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しおりを挟むあの日のように、迷ってたどり着いた人に必要であれば食事と屋根を提供する、程度のつもりで始めたことだった。
ただ、私的な空間に他人を入れることをアダンが許さず、確かにそこは区分けできればその方が良いと思えたから、アダンが苦でないのであればと言う条件で、そのための場所を建ててもらった。この人は、どれだけなんでもできるんだろう。
幼い頃からの情で一緒にいてくれても、不便な暮らしでしかも、多くのことを頼るようになれば自然とアダンも離れていくかと思っていたのに、そんな様子は全くない。義理堅いわね、と。兄様がもし見つけて訪ねてくることがあったとして、その時にいなかったとしても大丈夫よ、と言っても…いや、そんなことを言った時にはまた、責められた。否定では済まないから、余計なことを言うのは、いつからかやめた。いてくれるのは単純に嬉しい。話し相手がいて、話さずともそこに人がいる、それだけで。
多くの使用人がいて、血の繋がった家族もいた伯爵家より、この小さな家の方があたたかい。
森には野生の動物も多いけれど、不思議と怖いことはなかった。危険なはずの肉食の獣も、互いに姿を確認すると程々の距離で離れていく。うっかり面前に出てしまっても、やり過ごしてくれていた。獣にも避けられる容貌、とは思いたくないのだけれど。
伯爵家で食事の賄いもほとんどやっていたおかげか、提供する食事の評判は良いようだった。迷い込んだ人のため、であれば、多めに作ったものを出す程度で良かったのだけれど、そのために作る必要が出る程度には、人が来るようになった。この森を通る商人たちから噂が広まったのだとか。火を焚いて野営をするよりも、金を払ってでも屋根のある場所を求めるのは当然のことなのかもしれない。
そんな客の中には、物好きな人もいて。
まだアダンが食堂と客室のための棟を建てている頃に、食事をする旅の人の相手を一人でしていた頃。物好きなのか、まあ、好みが変わっているのか。兄とアダン以外にはわたしに向けられたことのないような賛辞を並べ立てて話しかける人がいた。
地獄耳…いや、聴覚も人並外れているらしいアダンが気づけば裏口から入ってきており、貼り付けたような笑顔で、そのあとは接客をしていた。その時のお客様が青ざめていたのは、気のせいではないと思う。ただそれでも、その後も何度も足を運んでくれているので、よほど食事が気に入ったのか、野宿がお嫌いなのか。かなり富裕な商人の令息といった風情の、きらきらしい金髪碧眼の彼を、いつからかアダンは迷惑げに舌打ちして憚らない。
その後、あっという間に食堂と客室は出来上がり、尊敬を通り越して呆れた。眠る間を惜しんで作業をしていたのを知っているから。
「アダン、倒れないでね?」
「そんなことはしませんよ。目が離せませんから」
いつまでも子供扱いなのねと呟けば、ため息まじりに見下ろされた。その意図するところが掴めず見上げて首を傾げると、広い胸板に抱きしめられて、髪に鼻先を埋めてさらに深いため息をついている。
困ったことに、家を出されてから1つの寝台を分け合うなど接触が増えていたおかげで、気付いてしまう。
「アダン、痩せたわ。…ごめ」
「シア」
穏やかなのに逆らえない声で遮られ、顔を覗き込まれた。
「…それでは、お願いを聞いてもらえますか?」
「わたしでできることなら?」
「少し、休みますので、一緒にいてください」
そこまで、目が離せないって言うの、と眉を下げながら、ただ聞き入れなければ夜まで休みそうもなかったから頷くと、リビングのソファに座らされ、隣に腰を下ろしたアダンの頭が膝に乗る。アダンが横になるには少し小さなソファから足が出てしまうけれど気にする様子もなく、腰に腕を回されてしまった。
さすがに恥ずかしい、と思うのだけれど、やけに心地良さそうで思わず言葉を飲み込んでしまった。
「夕飯は、アダンの好きなものにするわ」
「楽しみにします。夕食の支度までには起きますから」
そんな風に、兄が出て行った後の伯爵家でも、もう一人の兄のようにもそばにいたアダンと一緒の森の生活にもすっかり慣れた頃に。
嵐のような日がやってきた。
困りごとは一度に済んだ方がいいと思うこともあったけれど。別々の方が対応は楽だったと思うような嵐が吹き荒れた。
兄と、そしてあの日の王子が同じ日に、わたしを見つけて森の家にやって来た。
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