溺婚

明日葉

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番外編

地固まる(?)

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 首に腕が回り引き寄せられた体温に、絢佳の顔が穏やかになるのを眺めて、三藤はその目を天羽に向けた。余裕のない様子で肩で息をしている男。自分も人のことが言えた立場ではないが、その自分から見ても、女遊びが派手な男。だったはずなのに。

「よかったな、あんた」

 呼吸が整わず、言い返すこともままならないまま、天羽は睨むようにその声に目を向けた。最初こそ身を任せていた絢佳も人がいるところでの接触を拒むように身じろぎしているからしっかりと腕に力を込め直しながら。

「くそっ。少し大人しくしろ」

 荒い息の合間にそう言って、片腕は首に回したまま、もう一方は腰に回してしっかりと引き寄せる。そうしながら、もう一度三藤に目を向けた。

「妬いてもらえてよかったな。あんたに関心がある証拠だ。なけりゃ、あんたがどこで誰と何してようと、気にも留めない」

「三藤さんっ」

 見つけて、最初に聞いた絢佳の声が、他の男の名前を呼ぶものだったことに苛つく。腕を外そうと首に回した自分の手に添えられていたはずの絢佳の手が、剥がそうとする動きはせずに握っていることに気付いて、思わず腕に力が篭りすぎた。苦しいか、と思うのに、怖くて緩められない。


「ついでに、それを態度で示してもらえるなんて。そいつにしちゃ上出来だ。人がどう考えるかばっかり考えて、頭で余計なこと考えるからそんなもの、見せないようにしてばっかりだったからな」

「あんたの方が知ってるって、自慢か?」
「まさか」

 呆れた顔で三藤は独占欲丸出しの男を眺める。男から見ても呆れるほどの美丈夫で。この男にここまで執着されているのかと眺めれば、まあ確かに、惜しかったなとは思うけれど。ただ、自分相手に、この子は感情をあからさまに出すことは、ほとんどなかった。気づけなかっただけ、かもしれないが。傍から見た方が、わかることは多いなと思う。

「羨ましいと、思っただけだ」


 それだけ言い残して、ジョギングに戻る三藤を見送って、絢佳は固まったまま動けない。
 確かに、何も持っていないから、一度は帰るつもりだったし、いやむしろ、できることなら頭を冷やしに出ていることがバレる前に帰るつもりで出ていたのに。


「あの…心配かけたのよね?…ごめんなさい」


 返事がない。
 ああ、謝るのは、そこじゃなかったのか、と思い至る。先に謝るのは、そもそもの原因。最低なことをした。

 ただ、それを言おうとするのと同じタイミングで、乱暴に担ぎ上げられた。縦抱きにされて、そのまま大股に歩き始める。家の方向、だとは分かったけれど。


「ちょ、おろして。重いから。ちゃんと歩いて帰るから」

 まだ、何も言わない。
 じたばたすると、封じるように押さえ込まれる。


 天羽にしてみれば、返す言葉が見つからなくて、とにかく連れ帰りたかった。何を話していたのか。よりにもよって、なんでこんな時に、こんな時間にあの男と。
 責める立場じゃないのは承知しているのに。

 そういえば、強引に運ぶのは、最初に会ったあの日もだったなと思い出すと、さらに足が早まる。
 なんでもいいのだ。とにかく、家に連れ帰りたい。むしろそこから、出したくないくらいに。






 結局家まで離してもらえないまま、玄関から入るとそのまま、寝室に運ばれて乱暴に放り出される。
 その顔を見上げて、怒ってるなぁ、と絢佳は一度は見上げた目をおろして伏せた。その顎を掬い上げて、天羽は乱暴に噛みつくようなキスをする。
 荒い呼吸をしながら天羽にのしかかられ、押しつけられた熱に絢佳の肩が揺れる。
「頭冷やして、どうするつもりだった」
 怒った声に、体を押し返そうとするけれど、絢佳の力ではぴくりとも動かない。むしろさらに押し付けられて強引に絢佳の方も巻き込まれそうで、とにかく逃げたいのに。
「こんな風にして、話すことじゃない」
「だめだ。…少しでも離したら、お前は何処かに行ってしまいそうだ」

