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しおりを挟むゆったりとした足取りでこちらに向かってくるエル。
もうその顔に微笑みなどない。またあの時と同じように目の色が変化し出す。
「おい、エル…やめ、うわぁっ」
気圧され恐怖した取り巻きが力を失い、急に拘束が解けて身体が前のめりになる。
顔面から崩れ落ちそうになり、次に来るこれ絶対痛いやつ!であろう衝撃にぎゅっと目を瞑る。
ばかろうっ!急に離してんじゃねえっ!
「…っ!……………あ?」
けれどその衝撃はいつまで経ってもこなかった。
ふわりとしたいつもの香りに包まれ、誰かに守られるようにして抱き込まれているのが分かった。
そんなの誰かなんて分かっている。
「…………エル…」
「…うん」
「…お前…今、目、普通?…」
「…多分?」
多分って…。よく分からないけどソレ、人前で晒してもいいのかよ。
ズルリと力が抜けてしまい、エルの硬い胸元にポスンと額を預ける。
「はあ…もう……オレ、靴返してもらえばそれでいいからさ」
「…」
「やっぱ、そんな怒んなくていいや」
本当は、責任者として一人ずつ説教して欲しい所だ。でもエルには責任感もなければ、この取り巻き達に情なんてない。
今の状況を見ても、説教じゃ終わりそうにないのでオレも引き下がるしかない。
「でも、ファヌを傷付けた」
「だな。でもお前もじゃん」
痛い所をつかれたのか、ぎゅうっとエルの腕の力が強くなりぐえっと何かが出そうになった。
「…オレがファヌを傷付けたとしても、ファヌはオレを許すでしょう?」
「甘えんな。んなわきゃないだろ。オレは色々と怒ってるんだよ」
「…」
「とにかくもう、その人達がオレに関わらないのならいいよ」
「…分かった」と耳元で小さく囁いて、のろり立ち上がるエル。
「…靴をここに置いて、今すぐここから消えてくれる?そしたら今回の事はあんまり問題にしない」
「…っ!はっはいいっ!!」
ていうかあんまりって…ちょっとはするんかい。まあこの感じだと公爵家から各々の家への圧力といったところか…。
オレ、逆恨みされないよね?
オレを羽交い締めしていたやつが物凄いスピードで、オレの元に丁寧に靴を揃えて置く。
そして顔を青くし、逃げるように突然のダッシュ。
それを合図に、蜘蛛の子を散らすように逃げていく他のの取り巻き達。
「足、はやっ…」
それよりも、と靴を確認する。…良かった汚れてもなければキズも付いていない。
よいしょと起き上がり、靴を履く。
ちらりと後ろを向いたままのエルを見て、小さくため息をつく。
「じゃあオレ行くわ」
ありがとうは言わないからな。
「ファヌ」
「ん?」
「…ファヌはオレのモノだよ」
「違うよ」
「違わない」
ようやくこちらを振り向いたエルの顔には、まるで感情なんてないように感じた。
「…なにそれ、よく分かんねえ。仮にお前のモノだとしたら何してもいいわけ?」
「それは違う」
あ、それは違うんだ。でもオレはお前のやり方が嫌いだよ。
そう思いつつもエルの出方を待つ。
「オレはファヌが一番大切だよ。この世界中で一番の特別がファヌ。オレの全て」
…お…おお、そこまで?というか君、表情筋死んじゃってるよ?少しは笑ってくれない?なんかこわいから。
「って、じゃあ何でそんな風に思ってるのに無理やり王都まで来させた?」
なんでオレの意思を無視したんだよ。
「大切だからだよ。だって、遠く離れてしまえばファヌを守ってあげられない。それにもう離れて暮らすのは寂しくて耐えられなかった」
寂しいは置いといて、守ってあげられないって…一体何からだよ!あんな田舎町、陰口を言われる事はあれど危険な目に合った事なんてそうそうない。
むしろこっちに来てからの方が苦労してるんだが?
「いや…学園で結構嫌がらせされてたけど、お前に守られた記憶が一切ないんだが?」
「チッ、それはお前が言わないし、頼らないからだろ」
「ひっ」
突然の口調の変化に驚いて自然と足が一歩下がる。
あれ?少しだけ潮らしかったエルどこ行った?
