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とぼとぼと、うつむきながら家路を辿る。



ケレン先輩とは次の授業があった為、何があったのか詳しく聞かれる事もなくあの後すぐ別れた。

なるべく笑顔で振る舞っていたつもりだが、心配そうにオレの事を案じてくれていたケレン先輩には申し訳なく思った。
いつも与えてもらってばかりなのに、こうして心配までかけて。

そしてなんとか自分の教室まで戻り席に着けたが、授業もまるで身にならない。(まあそれはいつもの事だけど)

何度も何度も考えてみた。だがいまだに頭の中が整理出来ずにいる。

エルに対して、なんだコイツと思う事は多々あった。
だが今日のアイツが一番解せない。


考えれば考えるほど、「混乱」である。そして、怒り。



アイツ…エルのやつ……。



「とうとうやりやがった!!!」



この憤りをどうしたらいいものか?オレはぷるぷると震えながら、遠いあの日を思い出す。

あれは少し暖かくなってきた春先の頃。エルが王都に帰る前の日の話しだ。



「あのね僕、ファヌにキスしたい。してもいい?」

「ええ?」

「都会の最先端な遊びだよ。休み中、誰が一番キス出来たか経験を争うゲームなんだ」

「……………。あの、すいませーん!この屋敷の中に誰か大人はいませんか??!あっ、そこの通りすがりの執事さーん、お宅の子めちゃゲスい遊びしてますよ~??大丈夫ですか?」

「僕、どうしてもアカデミーで一位になりたくて…。いいでしょう?ファヌ」

うるうるとした瞳で見つめてくるエルに、オレはにこりと微笑んだ。

「…エル、ごめん。確かにお前はオレの可愛い天使だけど、オレは将来結婚すると決めた子としかキスしないって決めてるんだ」

「じゃあファヌは一生誰ともキスしないの?」

「ん?なんで?するよ?結婚する子とするっつってんじゃん」

「でも、ファヌと結婚してくれる人なんているかなあ?」

「ははは。お前はたまに悪魔みたいな事言うね?」

「分かった。今は我慢するね。でもいつかはするよ?」

「ああ、やってみろ。その時はお前にシャイニング・ウィザードかますからな?」

「じゃあ僕はスリーパーホールドを仕掛けにいくね」


言ったな?あはは、あはは、あはははは。


とか言ってたアホみたいな思い出。


つかアイツ、まじっでやりやがった!オレの大切で尊いファーストキスをあっさり奪いやがった!しかもあんな濃厚な…。


「うわーっっ!!!」


オレは顔を赤くして、その場で頭を抱えた。
見えるのはレンガ色をした石畳だけだ。

もはやすれ違う人々の不審者を見るような視線など気にならない。今のオレはそれどころではないから。

しかし何だったんだ?あの押さえつけられたような恐怖と苦しさは。意識が朦朧としていたしパニック状態でもあったからか、正直記憶があやふやになってしまっているけど…。

あの時一瞬、エルの目が不思議な色をして光ったような…。

オレはそっと首に手を持っていった。

まさか…スリーパーホールド…。
エルはそれを目力だけで仕掛けてきたとでも?


馬鹿な…いくらアイツが地位も名誉も富も全て揃った公爵家の息子でイケメンだからって、そんな達人技が出来るって言うのかよ?!

「オレはまだ、シャイニング・ウィザードをかましてもないのに…」

そう現実逃避をしてみる。だって考えても答えは出ないから。


やはり、シンプルにエルはオレに恋しているのだろうか?だからケレン先輩に嫉妬して、あんな事をしちゃったのだろうか?

「………」

いやいやないない。オレだぞ?あり得ないだろう。
エルの遊び相手は美男美女ばかりだったし。

確かにエルのオレへの執着はなかなかのモノだったけど、それは恋とか愛とかそういった類のモノではない。
天使だった頃ならまだしも、そうでなくなったアイツは簡単にオレを手離したし、簡単に恋人を取っ替え引っ替えして日々をおくっていたのだから。


冗談でも「オレの事が好きなのか?」なんてエルに聞いてみろ。凄まじい勘違いだと笑われるだけだ。


ただのアイツの気まぐれだ。口答えしたオレにムカついてオレが嫌がる事をやったまで。


そしてオレはそれにまんまと惑わされで頭の中はエルで一杯になるのだ。


「はあ…くそっ」


やめやめ、もうヤツの気紛れに付き合うのはこりこりだ。






「おお、ファヌ。お帰り」

「ただいま。兄貴、帰ってたんだ?」

「ああ。ファヌ、ちょうど良かった。それ開けてみろ」

「?なにこれ?」

テーブルの上に置かれた上品な柄模様の箱。けれどよく見ればその柄模様は学園の紋章だった。

「えっ、もしかして…」

そっと箱の蓋を開けると…。

「新しい…靴…」

そこには学園指定の革靴が、真新しい光を放って箱の中に収まっていた。

「兄貴、これ…」

「ごめんな、兄貴なのに弟のこと、何も気付いてやれなくて」

オレの履いているくたびれた靴を見て、申し訳なさそうに肩を落とす兄貴。

「そんな事…ない」

うちは兄貴が頑張って働いてくれている分、きっと普通の靴くらいは買えるだろう。

だが学園指定の物は話が違う。制服も靴もやたら高価で、入学する時もギリギリで揃えられたくらいだ。



「これ、高かったよね?」

「これ位なんてことないさ。オレはもっと頑張って上に行くんだから」

ははっと笑う兄貴。もう充分頑張ってくれているのに…。こんな風にして気にかけてくれるのがありがたい。

モヤモヤとした感情が晴れていくようだ。

「…ありがとう。大切に履くよ」

オレは真新しい靴を手にとり、両手にギュッと抱き締めた。



大丈夫、オレだってまだ頑張れる。



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