溺婚

明日葉

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王様はお怒りです 2

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 まさかとは思っていたが、当然のようにスイートルームに連れて行かれる。

 ようやく寛げる、と思ったのに、場違い感がものすごくて落ち着かない。部屋の物汚したり壊したら、どうなるの?と、挙動不審になる絢佳を、天羽と浅葱は呆れた顔で見遣って奥へと促す。



「絢ちゃん、もうその靴、脱いでいいんだぞ?」


 慣れないピンヒールのまま立ち尽くす絢佳に浅葱が言えば、ああ、と、言われて気づいたようにへにゃっと絢佳が笑う。


「いつもならこういう靴脱いじゃって裸足で動き回るんですけど…。すごく履き心地いいから脱ぐのもったいなくて」




 言った途端。
 嬉しげに、見たことがないほどに柔らかく笑う浅葱と同時に、天羽が動いた。


 舌打ちが聞こえた?と首を傾げる間もなく体を掬い上げられ、夜景が見える大きな窓のそばのソファに少し雑に下される。

「っわ」

「腹たつ」


 言いながら跪き、絢佳の足に手を伸ばした。
 抵抗する間もない、というより何をされるかも分からない間にするりと靴を脱がされる。


 あまりの手際の良さに目を見開き、何が起こったのかわからずついついソファの背もたれに身を捻ってしがみついていた絢佳は、腹たつ、という呟く声に思わず首を傾げた。


「なんで?」
「浅葱の靴、脱ぎたくないんだろ?」
「ん?うーん?」

 ちょっと違う?と言葉を探す様子に、天羽は苛立つ目を向けるが、一向に気にする様子もない。
 この、天羽の苛立ちなどを無視できてしまうのが強みだな、と浅葱は眺める。それはきっと、どちらも気付いていない無意識の信頼のようなもの。


「選んだの、とーやでしょ?」
「…そうだな。お前らにダメ出しされたけどな」
「ダメ出し、になっちゃうのか。デザインは素敵よ。憧れてた感じ。それを選んでくれたのがとーやで、わたしでも履いて動けるようにしてくれたのが浅葱さん。二度となさそうな格好してるから、ちょっともったいないなぁって思ってただけ」




 なぜか、やけに光るめで途中から見つめられ、というか見据えられ。
 しばらく無言で、息を詰めている様子もあって心配になり声をかけようとしたところで。

 不意に動いた男が、そのまま少しだけ身を乗り出して、絢佳の腰をかき抱いた。
 下腹に顔が当たるから、ただひたすら恥ずかしくて絢佳はうろたえるが、抜け出せるはずもない。



「疾矢」


 不意に浅葱が呼びかけ、天羽は返事もしないし動きもしないけれど、聞いている。

「俺は向こうに行く。お前たちに用があるなら、明日以降にするようにさせる」


「ああ」



 動かないまま低く答えるけれど、声を出せば熱い息を感じてくすぐったくて絢佳は体を震わせる。その様子に、低く笑って、また、浅葱は絢佳の髪を一撫でして、部屋を出て行った。





 どうしても離してくれなくて。
 だんだんまた、いつものように麻痺の時間がやってくる。手持ち無沙汰になって、今日はしっかりとセットされている天羽の髪に指を通して摘んだり、引っ張ったり、くるくるしたりと、している。

「向こう、って?」

「…後処理だ」

 また、そのままで喋るっ、と、身を捩る。
 もうやだ、と肩を押してみたり持ち上げようとしてみたり、耳を引っ張ったり、していたら。やっと体を起こした天羽は、絢佳の隣に座ったと思うと今度は絢佳の顔を自分の胸に押し付ける。
 それはそれで、ともがいても、こちらもまた、動けない。
「お化粧!今日はちゃんとしてもらってるからっ。服につく」
「どうでもいい」

 なんでそう、ムードも何もないことでじたばたするんだと絢佳が痛いと文句を言うほどに腕に力を込める。そうやって現実逃避をしてこの状況をなかったことにしようとしている無意識の癖のようなものなのだけれど。




