10 / 15
10
しおりを挟むガチャッとドアの開く音がしてして、誰かが部屋に入ってきたのだと分かる。
揚がったばかりの唐揚げを見て、にんまり笑った。
「ただいま」
「おかえりー兄貴。ちょうど良かった、飯出来たからテーブルに持っていって」
「ああ。おっ、穴底大ヘビの唐揚げか?旨そうだな」
「ふふんっ、スパイス効かせまくったから旨いと思うよ。また頼んだぜ穴底大ヘビ!」
「おう、任せとけ。今度はもっと大きいの仕留めてくるからさ」
その言葉に本当にかよ~、なんて軽口を叩きながらテーブルについて食事に手をつける。
そして早々と食事を終えて、一段落している兄貴に食後の珈琲を淹れた。
これがいつものオレ達の生活だ。
「ファヌ、最近学園の方はどうだ?」
「ん?普通だよ」
恒例の問いに、何ともないような顔をして答える。
「普通か…そっか…それならいい」
「?…なんだよ」
いつもとは違う曖昧な微笑みにひっかかりを覚えてしまう。
「いや、本当に何でもない。エル様はお元気か?」
「エル?うん。元気なんじゃない?クラスも違うし、あんまり会ってないから分からないけど」
少し嘘をついた。本当は今日、あの花壇でエルを見かけた。離れた場所にも関わらずちゃんとお互いに気付いていたし、オレは手をあげてエルに笑いかけた。
手をあげてはくれなかったけど、エルだってそうなのに。
脳裏に浮かぶのは、唇を吊り上げてゆるりと微笑むエルの姿。
未だにゾクリと背中を冷やすのは、オレのそれとは何か違う気がしたから。
もしかして…。
「兄貴こそ部隊で何かあった??」
「えっ?いや、それこそ普通に何も変わらないけど」
「本当に?」
「ああ。しいて言うなら一つ階級が上がる事になった」
「…まじ?それ…出世ってこと?」
「そうなるな」
マジかよ…マジかよっ!
「何が普通に何も変わらないだよ!変わりまくりじゃん!凄いよ兄貴!!」
オレの早とちりだった。もしかしたらエルが兄貴に何かしたんじゃないかって。
そうだよ、オレは別に何もしてないしアイツもアイツで毎日を楽しく過ごしている。
「良かった…。これは誰の力でもない、兄貴の実力だよ」
「…ありがとう、ファヌ…ずっと、悪かったな」
「…謝るなよ。最後に決めたのはオレでもあるんだから。それに分かってるよ。兄貴が家族の為にこうして頑張ってる事も…父さん達やオレだってそう、それなりの暮らしが出来てるのは全部兄貴のお陰なんだから」
「ファヌ…」
「よし、明日はお祝いだな」
「いいよ、そんなの」
「いいの!オレが旨いもの食べたいんだから」
ははっと心から笑う。
嬉しくて、涙腺が緩みそうなそんな夜。
オレと、そしてきっと兄貴が持っていたであろう罪悪感がやっと少しだけ軽くなるような気がした。
なぜなら王立騎士団は入ってしまえば実力主義のプロ集団。並みの人間ではそう勤まらないし、いくらコネで入隊することが叶ったとしても能力がなければ付いてはいけない。
思い返す。何度も後悔した、あの日の夜のことを。
元々他人より頭が良く、身体能力が高かったうちの次男坊の兄貴。
それ故に密かに王立騎士団に入隊する事を夢見ていた。
だが生まれも重視されるこの試験。面接の段階で落とされる事は目に見えていた。
ある日、数年ぶりに騎士団の入隊試験が実施される事になったと俺達の田舎町まで話しが届いた。
まあ経験にもなるし、記念にもなる。ダメ元で受けてみようかなぐらいのテンションで、試験を受けに王都まで足を運んだ兄貴。
するとなぜか、あっさりとその試験に合格してしまったのだ。
「あの日、試験場に公爵様がいらっしゃったんだ」
「公爵様って…エルの父さん?」
「ああ。オレが合格出来たのって、公爵様のお陰みたいなんだ。どうやら推薦してくださったみたいでな」
「それって…」
「きっとエル様が気遣ってくださったんだよ」
「気遣うって…それってコネみたいなもんじゃん…!てかコネだよなぁ?!兄貴はそれでいいのかよ」
「いいもなにも感謝しかないよ。チャンスを与えて貰えたんだから。…ファヌ、考えてみろ。
オレ達にどれだけの可能性があったとしても、本来スタート地点にも立たせてもらえないんだぞ?
