終わりにできなかった恋

明日葉

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 乗り換えの駅で、手を引かれた。普通に行けば、ここで違う路線に乗ってそれぞれの家に帰る。と言うか、何も決めてないけど、これから住むところとかどうするのかな、と言うか、どうしようかな、と言うか。燎介は実家、わたしの部屋は、2人で生活するには手狭。

「どこいくの?」
「いいとこ」

 くしゃっと笑ってそれだけ。






 手を引かれて連れて行かれたのは、わりといいホテル。
 ん?と首を傾げながら、座って待ってろと言われた椅子に腰掛けていると、すぐに戻ってきた燎介がやっぱり笑いながら手を引く。
「え~っと、燎くん?」
「こより、オレの持論、覚えてる?男がすけべじゃなけりゃ」
「種は続かない」
 ほぼ反射で答えて、ため息が出た。いやいやいやいや。まじか?
「えー」
「嫌がるなよ」
「違う」
「照れるなよ」
「そっち。無理言わないで」
 ふはっ、と笑って乗ったエレベーターの中でぐしゃっと前髪をかき回された。



 入った部屋は、このホテルというだけでも贅沢感があるのに、さらにちょっと、頑張り過ぎてないか、と思う部屋で。そんなことが頭をよぎったけれど、大きな窓からの夜景に、思わず声をあげてしまった。
 近づいて、つい見入ってしまう。
 わたしが羽織っていた上着と、自分の上着をかけてくれた燎介が笑いながら隣に立った。
「いい眺め。遠くまで見える天気でよかったな」
「うんっ」
「…お前、夜景とか好きよな」
 自然と笑顔になっている自覚はある。
 だいぶ、好きなだけ楽しませてもらって、はた、と何をしにここに来たのか思い出した頃にタイミングよく隣から手が伸びてきた。居心地悪くしていると、最初腰に回った手が、思い直したように手を取って引っ張られる。
「満足したろ?」
「ハイ」
 さすがに、それしか答えはない。
 くつくつと喉の奥を鳴らすような笑い方をするから、なんだか癪にさわる。不貞腐れていると、不意に視界が動いて、いつの間にかソファに腰掛けた燎介にまたがるように、向かい合わせに座らされた。
「え、ちょ、な」
「照れるな照れるな」
 引き寄せられて、膝の上にいるせいでわたしより下にある燎介が楽しそうな目で見上げてくる。
「初夜は初夜らしく。形から入ればわかりやすいだろ」
「はっ」
 何を言い返そうとしたのか、自分でもわからないまま、口を塞がれた。
 まさか、燎介とキスをする日が来るなんて。いや、結婚とかなんとか言い始めたんだからいずれはと思っていたけど。頭の後ろに伸びていた手がしっかりと押さえていて、逃げられない。角度を変えながら重ねられる唇が柔らかくて、だんだん力が抜けてくる。

 ようやく解放されて、それまで抵抗するように、膝には座らないようにしていたのにその努力も持たなくなってくる。見透かしたように腰を引き寄せて座らされた。硬くて筋肉質な太腿にまたがっている状況に羞恥心しかない。
 思わず、両手で顔を覆って俯いた。
「わたし相手に、その気になるの?」
「結婚しようと思うんだから、なるだろ」
「は?」
 だって、おいおいって言ったじゃん、と思う。それに。
「志城、背が高いから背伸びしてキスとか、憧れてたのに最初っから難易度高い」
 思わず本音が漏れた。相手が悪い。言いたいこと言い合ってきた年月が長すぎる。言わなかったのなんて、気づくの遅過ぎた恋心くらいだし、それに蓋をする必要もなくなった現状、ストッパーがないのだ。羞恥心以外。それを嫌というほど刺激されてグラグラにされていたらこうなるのか?
 なぜか反応がないけれど、恥ずかしくて顔はあげられない。そのうち、身近にある体が小さく震えているのに気づいて、笑われていることがわかる。
「バカにしてるっ」
「してないしてない」
 言いながら立ち上がって、一瞬抱き上げられるように浮いた足は、ゆっくりと床に下ろされる。怖くて足元を見ていたわたしは、至近距離から覗き込んだ目にぞくり、と悪寒がはしった。
「志城って呼んだお仕置きだけど…まあ、願望満たしてやるよ」
「はっ」
 聞き返す声は、そのまま燎介の口に飲み込まれた。両腕を掴まれて、燎介の首に回される。促されるまましがみついたら、満足げに腰に回されて、密着するように引き寄せられた。上から与えられるキスは流れ落ちてくるみたいで、頭の芯が溶けていく。
「こより」
 至近距離でわずかに離れた唇から名前を呼ばれて、返事をしようと開いた口に、舌が割り込んでくる。煽られるように口の中を蹂躙される。そのまま、抱き上げられて、唇を合わせたまま、小さく舌打ちされた。
 思わず肩が跳ねる。何か、気に食わなかったのか、と。急に怖くなる。うまくキスに応じられなくてつまらない?嫌な思いをしている?わたしの方の積極性がないから?
 硬くなった体を宥めるように、抱き上げている腕が触れている場所をやわやわと揉んでいく。


 ベッドの上で、また、燎介にまたがって座らされる。思わず身じろぎをして、目を逸らした。
「あの、お風呂とか…」
「後で。いったんちょっと待て」
「待つのはあんたじゃ…」
「風呂を待て」
 言って、腰を引き寄せられると、ちょうど、お尻の下に当たる感覚にびくりと体が震えた。嬉しい気もするけれど、緊張感が半端ない。
「さっきのは、持ち上げてみたらお前が思った以上に軽過ぎて、腹が立っただけ。この間のじゃ、気が済まない」
「え、いや、そこは」
「気が済まないから、またいくからな?」
 言いながら、さらに腰を抑えられ、そのまま手がやわやわとも無用に動く。
「ん、…っふ」
「こより、お前の好奇心、見せろ」
「ふぇ?」
「自分から、オレに触ってみろ。お前が、触りたくないなら、いいけどな」
「その言い方は」


 ずるい







 好奇心が、ないわけじゃない。興味だってある。はしたないと、いやらしいと、思われそうで、自分からは何もしなくて、それなのにそれはそれで不安で。
 今更そんなこと気にするのかと呆れたように言われて、すとん、と納得した。
 それでも蓄積された羞恥心とか諸々はなかなかの加勢になったけれど、先ほどの煽られるようなキスでとろけた頭が動くのを手伝った。
 両手で、顎から頬を包んで、耳の後ろや指に絡む髪をそのままくすぐるように撫でる。そうしながら首筋に鼻先を埋めて、すり寄った。心地よい安心感に、大丈夫だな、と思う。服越しに胸と胸が触れ合って、振動で伝わってくる燎介の心音に、緊張しているのは、興奮しているのはわたしだけじゃない、と思えてまた、安心した。
 その間も、燎介はずっと腰のあたりを撫でさすっている。それがなんだか宥められてるようで、大丈夫だと言われているようで、幸せな気分になった。


 首筋に鼻先を埋めて額のあたりに感じた耳たぶの柔らかさが気になって、甘噛みをしてみる。耳って、気持ちいいって本当かな、という好奇心もある。
 はむはむと、なんだかやめられなくなって、そのまましながら、両手で燎介のシャツのボタンを外していく。不器用だからなかなかできなくて、もどかしそうに腰に触れる指先に力が入ったから、耳たぶを少し強めに噛んで、できた隙間から手を忍ばせて、素肌の胸に手を這わせた。
 男の人も、胸触られると感じるの?乳首とか、乳輪とか…いや、情報過多の世の中、確かめてみたい好奇心って思ったよりも多いもんです。
「っ…」
 何が決め手なのか、頭の上で息を飲む気配に気を良くして、ようやくボタンを外し終えたシャツをはだけて、肩を出す。鎖骨に唇を這わせてみた。鎖骨は、ただ好きなだけ。きれいな形で。
 そうして落とした視線が、きれいに割れた腹筋と、やけに鍛えられた体を映し出して、思わず手が止まった。


「もう終わり?」


 掠れた声で、熱い息が耳に吹き込まれて、ゾク、とお腹の奥が震えた。
 ずっと気になっていた硬いものが急に、強く擦り付けられて体が逃げそうになった。手を取られ、今ので反射的に浮いたわたしのお尻の下。硬くなったものに触れさせられる。
「こっちは、興味ない?」
 そのまま手は離れていくのに、わたしの手はそのまま。
 別の生き物みたいに、動くけれど、その動きは、わたしの手に連動しているようで。なんだか、楽しいような嬉しいような。好奇心がまた戻ってきて、手を動かして、その奥の、柔らかいものを包んで軽く握って、揉んで。
「っく」
「燎…燎介…これは、気持ちいいの?」
 顔を見ようと見上げると、そのままキスをされて視界が反転した。のしかかってきた燎介の余裕のない目が、嬉しくなる。
「今日はここまで。あとは、オレの時間」
 ずるい、と思ってびっくりした。全部やってもらえるのが、そういうものだと、思っていたはずなのに。
「お前には、オレの体触らせてやるし、好きにしていい。ただ」
 手際良く服を剥がれて、首筋から胸へと唇が這い降りていく。下に這って行った手が忍び込んで、腰がはねた。
「オレに触ってて、濡れた?それとも、キスだけで?」
 濡れた音をわざとらしく立てられて、太腿に、硬いものを擦り付けられる。
「お前の好奇心、エッロ」
「いいって、言った、くせにっ」
「気持ち良過ぎてやばいから、今日はここまで」
 言い返したわたしの何がそんなに嬉しいのか、目を細めて笑った燎介が今までで一番甘くキスをくれたと思ったら、一気に、奥まで貫かれた。
 しばらく動かないまま、キスだけで抱きしめられて、きつくて驚いたけれど、なんだかうずうずしてくる。
 時々燎介が息を飲むから、わたしで気持ち良くなってくれているようで、嬉しくなって、なおさらお腹の奥がうずく。
「お前…」
 低い声が耳元でしたな、と思ったら、出ていこうとするから、思わず手を回して引き寄せようとしてしまう。顔を見て、しまった、と思った。
「全身で引き止めてくれるんだな」
「っ」
 反論なんて、浮かばない。余裕なんてない。
 引き寄せて、口元にきた耳を、食んだ。燎介の体が震える。
「りょう、好き」




「オレは、こより…あいしてるよ」





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