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ガチャッとドアの開く音がしてして、誰かが部屋に入ってきたのだと分かる。
揚がったばかりの唐揚げを見て、にんまり笑った。


「ただいま」

「おかえりー兄貴。ちょうど良かった、飯出来たからテーブルに持っていって」

「ああ。おっ、穴底大ヘビの唐揚げか?旨そうだな」

「ふふんっ、スパイス効かせまくったから旨いと思うよ。また頼んだぜ穴底大ヘビ!」

「おう、任せとけ。今度はもっと大きいの仕留めてくるからさ」

その言葉に本当にかよ~、なんて軽口を叩きながらテーブルについて食事に手をつける。
そして早々と食事を終えて、一段落している兄貴に食後の珈琲を淹れた。

これがいつものオレ達の生活だ。



「ファヌ、最近学園の方はどうだ?」

「ん?普通だよ」

恒例の問いに、何ともないような顔をして答える。

「普通か…そっか…それならいい」

「?…なんだよ」

いつもとは違う曖昧な微笑みにひっかかりを覚えてしまう。


「いや、本当に何でもない。エル様はお元気か?」

「エル?うん。元気なんじゃない?クラスも違うし、あんまり会ってないから分からないけど」

少し嘘をついた。本当は今日、あの花壇でエルを見かけた。離れた場所にも関わらずちゃんとお互いに気付いていたし、オレは手をあげてエルに笑いかけた。

手をあげてはくれなかったけど、エルだってそうなのに。

脳裏に浮かぶのは、唇を吊り上げてゆるりと微笑むエルの姿。
未だにゾクリと背中を冷やすのは、オレのそれとは何か違う気がしたから。

もしかして…。

「兄貴こそ部隊で何かあった??」

「えっ?いや、それこそ普通に何も変わらないけど」

「本当に?」

「ああ。しいて言うなら一つ階級が上がる事になった」

「…まじ?それ…出世ってこと?」

「そうなるな」

マジかよ…マジかよっ!

「何が普通に何も変わらないだよ!変わりまくりじゃん!凄いよ兄貴!!」  

オレの早とちりだった。もしかしたらエルが兄貴に何かしたんじゃないかって。
そうだよ、オレは別に何もしてないしアイツもアイツで毎日を楽しく過ごしている。


「良かった…。これは誰の力でもない、兄貴の実力だよ」

「…ありがとう、ファヌ…ずっと、悪かったな」

「…謝るなよ。最後に決めたのはオレでもあるんだから。それに分かってるよ。兄貴が家族の為にこうして頑張ってる事も…父さん達やオレだってそう、それなりの暮らしが出来てるのは全部兄貴のお陰なんだから」

「ファヌ…」

「よし、明日はお祝いだな」

「いいよ、そんなの」

「いいの!オレが旨いもの食べたいんだから」

ははっと心から笑う。

嬉しくて、涙腺が緩みそうなそんな夜。

オレと、そしてきっと兄貴が持っていたであろう罪悪感がやっと少しだけ軽くなるような気がした。


なぜなら王立騎士団は入ってしまえば実力主義のプロ集団。並みの人間ではそう勤まらないし、いくらコネで入隊することが叶ったとしても能力がなければ付いてはいけない。



思い返す。何度も後悔した、あの日の夜のことを。


元々他人より頭が良く、身体能力が高かったうちの次男坊の兄貴。
それ故に密かに王立騎士団に入隊する事を夢見ていた。 

だが生まれも重視されるこの試験。面接の段階で落とされる事は目に見えていた。

ある日、数年ぶりに騎士団の入隊試験が実施される事になったと俺達の田舎町まで話しが届いた。

まあ経験にもなるし、記念にもなる。ダメ元で受けてみようかなぐらいのテンションで、試験を受けに王都まで足を運んだ兄貴。
するとなぜか、あっさりとその試験に合格してしまったのだ。


