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これで故意じゃないとか、鬼か 4
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あー、なるほどな、と、しばらく様子を見ていて綾部は家を出る前に天羽が言っていた言葉の意味を察する。
抵抗している絢佳に天羽の方から触れたり引き寄せたりといったことをしていると恥ずかしがって逃げようとする様子が見られるのだが、それがないと、実に自然に隣にいるような関係にはなっているのだな、と。
そういえば天羽を同僚たちに紹介した時もそうだった。
天羽の服を摘んで紹介するとか、その仕草は天羽が戸惑って悶えるはずだ。
今も行きたいブースなどがあると、服を摘んで引っ張るか、満面の笑顔で振り返るか。まあ、懐いている人間に共通でやる言動ではあるが、それを向けられるようになっただけ、進歩だ、天羽、と、そう言ってやるしかないのだろう。
代わりに、天羽が手を繋いだりしようとすれば、ポーカーフェイスに表情が固まり、するりと抜けていってしまう。
ほんっとに、不器用なやつだと呆れれば、それが顔に出ていたようで、綾部は天羽に思い切り睨まれた。
「そういえば、今日は浅葱さんは?」
「仕事だ。土曜日に休むわけないだろう」
他の男の名前を出されて声に不機嫌が滲むとか、天羽疾矢のやることじゃないよなぁ、と、正直綾部は力一杯、いじくり回したいのだが。
それにしても。
また、天羽が絢佳に手を伸ばして。指先を掴んだだけで驚いたように離れられて。それなのに少ししたらそのシャツの裾などを引いて注意を引いてどこかを示すのだ。
触れようとすればすり抜けていって、触れたいのを我慢していれば近づいてくるとか。鬼か。鬼だな、あいつはやっぱり、と綾部も流石に悪友に同情を寄せる。
一頻り会場を回り、何ヶ所かで絢佳はそこにいる人たちと言葉を交わして。
途中、件の青年が他の数人と一緒に回っているのに声をかけて手を振ったりして。昼過ぎごろにはそこを出ることにして、絢佳と天羽、綾部は3人で歩いて帰路につく。
「まさかいると思わなくて、びっくりしました」
「いると思ってなかったのに、よく見つけたな」
綾部が揶揄うようにいえば、絢佳は苦笑いになる。課長と一緒にいれば、流石に、と。それもそうかと綾部が笑っていれば、難しい顔をしたままで天羽が触れそうな位置にある絢佳の手を取って、そのまま指を絡めてしっかりと握り込む。
あわあわとしているのを無視して、天羽は綾部を振り返った。
「飯、どうする?」
「あー。絢佳、けっこうあそこで買い食いしてたから、ほとんど食えないよな」
綾部の声に、天羽に繋がれた手をどうしたものかと、なぜかとりあえず振ってみることにしたらしい絢佳がその仕草のまま顔を上げて頷く。手を繋いで振るとか、子供か、と突っ込みを心に押し込めて、綾部は家に帰って簡単に食うよ、と応じれば、問いかけたはずの悪友がまた不機嫌を増している。
「お前な。何度もいうが、絢佳はもともと後輩なんだよ。習性を俺の方が知ってても今は当たり前なんだから、いちいちその視線で射殺そうとするの、やめろ?」
「習性?」
当の本人がこてっと首を傾げて、その傾げた先に天羽の肩があって焦って離れようとして結局繋いだ手を引き戻されてって、これ、一緒にいる意味あるか?とげんなりしていれば、天羽の方も何を思ったか、まるで身体中の空気を入れ替えようとするようなため気をついた。
「うちに来い。一緒に食えばいいだろう」
思いがけない誘いに同じマンションの最上階まで一緒に上がって綾部は天羽の部屋に入る。
キッチンに立ったのは天羽で、絢佳の方は綾部にダイニングの椅子を勧め、とりあえずとお茶を出してくれる。
「確かにあいつ、料理得意だよなぁ」
