貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う

まと

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「ファヌ?」

「…はっ!」

「ぼーっとしてどうした?」

何度か呼ばれていたのかもしれない。
不思議そうな顔でオレを見るケレン先輩。

だめだ、気を抜くとすぐこれだ。

「あっ、すみません。ちょっと色々思いだしちゃって…うちの天使がホント訳の分からない事ばかり言うものでして…」

「オレからしたら君もね」

「…ですよね、すみません」

「いいけど…、あ、ここ、ついてるよ」

そう言ってケレン先輩のゆび先がそっとオレの口元に触れる。

「??!!」

「はい、とれた。パイ生地かな?」

「…どっ、どうもでーす?」

「ふっ、なにそれ」

「い、いや…だって…」

少し甘めの薄紫の瞳が、何か気付いたようにじっとオレの口元を見る。

「ファヌの口元の小さなホクロ、なんか可愛いね」

「!?」

オレは顔を赤くして、自分の口元をバッと手で隠す。

それを面白そうに目尻を下げて微笑むケレン先輩。


………え、え~?!!なにそれなにそれ。こっちの台詞なんですけど。

普通…ヤローの口についた食べカスなんてとってあげる?しかもあんな優しく触れる?
ホクロ可愛いとかなに?
女子だったら完全に落ちてるよ。恋の始まりが始まっちゃってるよ。

オレはコホンと咳払いをし平静を装いつつ、ようやく弁当を机に広げるが、頭の中はドッキュンバッキュンでやかましい。

イケメンの親切は罪だと思う。


「そういえばファヌはいつも弁当だね」

「え?ああ…そうですね。多分この学園で弁当なんて持ってきてるのオレ位ですよね…ははっ」

恥ずかしさを誤魔化すように、ぽりぽりと頬を掻きなから笑ってみせる。

「あの…うち実は貧乏なんですよ。けど、色々あって…兄貴が王立騎士団に入隊できて…。それで、その特権みたいなのでこの学園に入れたようなものなんです。まるで身の丈に合ってないのは分かってるんですけどね」

あははと力なく笑って、視線を足元に向けた。

「………」

どんなにこまめに洗っても落ちない汚れがある。
そしてきっと学園でオレくらいだろう。こんな履き潰れて傷んだ靴を毎日履いているのは。

この学園にいてもいいという必要なモノを、オレはほんの欠片も持っていない。

だからバカにされた。いやがらせを受けた。冷たい目で蔑まされて無視された。

ここでは貧しいことは罪だ。どうしようもない現実にオレは更に卑屈になったし、更に劣等感とコンプレックスの塊を持つようになった。

うじうじうじうじと。

そんなだからきっと、エルもオレが面倒でつまらなくなったんだろう。


ああ…やはり引かれただろうか。
距離を、置かれるのだろうか。

嫌だな。エル以外に、せっかく話せる人が出来たのに。


「それ自分で作ってるの?」

「えっ?」

「それ、ファヌの手作り?」


ケレン先輩の、あまりに変わらぬ態度や声に戸惑う。


「弁当です…か?はい…まあ。恥ずかしいんですけど」


「なんで?」

「…えと、なんでって、だって…」

「自分で作った弁当の何が恥ずかしいの?オレは紅茶一杯淹れた事のないやつらの方が恥ずかしいと思うけど」

「…まあ貴族なんてそんなもんじゃないですかね?」

「いや?オレは追及しだしたら止まらないからね。自分の飲む紅茶は自分で淹れるようにしているんだ」

ほらっと言うように指差す方を見る。

その一角には華奢なミニテーブルがあり、銀のトレーには高級感あるティーポットやティーカップ、おそらく茶葉の入った四角い缶などが綺麗にセットされていた。

「紅茶、好きなんですね」

「違う、愛してるんだ」

「………。あの、教室をこんな風に私物化しちゃって怒られません?」

「どうだろう?でももしかすると呆れてるかもね」

いやもしかしてじゃなく呆れてるんじゃないかな。
常識的という先輩への見解が間違ってたのかなって位、マイペースな人だ。


ていうかそういう事が言いたい訳じゃなくて…。
オレが言いたいのは、こんな綺羅びやかな学園に、オレみたいなのが無理して通ってるっていう事実が恥ずかしいのだと言いたかったんだけど…。