 体重がかからないように、いつも気遣ってくれることがほとんどの天羽が、体重をしっかりとかけて絢佳を抱きしめる。足も絡ませて拘束する念の入れように、逃げ場をなくして、なんとか自由のきいた右腕で絢佳は目を覆う。
「…見ないで。三藤さんが言った通りなの。英理さんに、妬いたの」

 普段、天羽の周りの女性たちになんとも思わないのに。妬いてみて、彼女たちにとって、不意に現れて当たり前の顔をして天羽の隣に立った自分は、どんなに忌々しい存在だったろうと思い知ったのもある。想像もしなかった。天羽のいう通り、天羽の見た目や財産、様々なステータスに群がる人たちだとそれもあるかもしれないけれど、きっかけがそれだったとしても、彼らが天羽に向ける執着に確かに好意はあったのだろうし。

「絢、余計なことを考えるな」
「余計じゃない」

 感情を読み取られないように目を隠したのに、その腕を剥がされて嫌々をするように、顔を逸らすしかない。

「それと、他の男の名前を出すな。こんな時に、尚更だ」

 首筋にチクリ、と痛みがあり、絢佳は肩を揺らして怯えた顔になる。余裕のない天羽の熱が怖い。飲み込まれそうで。


「天羽さん、やめて」

「チッ」


 舌打ちが無意識に出る。今更、なんでそんな呼び方を。


「英理さんが、あなたに頼りたかったのも、わかる。頼りたくなるような人だっていうのも、嬉しい」

「…それはお前が、さっきあの男に、頼りたい、と思ったってことか?」

 至近距離で見下ろす絢佳の顔が、不思議そうになるのをみて、そんな感情がわきもしなかったのか、と安堵もするが、これの場合、無自覚もある。とにかく、苛立つ。


「見放すような、人じゃなくてよかったと思う。わたしがこんなことしたからって、彼女を放り出さないでほしいと思う。ただ…やっぱりまた妬いちゃうから。少し、離れようと思っ…ゃあ」







 言いかけた言葉に、全て聞くのも腹が立つ様子で天羽がまた、乱暴に口を塞いだ。

「なんで、あんな他人の家のことで俺たちが離れるんだ」
「ちょ、まっ」
「お前は、ばかだ」


 そう言った、天羽の声が震えている気がして、ずっと逃げるように逸らし続けた目を反射的に振り向けると、怒っているのに、傷ついた顔の天羽が見下ろしている。


「そんな風に、お前には手放せる生活なのか。自分のことがままならないのに人の面倒を見るのは馬鹿げている。俺が大事にしたいのはお前なんだ。お前に嫌な思いをさせ、我慢をさせて優先することはない」






「分かれっ…」




 しがみつくように抱きしめられて、そのまま天羽の手が絢佳の体を弄り始める。翻弄されながら、動きをがっちりと封じられた絢佳が、僅かに動ける範囲で、太腿で天羽の熱を摩った。

「っ」


 反射的に動きを止めた天羽に見下ろされて、絢佳は今度こそ、まっすぐに見上げる。



「抱きつきたい。腕、離して」

「絢…」



 促されるままに解放された腕がそのまま伸びて、天羽の首にしがみつく。ほとんどないような力なのに、引き寄せられて、絢佳の頬が、天羽の首筋にすり、とすり寄せられた。
 背筋を駆け上る感情に息を飲む、天羽の耳に。




「ごめんなさい。疾矢、迎えに来てくれてありがとう。…」




 だいすき




 と、音にならないくらいの声が耳に流し込まれて、天羽はしっかりと、大事な大事な妻を抱きしめ返した。










 しっかり抱き潰されて。
 もう安心したからと絢佳が言っても、天羽は絢佳のいない場所では英理に会う気はないとつっばね続けたのは、きっと、当たり前の結果。


 謝罪にきた英理と絢佳が親しくなってしまったのは、天羽にとっては誤算ではあったが、英理の目の前で絢佳を思う存分甘やかすのは、楽しいと悪趣味な楽しみを覚えたのは、綾部と浅葱に呆れられた。












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