「趣味って言ってますけど。あのお味には、かないません。わたしの女子力…」
「多分、お前に女子力とか求めてねぇよ?」
「まあ、女、感じてませんもんねぇ」
ボソボソとやりとりをしていて、最後のセリフにおい、と言いかけたところで綾部はタイミングを逃す。絢佳のあの誤解はさっさとなんとかしないと、痛い目見るぞと天羽に改めてきちんと言わなければと思うのだが。
お茶を出したお盆をキッチンに下げにいって、フライパンに向かっている天羽の手元を背後から覗き込む。
「パスタ?」
「お前腹そんなに減ってなくても、俺と綾部は食うからな。量で調整してやる」
ふふ、と、その返事に満足げに笑う様子を見れば、なんだよ、いい雰囲気じゃないかと思うわけで。
近づこうとすれば逃げようとして、そっとしておけば、気ままに心地よい距離に近づいてきている。
計算はなく、だから当然故意でもなく。
ただそれは、故意じゃないからこそ、天羽が悶々としてしまうのは、綾部も理解して。
天羽が作った遅めの昼食を美味しく平らげた後、天羽と一緒になって絢佳がこりこりとミルで挽いた豆でコーヒーを淹れてくれる。
その段になると、ソファに移り、天羽は、例の絢佳の定位置ともいえるソファを陣取り、不満げな顔をした絢佳の腕を引いて器用に自分の足の上に座らせて抱き抱える。
またもわたわたと動揺をあらわにするのを愉快そうに眺め、背後から鼻先を耳の後ろにすり寄せ、動物が戯れるように絢佳の肩から首、後頭部に頬や顎、額を擦り寄せる。
居心地が悪そうにはしているけれど、最初に見た頃ほどの抵抗は見せないな、と眺めていれば、それを読んだかのように天羽が不敵に笑った。
「馴らして、こいつの羞恥心とか照れとかのハードル下げとけばいいだろ?」
確信犯。
いやそれ以前に、そんな気遣いを見せるなんて。
と、綾部は悪友が、そんなふうに行動する気になる相手を見つけたことを素直に喜ぶ。いや、素直に喜べないとしたら、物事には限度ってものがあるんだぞ?と言うことを、今まさに目の前の悪友にいってやりたいくらいだろうか。
抵抗している絢佳に天羽の方から触れたり引き寄せたりといったことをしていると恥ずかしがって逃げようとする様子が見られるのだが、それがないと、実に自然に隣にいるような関係にはなっているのだな、と。
そういえば天羽を同僚たちに紹介した時もそうだった。
天羽の服を摘んで紹介するとか、その仕草は天羽が戸惑って悶えるはずだ。
今も行きたいブースなどがあると、服を摘んで引っ張るか、満面の笑顔で振り返るか。まあ、懐いている人間に共通でやる言動ではあるが、それを向けられるようになっただけ、進歩だ、天羽、と、そう言ってやるしかないのだろう。
代わりに、天羽が手を繋いだりしようとすれば、ポーカーフェイスに表情が固まり、するりと抜けていってしまう。
ほんっとに、不器用なやつだと呆れれば、それが顔に出ていたようで、綾部は天羽に思い切り睨まれた。
「そういえば、今日は浅葱さんは?」
「仕事だ。土曜日に休むわけないだろう」
他の男の名前を出されて声に不機嫌が滲むとか、天羽疾矢のやることじゃないよなぁ、と、正直綾部は力一杯、いじくり回したいのだが。
それにしても。
また、天羽が絢佳に手を伸ばして。指先を掴んだだけで驚いたように離れられて。それなのに少ししたらそのシャツの裾などを引いて注意を引いてどこかを示すのだ。
触れようとすればすり抜けていって、触れたいのを我慢していれば近づいてくるとか。鬼か。鬼だな、あいつはやっぱり、と綾部も流石に悪友に同情を寄せる。
一頻り会場を回り、何ヶ所かで絢佳はそこにいる人たちと言葉を交わして。
途中、件の青年が他の数人と一緒に回っているのに声をかけて手を振ったりして。昼過ぎごろにはそこを出ることにして、絢佳と天羽、綾部は3人で歩いて帰路につく。