「えっ、え?こっわっ。なにこの人、二重人格?」
「だから、お前が勝手に空気読んで取り巻きなんかになったからややこしくなったんだよ」
構わず続けるエルに、オレもカッとなる。
「っ、そりゃなるだろっ、お前には分からねえよ。…オレの気持ちなんて。
あの田舎町でならオレとお前は友達でいられた。でもここではそうもいかない。みんながみんな、お前に気に入られようと必死だ。
そんな中、何の爵位も持たない貧乏貴族がお前の隣にいてみろ!そりゃ妬まれて恨まれるのは想像つくだろ?
…なにより…不信感まみれのお前になんて頼れるかよ。
あっ!あとメンドクサイだとか好きにしろだとか言ったのもお前じゃん!」
呆れたように、やれやれといった感じの顔を隠しもしないエルにオレはぎりりと睨み付ける。
「だって本当に面倒臭いから。他は良くても、オレに対するその劣等感や意地がいつもいつも邪魔だった」
「なっ…」
「オレは公爵家の一人息子で、お前は貧乏貴族の末っ子。その事実は何も変えられないしどうしようもない。
だけどそれを理由に、お前はいつもどこか線を引いては距離を置こうとする節があった。その度それが腹立たしくて許せなかった」
「はっ、………持ってる側はそう言えるよな」
「そういう卑屈な所が面倒臭い」
「くぅっ…」
「それにあのまま普通に過ごしたって、お前は恩を返すだとか言って取り巻きをやめなかった。だから無関心なフリをした。
そしたら虚しくなって、必要とされてないんだなオレ…みたいな感じになって勝手に取り巻きをやめると思ったんだ」
「………」
う…うん。悔しいけどオレの性格をよく分かってるわ。
「オレはお前の限界を待ってた。オレだけを頼り、オレだけにすり寄ってくるのをずっとずっと待ってたよ…なのに、あんなヤツと仲良くなって…」
少し不貞腐れた顔をして、ちょいちょいゾクリとするようなことを言うのはやめて欲しい。
あと、あんなヤツってもしかしてケレン先輩の事か?
「本当はファヌが素直に王都に来るというなら、あんな手だって使わなかった。学費だって気にさせないし、住むところだってうちに住まわせるつもりだった」
素直って…えっ、なに?オレが悪い感じなの?それにそこまでしてもらう義理なんてないだろ?
「ファヌ、聞いてる?」
「ああ、開いた口が塞がらなかっただけだ」
ふーっ、と長い息を吐く。
オレは膝についた埃に気付き、ぱんぱんとズボンを叩いた。
「…でもさエル、オレはお前と同等とまではいかなくても、引け目や恩を感じたりする仲にはなりたくなかった」
ただお前の長い休みが始まると聞けば、オレは浮かれる程嬉しくて。
何をしようか、どうやって過ごそうか。
そんな事ばかりを考えて、首を長くしてお前に会える日を心待ちにしていた。
ただ純粋にお前の友として、この先もずっと。
エルとのこれまでの思い出が頭の中を駆け巡り、懐かしむようにそっと目を閉じ、
「ファヌ、もっとシンプルに生きよう」
「????」
がしっと励ますようにオレの両肩に手を置くエル。
まさかオレは今、このエルに諭されようとしているのか?嘘だろう?
「適材適所ってやつだよ」
「テキザイテキショ?」
「オレはオレの出来る事をファヌにしてあげたい。なぜならファヌがいないとオレはきっと生きてはいけない。オレが望むのはファヌがオレの側にいてくれること。
昔から願いはそれだけだ」
いや、おも…。重たいわーそれ。オレがいなくても生きろよ。
「それにファヌが引け目や恩を感じる必要なんて一切ない」
「あのな?そうはいかないの。友達だからっていきすぎた多大な援助を受けるなんてこと、オレ的にありえないんだって」
もうだいぶ受けちゃったけどさ。
「友達じゃないから」
「は?」
「友達じゃない。ファヌはオレの大切なたった一人の番なんだから。だからオレ達は離れてはいけないんだよ」
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