「警察が来ている」
「警察!?」

「十分、警察沙汰だ」


 じゃあ、途中からなんとなく人が減ったのは、と押し付けられて若干息苦しいまま思い返したことを口にすれば、天羽は冷たい声で告げる。
 当たり前だ、と。
 足止めをした時点で、共犯だ、と。


「秘密裡に納めてやる義理はない。二度と顔も名前も存在も、気配すら感じないようにしてやる」



 おう、怒ってやっしゃるのね、と、今更ながらにその怒りの根深さに気付いて、絢佳はいやいや、待て、と言おうとするが、それすらも封じられる。

「お前の言い分は聞かない。言いたいことは、警察に何か聞かれたら言え。それよりも」


 不意に雰囲気ががらりと変わって、むしろ絢佳は身の危険を感じる。が、逃げ道などない。
 不意に伸ばされた指先が、まとめられた絢佳の髪をはらりと落としていく。


 どんだけ手馴れてんのよ、と照れ隠しも兼ねて詰りたいのに、声も出ない。


「オレのところに落っこちてきた奥さん。ちゃんと受け止めたご褒美、くれよ」
「ご、ご褒美?」


 完全に身を固くしている絢佳に低く笑いながら、肩口に鼻先を擦り付ける。


「絢佳が欲しい」


 いや、もう結婚してるから差し上げてますよね、なんて言葉が頭に浮かんだけどこれ、口にしちゃいかん。
 ショートした思考回路に、絢佳自身が白旗を振った。


「わたしなんかで、ご褒美になるの?」

 言った途端、何が気に食わなかったのか。
 天羽は急に絢佳を担ぎ上げ、無言で立ち上がった。姫抱っこなんて、甘ったるいものではない。荷物のように担ぎ上げられ、驚いて絢佳はとにかく、手が触れるところにあるものにしがみつくしかない。





 そのまま大股で寝室に入った天羽は、先ほどソファに下ろしたときの雑さが優しかったように感じるほどに、絢佳をベッドに放り投げる。
 驚いて投げ出され、それでも身の危険を感じて起き上がろうとするのに、素早くその上に天羽は覆いかぶさってくる。最初に感じていたのとは違う種類の危険も感じる。
 至近距離で見下ろしてくる天羽の目は、怒っている。片方の手はベッドにつき、もう片方はしっかりと絢佳の肩を押さえ込んでいる。


「それでなくても腹が立って仕方ないのに、お前までオレを怒らせるな」
「な、なんで」

 どこに怒らせ要素が、と言うか、まあ、騒ぎを起こしたのは怒られても仕方ないけど、タイミング的にそれじゃない。

「オレの大事な妻を、などと言うな。たとえお前でも、許さない」





 どのくらい、ぽかん、と間抜けな顔で驚いていただろうと、絢佳は思うくらいに食い入るように夫を見上げ。



 結局、いろんな感情が込み上げてきて、笑顔しか浮かばなかった。


 苦しげに目を細める極上の男を見上げて、絢佳は自由になる手をその顔に伸ばす。
 これだからイケメンは嫌なのだ。近くにい過ぎると、どんどん絆されてしまう。心惹かれてしまう。信じてしまう。だって、そもそも面食いなのだから。



「そんなの、ご褒美にならないよ」


 また怒りそうな言い回しになったな、と気付いて、不穏な空気を漂わせる男に、なけなしの勇気をかき集めて振り絞って、隠したい欲望にちょっと頑張って顔を出してもらって、絢佳は自分からその目が眩みそうな顔になんとか顔を近づけ、唇の端に口付ける。




「わたしもとーやが欲しいもの。それじゃ、ご褒美じゃないで…っ、む」




 口づけに目を見開いた天羽は、続く言葉を最後まで聴いていられなかった。
 何か話そうとする口を食べてしまうように塞ぎ、しばらく味わうと、先ほどまでが嘘のような、熱がこもって蕩けた顔をする。


「煽るお前が、悪い」



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