「まさかいると思わなくて、びっくりしました」
「いると思ってなかったのに、よく見つけたな」
綾部が揶揄うようにいえば、絢佳は苦笑いになる。課長と一緒にいれば、流石に、と。それもそうかと綾部が笑っていれば、難しい顔をしたままで天羽が触れそうな位置にある絢佳の手を取って、そのまま指を絡めてしっかりと握り込む。
あわあわとしているのを無視して、天羽は綾部を振り返った。
「飯、どうする?」
「あー。絢佳、けっこうあそこで買い食いしてたから、ほとんど食えないよな」
綾部の声に、天羽に繋がれた手をどうしたものかと、なぜかとりあえず振ってみることにしたらしい絢佳がその仕草のまま顔を上げて頷く。手を繋いで振るとか、子供か、と突っ込みを心に押し込めて、綾部は家に帰って簡単に食うよ、と応じれば、問いかけたはずの悪友がまた不機嫌を増している。
「お前な。何度もいうが、絢佳はもともと後輩なんだよ。習性を俺の方が知ってても今は当たり前なんだから、いちいちその視線で射殺そうとするの、やめろ?」
「習性?」
当の本人がこてっと首を傾げて、その傾げた先に天羽の肩があって焦って離れようとして結局繋いだ手を引き戻されてって、これ、一緒にいる意味あるか?とげんなりしていれば、天羽の方も何を思ったか、まるで身体中の空気を入れ替えようとするようなため気をついた。
「うちに来い。一緒に食えばいいだろう」
思いがけない誘いに同じマンションの最上階まで一緒に上がって綾部は天羽の部屋に入る。
キッチンに立ったのは天羽で、絢佳の方は綾部にダイニングの椅子を勧め、とりあえずとお茶を出してくれる。
「確かにあいつ、料理得意だよなぁ」
「趣味って言ってますけど。あのお味には、かないません。わたしの女子力…」
「多分、お前に女子力とか求めてねぇよ?」
「まあ、女、感じてませんもんねぇ」
ボソボソとやりとりをしていて、最後のセリフにおい、と言いかけたところで綾部はタイミングを逃す。絢佳のあの誤解はさっさとなんとかしないと、痛い目見るぞと天羽に改めてきちんと言わなければと思うのだが。
お茶を出したお盆をキッチンに下げにいって、フライパンに向かっている天羽の手元を背後から覗き込む。
「パスタ?」
「お前腹そんなに減ってなくても、俺と綾部は食うからな。量で調整してやる」
ふふ、と、その返事に満足げに笑う様子を見れば、なんだよ、いい雰囲気じゃないかと思うわけで。
近づこうとすれば逃げようとして、そっとしておけば、気ままに心地よい距離に近づいてきている。
計算はなく、だから当然故意でもなく。
ただそれは、故意じゃないからこそ、天羽が悶々としてしまうのは、綾部も理解して。
天羽が作った遅めの昼食を美味しく平らげた後、天羽と一緒になって絢佳がこりこりとミルで挽いた豆でコーヒーを淹れてくれる。
その段になると、ソファに移り、天羽は、例の絢佳の定位置ともいえるソファを陣取り、不満げな顔をした絢佳の腕を引いて器用に自分の足の上に座らせて抱き抱える。
またもわたわたと動揺をあらわにするのを愉快そうに眺め、背後から鼻先を耳の後ろにすり寄せ、動物が戯れるように絢佳の肩から首、後頭部に頬や顎、額を擦り寄せる。
居心地が悪そうにはしているけれど、最初に見た頃ほどの抵抗は見せないな、と眺めていれば、それを読んだかのように天羽が不敵に笑った。
「馴らして、こいつの羞恥心とか照れとかのハードル下げとけばいいだろ?」
確信犯。
いやそれ以前に、そんな気遣いを見せるなんて。
と、綾部は悪友が、そんなふうに行動する気になる相手を見つけたことを素直に喜ぶ。いや、素直に喜べないとしたら、物事には限度ってものがあるんだぞ?と言うことを、今まさに目の前の悪友にいってやりたいくらいだろうか。
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