貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う

まと

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「良かった、今日も誰もいない」

シーンと静まりかえる部屋の雰囲気にホッとする。

何度かぼっち飯をするのにお世話になっているこの美術教室。
油と絵の具の入り混じる独特の匂いにが食事に不向きだとしても、なんだかこの空間が心地よくて好きなのだ。あと涼しいし。

それとこの学園に入って気付いた事がある。
オレは人の作り出したモノが好きだ。

それは絵だったり、造形だったりなんでも。

コツコツと大切に生み出されたモノには、きっとストーリーや意味がある。
でもそれは作り上げた本人にしか分からない。
だからその作品を見て、シンプルに感動しながらも勝手に解釈したりして1人楽しんでいた。

もちろん誰かの大事な作品達からはだいぶ距離をとって弁当を食べ静かに過ごす。
今日も一番隅っこのやたらガタガタになった古い椅子をお借りして、弁当を食べながら楽しく作品を眺めていた。

「あれ、こんな絵飾ってあったっけ?」

ふと、壁に飾られた絵に目を向ける。


これは…抽象画。

ふむ…なんてとっつきにくい絵なんだ…じっと見ていると顔がひん曲がりそうだ。

ふ…これだから芸術は面白い。こういった絵こそが評価されるのだから。


「荒々しく力強い…見ている者の精神に何か訴えてくるようなそんなメッセージ性を感じる」

まるで未知の世界に迷い混んだようだ。
激しい色彩とその表現力に圧倒されながらも、どんどん絵の世界観に引き込まれる。


「…現在に至る社会問題、もしくは政治的な何かに目を向けた」

「学校の花壇を描いただけだよ」

「ぴゃっ!!」


突然ふってきた声に驚いて、オレは椅子ごと跳ねる。


「それ、オレが描いたんだ」


教室の片隅。描きかけのキャンバス達をバリケードのようにした一角があった。

そこからひょっこりと覗く顔。

「あ…の、この抽象画です…か?」

「抽象画じゃないよ。ただのスケッチ。そこの下の花壇だってば」

「花壇…」

そっと窓際から下の花壇を覗く。

さすが名門校の花壇だ。…花壇というかもはや庭園。
広々とした緑の芝に、色鮮やかな花々が咲き誇っている。
あっ、もうヒマワリの季節か。こんな暑い日差しにも負けないで、健気にも太陽に向かう姿に心が打たれる。


「…ナルホド、あなたにはあの花壇がこう見えてる訳ですね。さすがです!」

天才は凡人とは違う。同じように見えていてもそれは違うのだ。

「いや、下手くそなだけだから」

「そっ、そんな事ありません!この絵は評価されるべき素晴らしい絵です!」

オレが言うんだから間違いないっ!

「ホント?みんなオレの絵を見たら吐きそうになるって言うけど」

「なっ、」

…確かにちょっとだけ気分悪くなってきた。花壇だと分かってから余計に…。

「で、でもでもこんな風に目立つ場所に飾られてるじゃないですか!」

「魔除けにするんだって。なんかここ幽霊出るらしくて」

「ひぃっ」

うわぁー…聞くんじゃなかった…。


「と、ところで、いつからいました?」

「ん?君がここに入ってくる前から。それに最近よくここに来てるよね」

「えっ、今日だけじゃなくて?!」

まじかー。恥ずかしい…今までのヒトリゴトも全部聞かれちゃったかな。てっきり1人だと思ってたから…。声、かけてくれたらよかったのに…。

「ていうか君、美術センスっていうか…見る目ないよね。いつもぶつぶつと的外れな事言ってるから面白かった」

「はわわ…」

今すぐ穴を掘って埋まりたい。あれ?でもだとしたらあなたもじゃないか…?

「まっ、的外れなこと言ってたかもしれませんがここにある作品は全て素晴らしいです!価値あるモノなんです!それだけはオレにだって分かりますっ」

オレはもうやけっぱちにそう叫ぶ。

作品を仕上げるのにどれだけの期間と努力が必要なのだろうか?それだけでも1つの芸術じゃないか!尊いじゃないか!



「へえ。じゃあ君はその素晴らしい価値あるモノを、この間から椅子変わりにしているの?」

「へ」

「それ、オレが半年かけて作ったオブジェ」




その日、これでもかと言うほどオレのごまつぶみたいな目は見開いた。




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