溺婚

明日葉

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女除けのため、洗礼を受ける 1

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 天羽が休みをもぎ取った週末。
 土曜日は絢佳の思いがけない仕事で潰れたものの、日曜日はようやく、両家顔を合わせようということになり。
 本当は仕事だったのだが、夕方までは何とか開けさせ、土曜日のうちに天羽はセッティングを整えていってしまう。
 昼からいる綾部と、仕事を終えてなぜか天羽の家に帰ってきた浅葱と一緒に、絢佳はぽかんとした様子でそれを眺めているのだが、不意に呆れた様子で浅葱に顔を覗きこまれた。

「絢ちゃん、君、当事者だよ?」

「あ、はい。そうなんですけども。なんか、知り合った日のこと思い出す手際の良さだなぁと」

 天羽と絢佳、双方の家族に連絡を入れたのは天羽で、会う場所も時間もどんどん段取りをしていく。既に婚姻届を出している以上、この感想は的外れなのだが、外堀を埋められている感が半端ない。


「何で浅葱までいるんだよ」
「絢ちゃんにおかえりって言ってもらおうかと思って」


 そういえば、普通に浅葱に「お疲れ様でした、お帰りなさい」と、玄関で出迎えていたなと、段取りを進める傍らで聞こえたことを思い出せば、むぅ、と天羽が苛立ったような顔になる。
 せめて「いらっしゃい」だろう、と。

 一通り終えたところだったこともあり、そのまま天羽はリビングのあいているソファに腰掛け、別のところに座っている絢佳を自分の方へ引き寄せた。
 立ち上がらされそのまま引っ張られ、バランスを崩した絢佳は慌てて天羽の座る傍の座面に片膝をつき、天羽に引かれていない方の手を天羽の肩について倒れ込むのを堪える。
 つまらなそうな顔をしながら天羽はもう一方の手で絢佳の腰を引き寄せ、不機嫌な目で絢佳の顔を見上げた。
「お前が、おかえりという相手は俺だけだ」
「?」
 やきもち、なんてものを妬かれるとは思っていない絢佳にとっては、不機嫌の原因も、この言動も、説明がつかなくて。はぁ、と間の抜けた声を出せば、苛立ったようなため息と一緒に告げられる。

「明日、顔合わせの後は夕方から俺の仕事に付き合え」
「仕事?」
「外せないレセプションがある。パートナーとして出席しろ」
 レセプション、と、あまり普段の生活では自分の身に降りかかることのない単語を反芻して、ああ、と、絢佳はうなずいた。
 女除けデビューね、と、思ったことを口にすれば、不機嫌が振り切れたような笑顔を天羽が浮かべ、さすがに肩を震わせた。






 独占欲丸出し。威嚇しすぎ。
 と、刺々しい牽制を感じながらも気にしない顔で天羽と絢佳のやりとりを眺めていた浅葱が顔をしかめる。
「明日って、疾矢。絢ちゃんの服は?」
「え?多少はちゃんとしたの持ってますよ?結婚式に着てくのとかじゃだめな感じのですか?」
「いや、用意してある」
「は?」
 思いがけない言葉に聞き返すが、天羽はそれ以上言わない。
 用意してある、意味がわからない。いつ?何で?
 と思ってから、さすがに思い至る。この部屋に住んでいるような人だ。絢佳自身が用意するようなちゃんとした服、は、この人にとっては安物に過ぎない。連れ歩くのに支障はあるのだろう。
 自分で払える値段だといいなあ、などと思っていると、すっかり今の体勢を忘れていて、ぐい、と腰を引かれて完全にバランスを崩した。
 向き合う形で天羽の膝に中途半端に乗るようになってしまった上に、おかしな格好で窮屈なのだが、天羽の方は今度は楽しそうな顔になっていて苛っとする。
「ちょっ。何でこういう意地悪するんですかっ」
「とりあえず、敬語、いい加減にしろ?お前」
「うっ」
 おいおい、と言っていたら、むしろ敬語の方が癖になりつつあり、それに感づいた天羽が本気で阻止に入っている。呼び方もまたしかり。
「しかも今、余計なこと考えてたろ」
「買取できる値段だといいな、大変だったら分割にさせてもらえるかな、って考えてただけよ。何が余計」
「おーまーえーはー」

 腹立たしいことに、腰に回した手に手近な肉をつままれれば、身をよじって抵抗する。が、くすぐったがりの絢佳にとって、肉を掴まれた悔しさと恥ずかしさに加え、くすぐったさで全く体に力が思うように入れられない。

「何でそうなる。俺がお前に着て欲しくて用意したんだから、普通に受け取るだけでいいだろうが」
「とりあえず、疾矢、絢ちゃんいじめる前にもう一つ。靴は?」
「用意してある」
 見せろ、と言われて、天羽は渋々それをとりに行く。どうせ車移動だからと車に積んだままにしてあり、明日見せるつもりだったのだが。
 だが、靴に関して浅葱に言われれば仕方ないととってきたのを見て、絢佳がピシッっと固まった。
「絢佳?」
「ピンヒール…しかも高い…むりー」
 確かに絢佳の身長は高いが、天羽も上背があるため高いヒールを履いても何ら問題はない。だが、この様子はどうやらそこではなさそうで。
 ヒールのある靴を履けば男の人相手でも見下ろすことも多くなり、何気ない周囲の言動もあったり動きやすい方が良いのもあったりでそもそもぺったんこな靴やスニーカー、履いても低めのヒールの靴という絢佳。しかもピンヒールなんて履いたこともない。それに足の形が華奢な靴が履けないのだ。
 ちゃんとエスコートしてやるぞ、と天羽は言うけれど、そこじゃあない。エスコートとやらをされることに慣れていないし、してもらったら歩けるもんなのか?と疑問しかない。


 だが、浅葱の方は違うところで顔をしかめる。
「慣れない人間がこれ履いたら、靴擦れできるぞ。しかもお前、四六時中離れないでいてやれるわけじゃないだろう」
「離れるつもりはないぞ」
「つもりはなくても、仕事なんだから無理だろうが。手、加えるぞ」
 返事を待たず、そう言ったと思うと立ち上がった浅葱を絢佳は驚いて見上げる。
 それまで黙っていた綾部が一緒に立ち上がりながら笑った。
「こいつ、本職は靴職人。あの店に置いてある靴はこいつが作ったやつだぞ」
「え、初耳!」
 言ってなかったし、靴を興味津々に見てくれているのを眺めるので満足していた浅葱には、どうでもいいことで。ただ、天羽疾矢の妻として、公の場に初めて立つ絢佳の懸念は極力減らしておいてやりたかった。
「今度、オーダーメイドで作ってあげるよ。ちょっと足、触るから」
 絢佳の足を無造作に両手で包み込み、しばらくして頷く。が、風呂に入っていない状況で不意打ちで足を触られた絢佳の焦りは完全に置いてけぼりで。
 この人たち、マイペースすぎる、と、精神的疲労が蓄積されていく。


「あ、疾矢」


 綾部と一緒に部屋から出て行きながら、もう一つ浅葱は爆弾を投下していった。



「そのレセプション、お前が絢ちゃんから離れた時のガード役で、俺も行くぞ」






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