり。
 なんてことを考える暇があるくらいに黙り込んでいた人は、ハッとした様子で、急に手を離した。
「も、申し訳ない!不快な思いをさせてしまっただろうか。顔を見せずにいれば良いと言うものではないな」



 その物言いに、思い当たった。
「…あの、まさか」
 思い当たったが、こんな場所にいていい方ではない。
 が、ようやくフードを取ったのは、やはりあの日の馬車に惹かれかけた美しい少年…いや、この数ヶ月で大人びて青年と言っても良いような風貌に近づいている人だった。
「話は聞いた。すぐに探し始めたんだがこんなに時間がかかってしまって。…いや、むしろ、なぜ頼ってくれないんだ。確かにわたし個人は頼りなくとも、我が家を頼ってもらえれば」
「いやいやいや、王家を頼るとか、ないですよねっ」
 さすがに驚いて言い返してしまう。面食らった様子だが、また、しゅんとしてしまった。まさかと思えば、またあの卑下の時間がやってくる。何をどうしたらこんなに自己評価の低すぎる第一王子が出来上がるのだろう。誰が何をした、と言いたい。
「あの、とりあえず色々と申し上げたいことはありますが。わたしは殿下のことを醜いとは思いません。多くの方がそうだと思いますが。それに、お話しした時間も短いですが、お優しくて誠実なお人柄だと感じています。なので、殿下個人がどうしたと言う事ではなく…え、きゃっ」


 なぜ頼らなかったかの説明に入る前に、なぜか感極まった様子のリール殿下に手を取られた。そのまま、手の甲に唇がって、ええっ!?
 どこの王子様ですか、って王子様だった。でもそれをされる身分じゃありません。今はもちろん、かつても。なばかりの伯爵令嬢でその実は使用人よりもさらに下働きですから。とは言えない。引きつって固まっていたところに、不意に目の前に光るものが通り過ぎた。

「っ」
「え」

 息を飲む殿下の体が何かに弾かれたように飛び退る。見事な身のこなし方。相当鍛えられている。
 とか感心している場合ではなく。
 しっかりと左腕にわたしを抱き抱え、右手に剣を構えた兄、ルドヴィルがその美しい顔から表情が抜け落ちた状態で、あろうことか殿下に切っ先を向けていた。





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