「オレはね周りからどんなに下手くそだと笑われても、作りたいものを作るし、描きたいものを描くよ」


それは、そうだろう。きっと。


「ファヌ、がんじがらめな顔をしてるよ」

え…それどんな顔?オレ、大丈夫?
焦って顔をぺたぺたと触ってみる。

そうするとケレン先輩がクスリと笑って、きゅっと寄せられたオレの眉間を指先でトントンと軽く叩く。

「もっと君自身…自由であれたらいいのにね。そしたら誰の目も、その瞬間だけのくだらない悪意にも君は無関心でいられるのに」


「…オレ…」


「うん…まあいいや。辛くなったらいつだってここに逃げておいで」

「…………」

この人は、初めからそうだったなとふと思った。

気品もない、小綺麗さもない、誰が見てもこの学園には不自然で違和感だらけの異物みたいなオレに、初めから普通に接してくれた。

常識的なようで、マイペースでやっぱり掴めなくて、飄々としていて。

だけどちゃんと分かってるんだ。名のある貴族達が集まるこの学園で、オレみたいな存在がどんな目で見られているかなんて。

ここは一貫校。きっと幼い頃からこの学園に通っているのだろう。
ケレン先輩が貴族であって、貴族を知らない訳がない。

それでもきっと、自由で強いから…こんなオレにも優しい。


「もお…泣かさないでくださいよ」

「はは、泣く?」

「うう…泣きませんけど」

ちょっとじんわりしそうになったけど。

「ふふ」

「へへっ」


そう互いを見やって笑い合う。

そのままどれどれと、オレの弁当のおかずをヒョイとひとつまみして口に入れたケレン先輩。

「おおっ、美味しい。この大トロアナゴの… 蒲焼き??」

「あっ、それ大トロアナゴじゃありません。昨日兄貴が訓練中にgetしてきてくれた、穴底大ヘビです。獰猛なんでシメるのに少し手間がかかるんですけど、その分食べごたえがあって旨いんですよね。臭みも少ないし!
そういえば知ってます?店でよく安く手に入る大トロアナゴの大半は、この穴底大ヘビなんですよ」

「ファヌ」

「代替えや食品偽装って言うんですかね?闇感じますよねー。ま、オレは?安くて旨ければなんでもいいっていうか」

「ごめん、トイレ行ってくる」

「えっ?ケレン先輩?」


突然顔を青くして、口を押さえたまま美術教室を飛び出して行ったケレン先輩。

そしてぽつんと残されたオレ。



「……穴底大ヘビ、貴族は食べないのかな?」




エルはわりとぱくぱく美味しそうに食べていたけどなぁ?

ぱくりと穴底大ヘビの蒲焼きを口に入れる。

「うんまい」

もぐもぐと口を動かしながら、なんとなく窓の外を見てみる。

「今日も天気がいいなあ」

そんな風に眩しい日差しから目を反らし、校庭の花壇に目をやる。

「あ」

そこには鮮やかな花に囲まれたエルがいた。そしてその横には、新しい誰かが甘えるようにしてエルの隣に立っている。

ふと、エルが視線を上げてこちらを見た。

まるでオレが気付く前からここにいる事を知っていたかのような、迷いのない真っ直ぐな視線。

そんな訳がないのに少したじろいだ。

「あ…久…しぶり」

ここは3階。聞こえもしないのにぽつりと呟いて、へらり笑って小さく手をあげた。

するとエルの唇の端が、綺麗に持ち上がるのが分かった。
なのに、目は僅かも笑っていない。

紅い花びらがエルを取り巻くように、ひらひらと風に散る。
それがまた、ゾクリとする程美しくて。

あげたままの手が、指先が、なぜかピクピクと震えた。


この花壇の花達は、こうも毒々しい色をしていただろうか?



「ファヌ、ごめん」

「わあっ」

突然肩に手を置かれ、驚いて後ろを向く。
トイレから戻ってきたケレン先輩だ。


「びっ、びっくりしたぁ」

「はは、ごめんごめん。ん?何か見てたの?」

「え…?えと、下に…」

「下に?」


急いで下を見ると、もう誰もいない。
あるのは毒々しい色をした花だけ。

あと、その中にぽつりと咲いていたひまわりの花。

ついこの前までは、健気に太陽に向かって咲いていたはずなのに。



今はもう首を折られたかのようにうなだれて、静かにそっと下を向いていた。





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それとストックが切れてしまいましたので、おそらく明日はお休みになりそうです。
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