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「なっ、お怪我はありませんか!」
わたしの上で慌てて身を起こしながら、見目麗しい少年が慌てた様子で尋ねてくる。まあ、無傷とはいかないが、擦り傷程度。むしろ、醜いと家族からいつも言われている容姿でこんな人のそばにいることの方が、嫌だなあと思ってしまう心の狭さ。
たまたま、気付いただけ。暴走してくる馬車が、この人に向かっていたから。力一杯手を引いた。結果、バランスを崩して転んだわたしの上に、この人も引きずられるように転げてしまったわけで、この人に、非はない。あえて言うなら悪いのは馬車だが、走り去ってしまったし。あのままだったらこの人、轢かれていたと思えば珍しくよかった反射神経を褒めるくらいはしてもいいだろう。
「あの?」
戸惑う声に、我に返った。
「ああ。なんともありません。お気になさらず」
「いや、ですが」
なぜか頬を染めた少年は、ふとわたしの左手と、左の肩のあたりに目をやって息を飲む。
「怪我をっ」
いや、擦り傷だし、と首を振る。
「責任を取らせてください」
驚いて、目を見開いた。どのレベルでの責任の話をしているのかわからないが、本気で不要だ。
「女性の体に傷をつけるなど…」
ああ、これ、あれだ。責任とって嫁にもらいます、的な。本気で不要、と立ち上がってきっぱりと首をふった。
「責任?とってくださらなくて結構です」
それほどの怪我でもないし、このような見た目で、しかも家柄的にも言うなら家の中での立場的にもお荷物にしかならない娘をこんなに見目麗しい人にもらってもらう理由はない。
が、そこまで言ったところで、なぜか目の前の少年は、絶望的な顔をする。
「わたしの容貌で責任と言われても、嫌悪感を抱くよな。すまない」
いや、何言ってるんでしょう、この人。顔はいいけど目は悪いのかな、と失礼なことを考える。
本気で思っていることは確かなようで、思い違いではあるけれど悩みに親近感は湧いて。まあ、思い違いに気づけばこの人は、自信を持っていけるだろうけれど。思い違いに本人が気付かなくとも、周りが放っておくこともないだろうし。と、そう思いつつも、さすがに誤解を放ってはおけない。
「そういうことではありません。悪いのはあの馬車で、あの馬車の方がまあ、治療費程度出そうというなら受け取りますが。あなたから何かしていただく理由はありません。それに」
やれやれとため息をつく。恥ずかしいが、まあ、恋心、とかあるわけでもなければ褒めるのも苦ではない。
「あなたのように、素敵な方からそんなお申し出をいただくのは、身に余ることです。ご無事で何よりでした」
話が終わった、と見計らったように、すぐそばで控えていた従者のアダンがハンカチを出して擦り傷のある左手に当て、緩く縛る。
「セシリア様、無茶をなさらないでください」
「大丈夫よ?丈夫なの。知ってるでしょう?」
心配性のアダンは、思い切り、嫌な顔をする。自分では見えない、肩のあたりに目をやれば、さらに眉間のシワが深くなる。きれいな顔だからつい見惚れるけれど、低い声は、明らかに怒っている。
「肩の傷は、帰ってから確認します」
「そうね…まあ、時間が取れたらお願い」
家に帰ったら、やることが多いからとそう言ったのだけれど。違う理由で、アダンに傷を確認してもらうのは随分後になった。
助けた相手、というよりも、お申し出をすっぱりとお断りした相手があまり表に顔を出さない第一王子のリール殿下で。不敬なことをしたと叱責され、王家から言われる前にと勘当された。
ていのいい、厄介払いなのだけれど。家計が火の車なのは知っているし。帳簿の関係もずっと管理してきたのだから。可愛げのない、視界に入れば顔を顰めたくなる容貌の娘を無一文で追い出すには良い理由だったのだろうと思う。父は、義母と、義母が産んだ妹にしか目を向けず。あとは、出来の良い兄と、義母が跡を継がせたい小さな弟。兄とは母が同じで、可愛がってくれるけれど、留学をしていて家にはいない。良い機会、なのだろうな、と。