出世なんて夢のまた夢だ…。
これで親父達も少しは楽になる。お前にだって少し位贅沢させてやりたい」
「でも、兄貴…!」
「あと、安い割には広めの貸家を見つけた。お前も王都の学校に通えるんだ。オレと一緒に王都へ行こう」
「…!なんだよそれっ、なんでオレまでっ…」
「国に貢献する職についている者が家族に一人でもいる場合、申請すれば特別枠で王都の名門校に入りやすくなるんだ。もちろん転入試験もあるが、合格してちゃんと真面目に通えば学費のほとんどが免除される」
「…兄貴…」
オレは長く息を吐いた。
狭き門の王立騎士団…。エリート街道に破格の給金、下手したら爵位持ちだ。
それにそんな特典までついてくるのか。
そりゃ人生変わるよな。
だからこそこんな事許されるのか?
これはよくあるコネ話しでもなんでもない。オオゴトな事だ。それを兄貴は分かっている筈なのに。
「…エルから何か言われたのか」
「エル様は…ただお前と王都の学校に通いたいとおっしゃっているようだ」
「誰から聞いた?」
「その、試験の日…公爵様から…」
「…!」
「いや、無理強いされた訳じゃない。どうだろう?位の感じだった」
「…オ…オレは行かない。絶対にここを離れない」
「ファヌ、今はそうでもいずれきっと分かる。良い学校に行けば良い職につけるしきっとやりたい事も見つかる。お前の可能性はどんどん広がるんだぞ?」
真面目で曲がった事が嫌いな兄貴が、オレに必死の説得をしてくる。
綺麗事も、ちっぽけなプライドも全部捨てろ。
そう言われているような気がして涙が出そうになった。
兄貴からしたらエルの事はそこまで重要ではないのだと思う。ただオレの将来を憂いて、このチャンスを逃すなと言いたいのだ。
なあエル。
そうまでして、たかがオレなんかを王都まで引き寄せたいのか?
意味が分からない。
お前の一時の軽い気持ちで、遊びのように人の心を惑わして…。
それも笑えるほどのひとつの有効手段を使って。
そうしてオレの弱味につけ込んだ。
試験当日オレは、全ての教科の答案用紙を白紙で出してやった。
エル、世の中には思い通りにならない事だってあるんだぜ。その事をお前に思い知らせてやる。
この世間知らずめが。
「ファヌ、合格おめでとう!今日は奮発してファヌの好きなスキヤッキにでもしようか、ふふっ」
「えっ?!合格?!!なっなんで???かっ、母さん…あのオレ、」
「さっき通知が届いたんだ。凄いじゃないか、あんなエル様も通うような名門校に合格するなんて!それに学費も免除されるんだろう?や~父さん助かっちゃうな~」
「いや、父さん、それはまだっ、」
「ファヌ、可愛い弟よ…お前がここを出て行くのは寂しいよ。王都ではルッツ(次男)の言うことをよく聞くんだぞ?
ああ…お前達弟はオレの誇りだよ…なのに、ごめんなぁ、こんな頼りない長男で…ううっ」
「ええ、ちょまっ、泣かないでよ兄貴」
世間知らずのオレは知った。
盛り上がってしまった家族に、後戻りなどないという事を。
そして、エルの思い通りにいかない事なんてそうそうない事を。
こうして次男坊ルッツと、末っ子ファヌのコネコネブラザーズは王都に旅立つことになったのだ。
29
お気に入りに追加
2,022
あなたにおすすめの小説
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
風紀委員長様は王道転校生がお嫌い
八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。
11/21 登場人物まとめを追加しました。
【第7回BL小説大賞エントリー中】
山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。
この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。
東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。
風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。
しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。
ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。
おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!?
そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。
何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから!
※11/12に10話加筆しています。
【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?
トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!?
実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。
※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。
こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。
嫌われ者の僕
みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈学園イチの嫌われ者が総愛される話。嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。
※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。改行多めで読みにくいかもです。
室長サマの憂鬱なる日常と怠惰な日々
慎
BL
SECRET OF THE WORLD シリーズ《僕の名前はクリフェイド・シュバルク。僕は今、憂鬱すぎて溜め息ついている。なぜ、こうなったのか…。
※シリーズごとに章で分けています。
※タイトル変えました。
トラブル体質の主人公が巻き込み巻き込まれ…の問題ばかりを起こし、周囲を振り回す物語です。シリアスとコメディと半々くらいです。
ファンタジー含みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる