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懲りない人たち 3
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朝。
この期に及んで起きようとする絢佳をベッドに引きずり戻す天羽と攻防が繰り広げられる。
「仕事っ。行ってもいいって、というか、行けるから大丈夫だって言ったじゃないっ」
「オレは言ってない」
「浅葱さんが言ってた。とーやが、送っていくから大丈夫だって言ってたって」
「お前には、言ってない」
なんだその屁理屈、と力では敵うはずもない天羽に悪態をつきながら、絢佳はなんとか起きようとまだ諦めない。仕事、休むわけにはいかない。土曜日のトラブルを考えたらなおさら。
まだいいだろう、と大きな体にしっかりと抱え込まれてしまえば、もう抵抗の余地はないのだが。
完全に封じられた絢佳は拗ねて、その原因を作った相手しかいない以上、拗ねたまま自分の中のもどかしさをぶつけるように抱え込んでいる天羽の胸に額を擦り付けた。
「ばか」
「は?」
「とーやのばか。自分ばっかり。わたしだって、こんなところに泊まったらゆっくりしたいし。美味しいだろう朝ご飯だってゆっくり楽しみたいのに。急に泊まりだって言われて…」
「絢佳?」
「仕事、休めないからそういうの我慢して言ってるのに…もう」
嫌い、と続きそうになった気配を感じて、天羽は絢佳の口を強制的に塞いだ。
そうしてから、一度強く抱きしめて身を起こし、絢佳の体も起こしてやる。
「悪かった。送る。今度、ちゃんと計画的に、落ち着いて旅行できるようにする」
想定外の効果に、絢佳の方がぽかんとした。
力でくる、しかも自分より遥かに力のある相手に力で対抗したって当然無理なわけで。搦手の方が有効なのか、と首を傾げる。
実際は、絢佳の言いたいことは残念なことによく理解できてしまい。そのくせ、その事態を招いた原因に甘えるしかない状況の腕の中の妻が可愛くてなおさら離せなくなりそうで。観念した天羽にとっては、とにかく、絢佳と体を離すしかなかったのだ。
朝食のビュッフェより前に出発する必要があり、残念そうな様子がまだある絢佳に、ロビーでコンシェルジュが紙袋を手渡す。
「?」
「朝食のお時間が取れないだろうからと、昨日のうちに帰られたお連れさまから用意するよう依頼されておりました。今度はぜひ、ゆっくりお越しください。昨日は不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「浅葱さん…さすがっ」
思わず漏らした声に、天羽が不機嫌にその紙袋を絢佳の手から受け取る。不機嫌な天羽を不思議そうに見上げる絢佳に、つくづく、変なやつだと思う。不機嫌になった天羽など、遠巻きにされ続けてきたのに、驚くほどに頓着されない。だから妻にした、と言えればいいが、妻にしてから分かった事実で。
一度家に寄りたい、と絢佳がいうから、あまり時間もない。というのに、絢佳はコンシェルジュに丁寧に礼を言っている。
「昨日のことは、ホテルに責任はありません。元々の参加者のようですから、警備の問題でもないでしょうし。気になさらないでください。わたしの稼ぎではこんな素敵なホテル、泊まれないので。彼次第、ですね」
不意に言われて、天羽の眉間にシワが寄る。
「いくらでも連れてきてやる。時間がないんだろ、行くぞ」
促されて、もう一度コンシェルジュに頭を下げてから小走りに追いついてきた絢佳が呆れた目を天羽に向ける。
「なんだか知らないけど、外面紳士が、だめでしょう?」
そんな態度で、と続く声に、天羽は呆れた目を向ける。外面紳士って、まあ、そんなことを思われている気はしたが、面と向かって言うか?と。
ホテル側が用意してくれたのはサンドイッチで。一口サイズなのは、運転している人も食べやすいようにと言う配慮だろうか。
運転する天羽の口に放り込み、自分もかじりついて絢佳はご機嫌だ。サンドイッチ一つをとっても幸せなほどに美味しい。少しつまんだ、昨日のレセプションの料理もそういえば美味しかった。つくづく、ゆっくり堪能できなかったのが惜しまれるが、まあ、そもそも天羽の仕事で連れてきてもらっただけなので、こんな体験ができただけでも良しと絢佳の中ではいつの間にか落ち着いてしまっている。
「…嬉しそうだな」
「ん?うん。美味しい」
「浅葱のが?」
言い回し、変?と絢佳は隣に首を傾げ、口の中のものを飲み込んでから小さく笑う。早朝の道は空いていて、街が目覚める前、までではないのだけれど、本格的に動き出す前の、それぞれの場所で1日の準備をしているような、予感に満ちた気配とでも言うのか。それも相まって、楽しい。
「浅葱さんの気遣いも嬉しいし。とーやとこんな時間に車で走っているのも、車の中でサンドイッチ食べているのも、楽しい。仕事、頑張らないと」
「そうか」
なんだか、天羽はそれしか言葉が出てこない。
そう、と笑う絢佳の額に片手を伸ばして、少し強めに触れる。
「仕事、好きな」
「好き…そうだね、今のところ、嫌いじゃない」
「そうか」
そうか、ばっかりだと絢佳に笑われて、天羽の口元もようやく緩んだ。
この期に及んで起きようとする絢佳をベッドに引きずり戻す天羽と攻防が繰り広げられる。
「仕事っ。行ってもいいって、というか、行けるから大丈夫だって言ったじゃないっ」
「オレは言ってない」
「浅葱さんが言ってた。とーやが、送っていくから大丈夫だって言ってたって」
「お前には、言ってない」
なんだその屁理屈、と力では敵うはずもない天羽に悪態をつきながら、絢佳はなんとか起きようとまだ諦めない。仕事、休むわけにはいかない。土曜日のトラブルを考えたらなおさら。
まだいいだろう、と大きな体にしっかりと抱え込まれてしまえば、もう抵抗の余地はないのだが。
完全に封じられた絢佳は拗ねて、その原因を作った相手しかいない以上、拗ねたまま自分の中のもどかしさをぶつけるように抱え込んでいる天羽の胸に額を擦り付けた。
「ばか」
「は?」
「とーやのばか。自分ばっかり。わたしだって、こんなところに泊まったらゆっくりしたいし。美味しいだろう朝ご飯だってゆっくり楽しみたいのに。急に泊まりだって言われて…」
「絢佳?」
「仕事、休めないからそういうの我慢して言ってるのに…もう」
嫌い、と続きそうになった気配を感じて、天羽は絢佳の口を強制的に塞いだ。
そうしてから、一度強く抱きしめて身を起こし、絢佳の体も起こしてやる。
「悪かった。送る。今度、ちゃんと計画的に、落ち着いて旅行できるようにする」
想定外の効果に、絢佳の方がぽかんとした。
力でくる、しかも自分より遥かに力のある相手に力で対抗したって当然無理なわけで。搦手の方が有効なのか、と首を傾げる。
実際は、絢佳の言いたいことは残念なことによく理解できてしまい。そのくせ、その事態を招いた原因に甘えるしかない状況の腕の中の妻が可愛くてなおさら離せなくなりそうで。観念した天羽にとっては、とにかく、絢佳と体を離すしかなかったのだ。
朝食のビュッフェより前に出発する必要があり、残念そうな様子がまだある絢佳に、ロビーでコンシェルジュが紙袋を手渡す。
「?」
「朝食のお時間が取れないだろうからと、昨日のうちに帰られたお連れさまから用意するよう依頼されておりました。今度はぜひ、ゆっくりお越しください。昨日は不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「浅葱さん…さすがっ」
思わず漏らした声に、天羽が不機嫌にその紙袋を絢佳の手から受け取る。不機嫌な天羽を不思議そうに見上げる絢佳に、つくづく、変なやつだと思う。不機嫌になった天羽など、遠巻きにされ続けてきたのに、驚くほどに頓着されない。だから妻にした、と言えればいいが、妻にしてから分かった事実で。
一度家に寄りたい、と絢佳がいうから、あまり時間もない。というのに、絢佳はコンシェルジュに丁寧に礼を言っている。
「昨日のことは、ホテルに責任はありません。元々の参加者のようですから、警備の問題でもないでしょうし。気になさらないでください。わたしの稼ぎではこんな素敵なホテル、泊まれないので。彼次第、ですね」
不意に言われて、天羽の眉間にシワが寄る。
「いくらでも連れてきてやる。時間がないんだろ、行くぞ」
促されて、もう一度コンシェルジュに頭を下げてから小走りに追いついてきた絢佳が呆れた目を天羽に向ける。
「なんだか知らないけど、外面紳士が、だめでしょう?」
そんな態度で、と続く声に、天羽は呆れた目を向ける。外面紳士って、まあ、そんなことを思われている気はしたが、面と向かって言うか?と。
ホテル側が用意してくれたのはサンドイッチで。一口サイズなのは、運転している人も食べやすいようにと言う配慮だろうか。
運転する天羽の口に放り込み、自分もかじりついて絢佳はご機嫌だ。サンドイッチ一つをとっても幸せなほどに美味しい。少しつまんだ、昨日のレセプションの料理もそういえば美味しかった。つくづく、ゆっくり堪能できなかったのが惜しまれるが、まあ、そもそも天羽の仕事で連れてきてもらっただけなので、こんな体験ができただけでも良しと絢佳の中ではいつの間にか落ち着いてしまっている。
「…嬉しそうだな」
「ん?うん。美味しい」
「浅葱のが?」
言い回し、変?と絢佳は隣に首を傾げ、口の中のものを飲み込んでから小さく笑う。早朝の道は空いていて、街が目覚める前、までではないのだけれど、本格的に動き出す前の、それぞれの場所で1日の準備をしているような、予感に満ちた気配とでも言うのか。それも相まって、楽しい。
「浅葱さんの気遣いも嬉しいし。とーやとこんな時間に車で走っているのも、車の中でサンドイッチ食べているのも、楽しい。仕事、頑張らないと」
「そうか」
なんだか、天羽はそれしか言葉が出てこない。
そう、と笑う絢佳の額に片手を伸ばして、少し強めに触れる。
「仕事、好きな」
「好き…そうだね、今のところ、嫌いじゃない」
「そうか」
そうか、ばっかりだと絢佳に笑われて、天羽の口元もようやく緩んだ。
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