わたしが母のお腹にいる間に義母と出会った父は、母がわたしを産むとすぐに離縁をした。母がどこでどうしているのか、名前も教えてもらえず顔もわからないわたしには知る術はない。娘は政治の道具となると思って手元に残したらしいが、そうするにも難のある要望だったようで、家の仕事をずっとしてきた。伯爵家としての内政的な面と、家の内向きのこと。外に出ることは、ほとんどない。
だからきっと、娘が一人減ったと気づく人は、少ないのだろうな、と思う。
そんな父は、一つだけ、持って出て良いと言った。もともとほとんど持っていない服は小さな鞄に入ってしまい、その一つかと思っていれば、鈍いと叱責される。それ以外に、と言われて思い浮かぶのは、一人だけ。
「アダンを、連れて行ってもよろしいでしょうか」
きっとそれが、父の望みでもあったろう。
母がいた頃を知る年配の家令や侍女頭などは、わたしが幼い頃に辞めていた。他の使用人は、自分たちと同列に、一緒に働くわたしを扱っていた。そうしないと、叱責を受けるから。
ただ、歳の近いアダンだけは、違った。幼い頃、兄と買い物にいき、見つけた子。傷だらけで、汚れた子だった。わたしが気にして離れないから、兄が連れ帰った。兄はきっと、いずれ自分が家を出る時がくるのを察していたのだろう。わたしを守るようにとアダンに言いつけ、父を説得して家においた。同じ父と母から生まれたはずなのに、聡明でしかも、幼い頃から剣士としての天才的な腕を見せた兄の言うことに、父は渋々頷いたけれど。
残してはいけないな、と、こんな家に連れ帰ってしまったことを申し訳なく思いながら、アダンと一緒に、家を出た。
やっと、家、という場所から解放された。
わたしの上で慌てて身を起こしながら、見目麗しい少年が慌てた様子で尋ねてくる。まあ、無傷とはいかないが、擦り傷程度。むしろ、醜いと家族からいつも言われている容姿でこんな人のそばにいることの方が、嫌だなあと思ってしまう心の狭さ。
たまたま、気付いただけ。暴走してくる馬車が、この人に向かっていたから。力一杯手を引いた。結果、バランスを崩して転んだわたしの上に、この人も引きずられるように転げてしまったわけで、この人に、非はない。あえて言うなら悪いのは馬車だが、走り去ってしまったし。あのままだったらこの人、轢かれていたと思えば珍しくよかった反射神経を褒めるくらいはしてもいいだろう。
「あの?」
戸惑う声に、我に返った。
「ああ。なんともありません。お気になさらず」
「いや、ですが」
なぜか頬を染めた少年は、ふとわたしの左手と、左の肩のあたりに目をやって息を飲む。
「怪我をっ」
いや、擦り傷だし、と首を振る。
「責任を取らせてください」
驚いて、目を見開いた。どのレベルでの責任の話をしているのかわからないが、本気で不要だ。
「女性の体に傷をつけるなど…」
ああ、これ、あれだ。責任とって嫁にもらいます、的な。本気で不要、と立ち上がってきっぱりと首をふった。
「責任?とってくださらなくて結構です」
それほどの怪我でもないし、このような見た目で、しかも家柄的にも言うなら家の中での立場的にもお荷物にしかならない娘をこんなに見目麗しい人にもらってもらう理由はない。
が、そこまで言ったところで、なぜか目の前の少年は、絶望的な顔をする。
「わたしの容貌で責任と言われても、嫌悪感を抱くよな。すまない」
いや、何言ってるんでしょう、この人。顔はいいけど目は悪いのかな、と失礼なことを考える。