「あの日、試験場に公爵様がいらっしゃったんだ」 

「公爵様って…エルの父さん?」 

「ああ。オレが合格出来たのって、公爵様のお陰みたいなんだ。どうやら推薦してくださったみたいでな」 

「それって…」 

「きっとエル様が気遣ってくださったんだよ」 

「気遣うって…それってコネみたいなもんじゃん…!てかコネだよなぁ?!兄貴はそれでいいのかよ」 

「いいもなにも感謝しかないよ。チャンスを与えて貰えたんだから。…ファヌ、考えてみろ。
オレ達にどれだけの可能性があったとしても、本来スタート地点にも立たせてもらえないんだぞ? 
出世なんて夢のまた夢だ…。 
これで親父達も少しは楽になる。お前にだって少し位贅沢させてやりたい」 

「でも、兄貴…!」 

「あと、安い割には広めの貸家を見つけた。お前も王都の学校に通えるんだ。オレと一緒に王都へ行こう」 

「…!なんだよそれっ、なんでオレまでっ…」 

「国に貢献する職についている者が家族に一人でもいる場合、申請すれば特別枠で王都の名門校に入りやすくなるんだ。もちろん転入試験もあるが、合格してちゃんと真面目に通えば学費のほとんどが免除される」

「…兄貴…」


オレは長く息を吐いた。

狭き門の王立騎士団…。エリート街道に破格の給金、下手したら爵位持ちだ。
それにそんな特典までついてくるのか。



そりゃ人生変わるよな。


だからこそこんな事許されるのか?

これはよくあるコネ話しでもなんでもない。オオゴトな事だ。それを兄貴は分かっている筈なのに。


「…エルから何か言われたのか」 

「エル様は…ただお前と王都の学校に通いたいとおっしゃっているようだ」 

「誰から聞いた?」 

「その、試験の日…公爵様から…」 

「…!」 

「いや、無理強いされた訳じゃない。どうだろう?位の感じだった」 

「…オ…オレは行かない。絶対にここを離れない」 

「ファヌ、今はそうでもいずれきっと分かる。良い学校に行けば良い職につけるしきっとやりたい事も見つかる。お前の可能性はどんどん広がるんだぞ?」 


真面目で曲がった事が嫌いな兄貴が、オレに必死の説得をしてくる。

綺麗事も、ちっぽけなプライドも全部捨てろ。
そう言われているような気がして涙が出そうになった。

兄貴からしたらエルの事はそこまで重要ではないのだと思う。ただオレの将来を憂いて、このチャンスを逃すなと言いたいのだ。




なあエル。

そうまでして、たかがオレなんかを王都まで引き寄せたいのか?

意味が分からない。

お前の一時の軽い気持ちで、遊びのように人の心を惑わして…。

それも笑えるほどのひとつの有効手段を使って。


そうしてオレの弱味につけ込んだ。 





試験当日オレは、全ての教科の答案用紙を白紙で出してやった。 

エル、世の中には思い通りにならない事だってあるんだぜ。その事をお前に思い知らせてやる。 



この世間知らずめが。





「ファヌ、合格おめでとう!今日は奮発してファヌの好きなスキヤッキにでもしようか、ふふっ」 

「えっ?!合格?!!なっなんで???かっ、母さん…あのオレ、」 

「さっき通知が届いたんだ。凄いじゃないか、あんなエル様も通うような名門校に合格するなんて!それに学費も免除されるんだろう?や~父さん助かっちゃうな~」 

「いや、父さん、それはまだっ、」 

「ファヌ、可愛い弟よ…お前がここを出て行くのは寂しいよ。王都ではルッツ(次男)の言うことをよく聞くんだぞ?
ああ…お前達弟はオレの誇りだよ…なのに、ごめんなぁ、こんな頼りない長男で…ううっ」 

「ええ、ちょまっ、泣かないでよ兄貴」



世間知らずのオレは知った。

盛り上がってしまった家族に、後戻りなどないという事を。

そして、エルの思い通りにいかない事なんてそうそうない事を。


こうして次男坊ルッツと、末っ子ファヌのコネコネブラザーズは王都に旅立つことになったのだ。




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