終わりにできなかった恋

明日葉

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 金曜日、駅で待ち合わせて、そのまま向かうのかと思ったら、寄るところがある、と言われた。
「間に合うの?」
「大丈夫」
「…間に合うかどうかは置いといて、大丈夫なのね」
「わかってんじゃん」
 もう、と怒っているのに、気にする様子もなくどんどん歩いていくから、ついていくしかない。着いたのは、役所の夜間窓口。
 窓口?
「今日ってさ、卒団式の日だろ?」
「うん?」
 大学は、入学式と卒業式は日付が固定されていて、所属していたサークルで、四年生が団を卒業、つまり卒団する卒団式の日も、固定されていた。それが、毎年今日。
「こよりには覚えやすくてちょうどいいかと思って」
「…そういうのって、先に言わない?」
「サプライズ」
「続けば胃もたれするのっ」
 大体、保証人欄、どうした?確かに、自分のところは、この間うちでご飯食べた時に書いたよ。持ってるっていうから預けたけど。
「保証人は、オレとこよりの弟な」
「…は?」
「親だと父と母、どっちが書くかって話になるし。2人ともちょうど弟がいるし」
「いや、色々よくわかんないんだけど」
 でも見れば、確かにわたしの弟と、燎介の弟の名前が書いてある。めんどくさがりなあの弟が書いてくれたのかと思うと、ちょっとなんだかむずむずする。
「…うれしいんだ」
「っ!」
 覗き込まれて、見抜かれた。見ないで、という前にさっさと窓口に進んでいってしまうその背中を見て、なんだか、もう、これがいいんだろうな、と、ため息と一緒に笑いがこぼれた。






 待ち合わせの場所に着くなり、座るのも待たずに声がかかった。
「お前ら、結婚するんだって?」
 そうなる気はしていたけど、なかなかの人数。真維ちゃんが落ち着いてから報告とか、どの口が言った?
「そんな目で見るなって。これに関しては、オレじゃない」
「ほぼあんたよ」
「あー…だな」
 認めて笑って。まあ、ちゃんと認めるのはいいけど。だな、じゃないのよ。
 並んで座るのを眺めながら返事を待っている視線を感じるけれど、放置して飲み物を頼んでいる燎介は何を考えているんだか。
「おい、志城」
「あーその話、違う」
「違う?」
 亜紗がびっくりした顔でわたしを見ている。それはそうだろう。だって、そう言われたから合鍵、渡しちゃったんだろうし。
「ちょ、燎ちゃん、話違う」
「ああ、七瀬に嘘ついてないぞ。今、結婚してきた」




「はっ!!!?」




 さすが、元オーケストラの仲間。見事に息がぴったりで、店員さんからの視線がめちゃくちゃ、痛かった。




 所詮、わたしと燎介のことは集まる口実でしかなくて、普通にいつも通りの飲み会にわたしが居心地悪くなる前になってくれたけれど。
 席を移動した燎介が座っていた場所に来た亜紗が目敏くわたしの指に気がついた。
「指輪、してるんだ」
「ん、ああ。くれた」
「渡せばするんだね。アクセサリーしないから、プレゼントしても無駄になるって思った人もいたんじゃない?」
「知らないよ、そんなの。まあ、わたしも知らない指のサイズぴったりに買ってきたのはびっくりしたけど」
「…こより、皆木さんと別れたんだ」
 亜紗は、皆木さんと何度か会ったことがある。付き合う前にも、付き合ってからも。
「驚かないでしょ?」
「そうだね…ごめん。燎ちゃんのは驚いたけど、納得しちゃったしなぁ」
「そなの?ただなぁ…別れて一ヶ月してないのに結婚してるとか、そっちにびっくりしてる」
 そりゃ、びっくりだね、と亜紗が笑うから、一緒に笑っていたら、なんだか視線を感じた。顔を上げると、燎介がこっちを見ている。なんだろうな、と思っているのに、隣から燎介が運ばれてきたビールを渡されて飲まされている。
「正直、2人がまとまって驚いたけど納得は納得なんだよ。大きい声で言えないけどな」
 言ってるぞ、とありきたりな突っ込みを受けながら、男連中がワイワイしている。向こうは向こうで突っ込まれているらしい。こっちは、真維ちゃんのこともあるからか、穏やかにおめでとうと言われて終わりだけど。
 と思っていたら、なんだか思い切り背中を叩かれた。誰、と思うのに、みんな笑っているから特定できない。
「こよりが何気にしてるかわかるけど、わたし達には関係ないんだからね?」
「亜紗?」
「現役中もどれだけ内部でカップル変動あったと思ってるの。いちいち気にしてたらやってらんないから、気にするのは当人達だけ。周りは自由。でしょ?」
「…そう言えば、そうだったかも」
 自分が当事者になるとは思わなくて気にも止めてなかったからな、と苦笑いになる。考えて、態度を決めていたわけでもないし。ただ、だからこうして、口実でもなんでも、みんな集まったんだなと思うと、顔が笑う。
 途端に、額に衝撃があって、かおをあげた。手洗いに立っていたらしい燎介に額をはたかれたんだと分かって睨むと、周りから冷やかされた。
「ほんと、志城、お前ガード固過ぎ」
「は、ガード?」
「気づいてないの、こよりだけだよな…」
「ただ…お前ら、色気ある雰囲気になんの?」
「…下世話っっ」
 返事なんかしない、と示そうとしたのに、さっきのまま、近くに立っていた燎介が詰めろ、と言って、狭いのに同じ椅子に座ってくる。
「いや、お前らもともとその距離感だったから」
 そうだっけ、と首を傾げる。まあ、近くても不快感はなかったから、気付かずそうだったのかもしれない。
「そんなこと、教えてやるわけないだろ?」
 手は、この間初めて繋いだ。肩は、もともと組んだことある。腰は…笑い過ぎてどついていたはずが互いに手を回していたなんてこともあった。腕は…組んだことはないが、掴まれたことは多々ある。
 確かに、色気のある展開は、想像がまだできない。
 なんて考えていると、また、頭をぐしゃぐしゃにされる。
「お前ら、余計なこと言うな。こいつが考えるとろくなことないんだから」
「て言いながら、なんでわたしの髪っ」
「くせ?」
「なおして」
「無理な相談だな」





 解散して、駅まで歩きながら、燎介が亜紗を振り返った。3人で歩いている。
「七瀬は、皆木さんのこと知ってたんだな」
 気になっていたらしいそれをあの場で口にしなかったのは、みんながそれを聞かないように。わたしにとって、聞かれて嬉しい話ではないから。
「何回か会ったよ。2人が付き合う前は、この人こよりのこと好きなんだなって思ってた。でも、年末くらいかなぁ。大丈夫かなって思ったのは」
「わかりやすいよね、あの人」
 笑うとこじゃないだろ、と燎介に言われる。わかりやすくて、困った。終わりにするのがきっと、一番皆木さんにとってはいいんだろうに、離れ難かった。だから、終わりを言わせてしまった。
 手放し難かったのは、好きだったから、なのか、プライドなのか。もう、わからないけど。
「今のこよりの方が見てて安心する。無理してない感じで。おめでと、2人とも。報告がこよりからじゃなかったのがあえて言うなら不満かな」
「それはわたしだって不満だから」
 2人で見上げると、気まずそうに目を逸らされた。
「悪かったって」
 と。





 大学1年の時に出会ってからほぼ7年。
 前の彼氏と別れたのと同じ月。
 プロポーズされて10日も経たないで。


 夫の氏を名乗る、婚姻届を出した。


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