本気で思っていることは確かなようで、思い違いではあるけれど悩みに親近感は湧いて。まあ、思い違いに気づけばこの人は、自信を持っていけるだろうけれど。思い違いに本人が気付かなくとも、周りが放っておくこともないだろうし。と、そう思いつつも、さすがに誤解を放ってはおけない。
「そういうことではありません。悪いのはあの馬車で、あの馬車の方がまあ、治療費程度出そうというなら受け取りますが。あなたから何かしていただく理由はありません。それに」
やれやれとため息をつく。恥ずかしいが、まあ、恋心、とかあるわけでもなければ褒めるのも苦ではない。
「あなたのように、素敵な方からそんなお申し出をいただくのは、身に余ることです。ご無事で何よりでした」
話が終わった、と見計らったように、すぐそばで控えていた従者のアダンがハンカチを出して擦り傷のある左手に当て、緩く縛る。
「セシリア様、無茶をなさらないでください」
「大丈夫よ?丈夫なの。知ってるでしょう?」
心配性のアダンは、思い切り、嫌な顔をする。自分では見えない、肩のあたりに目をやれば、さらに眉間のシワが深くなる。きれいな顔だからつい見惚れるけれど、低い声は、明らかに怒っている。
「肩の傷は、帰ってから確認します」
「そうね…まあ、時間が取れたらお願い」
家に帰ったら、やることが多いからとそう言ったのだけれど。違う理由で、アダンに傷を確認してもらうのは随分後になった。
助けた相手、というよりも、お申し出をすっぱりとお断りした相手があまり表に顔を出さない第一王子のリール殿下で。不敬なことをしたと叱責され、王家から言われる前にと勘当された。
ていのいい、厄介払いなのだけれど。家計が火の車なのは知っているし。帳簿の関係もずっと管理してきたのだから。可愛げのない、視界に入れば顔を顰めたくなる容貌の娘を無一文で追い出すには良い理由だったのだろうと思う。父は、義母と、義母が産んだ妹にしか目を向けず。あとは、出来の良い兄と、義母が跡を継がせたい小さな弟。兄とは母が同じで、可愛がってくれるけれど、留学をしていて家にはいない。良い機会、なのだろうな、と。
わたしが母のお腹にいる間に義母と出会った父は、母がわたしを産むとすぐに離縁をした。母がどこでどうしているのか、名前も教えてもらえず顔もわからないわたしには知る術はない。娘は政治の道具となると思って手元に残したらしいが、そうするにも難のある要望だったようで、家の仕事をずっとしてきた。伯爵家としての内政的な面と、家の内向きのこと。外に出ることは、ほとんどない。
だからきっと、娘が一人減ったと気づく人は、少ないのだろうな、と思う。
そんな父は、一つだけ、持って出て良いと言った。もともとほとんど持っていない服は小さな鞄に入ってしまい、その一つかと思っていれば、鈍いと叱責される。それ以外に、と言われて思い浮かぶのは、一人だけ。
「アダンを、連れて行ってもよろしいでしょうか」
きっとそれが、父の望みでもあったろう。
母がいた頃を知る年配の家令や侍女頭などは、わたしが幼い頃に辞めていた。他の使用人は、自分たちと同列に、一緒に働くわたしを扱っていた。そうしないと、叱責を受けるから。
ただ、歳の近いアダンだけは、違った。幼い頃、兄と買い物にいき、見つけた子。傷だらけで、汚れた子だった。わたしが気にして離れないから、兄が連れ帰った。兄はきっと、いずれ自分が家を出る時がくるのを察していたのだろう。わたしを守るようにとアダンに言いつけ、父を説得して家においた。同じ父と母から生まれたはずなのに、聡明でしかも、幼い頃から剣士としての天才的な腕を見せた兄の言うことに、父は渋々頷いたけれど。
残してはいけないな、と、こんな家に連れ帰ってしまったことを申し訳なく思いながら、アダンと一緒に、家を出た。
やっと、家、という場所から解放された。
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