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逃げると決意したのはいいがこの身体、やっぱりなんて鈍いのだろう?それとも人間の身体に慣れていないから?
アルシカは手首を掴まれ、またもや簡単に捕まってしまう。
「!ごっ、ごめんなさい!謝るからもう行かせて!」
「待てリオン、オレが分からないの?このまま行かせるわけないだろ?」
「なんで?!というかリオンって誰?アルシカはリオンじゃないよ?!あなただって知らない」
「っ、じゃあお前は誰だって言うんだ!?」
「だから、アルシカはアルシカ!ただのスライムだよ!!」
アルシカは叫んだ。自分はアルシカという名の、ただのスライムだということを。
森から出る前にゼフィロスと約束したのだ。自分がネクロスリーだとは決して誰にも言わない事を。もしバレるとアルシカが危険な目に合うかもしれないからと、しつこく忠告されたから。
「スライム...?スライムが人間の容姿をして、お喋りするのかよ」
レジャンは眉を潜めアルシカを見下ろす。
「にっ、人間の身体...は別として、お喋りするスライムは稀にいる...よ?」
「...」
「だけど勝手に入ってごめんなさい!あ、謝ったからね。アルシカ、もう行くからね」
とにかくアルシカは目の前の男から逃げたくて、扉の方向へ向かおうとする。
「行かせない」
「ああっ」
やはり繋がれたままの手首は離してくれないようだ。逃げようとした勢いでつんのめるアルシカを、レジャンが抱き止める。
「...んもももーなんでー??!アルシカ謝ったよ?放してよお!!」
もう我慢ならないとレジャンの胸元で踠きながらアルシカが叫んだその時。
「おいっ、アルシカか?!」
階段の方から、急ぎ足で降りてくる音がする。
「アルシカ?!おい、ここにいるのか??」
「あっ、ゼフィロス!ここだよ、アルシカここにいる!!」
もはや半泣きのアルシカである。
「一体なにが...レジャン様っ...!?...とお前は...」
階段から降りて姿を現したゼフィロスが、二人の姿を見て驚き固まる。
「ゼフィロスッ!この人、アルシカの手離してくれない!」
アルシカ...?その名に驚きゼフィロスは我に返る。
「...アルシカって、お前、アルシカなのか?」
「そうだよ、アルシカだよ!よく分からないんだけど、突然この姿になっちゃった!助けてゼフィロス」
「いや、なっちゃったってお前...!よりにもよって...」
なぜその姿なんだ!
もう、なにがどうなってこうなっているんだ?少しの間厩舎を離れて、戻って来たらアルシカは消えていた。
焦ったゼフィロスが厩舎の周辺を見渡すと、この建物の扉が開いていたので、まさかと思い来てみたのだ。
「ゼフィロス・ブルーデン」
「!はっ」
「これはどういうことだ」
どういうことだと言われてもこちらが聞きたい。ゼフィロスが分かるのは、ここにいる者みんな混乱しているという事だけだ。
こちらを一切見ずアルシカだけを見つめたままのレジャン。その姿に頭を抱えそうになる。本当にどうしてよりにもよって!
「この者は...アルシカというスライムでございます。そして私の命の恩人です」
「恩人?よく分からないけど...ははっ...なあゼフィロス。スライムにはこんな奇妙な能力があるのか?」
鼻で笑いながらもレジャンは、疑わしい表情でアルシカを食い入るように見つめる。
「それは私にも分かりません。おそらくその戸惑いようから見ても、本人も自分の身に何が起こっているのか...分かってはいないのでしょう」
そう言葉にするとアルシカが肯定するように、コクコクと首を何度も縦に振った。するとレジャンのアルシカを見る目が更に鋭いものに変わる。まるで吹き荒ぶ嵐のようだ。
「これが魔物?こんなのどこからどう見たって...。いやいい。では本当にスライムだと言うのなら今すぐ元の姿に戻ってもらおうか」
「...無理...」
「なんだと?」
「無理なものは無理...だって、さっきから何度戻ろうとしても戻れないんだもん」
「そんな...わけないだろ?早く元の姿に戻って証明しろ。こんなの見てらんないんだよっ」
「っ!」
「レジャン様!」
ぐっと手を強く握られ顔をしかめる。
見てらんないと言うのなら、なぜこんなにも近くで見てくるのだろうか。
アルシカには分からないのに。この状況も、どうして自分があの肖像画の中の少年の姿をしているのかも。
強く握られた手からレジャンの感情が伝わってくるかのようだった。ズキンと胸が強く掴まれたかのように痛み、アルシカはぎゅっと目を閉じる。
アルシカは恐ろしくてぶるりも震えた。目の前の人間の、隠しきれない思いに捕らわれてしまいそうで。
「レジャン様っ!アルシカをお離しください」
「嫌だ。これはリオンだ」
「違います!」
レジャンの言葉をゼフィロスは慌てて遮る。
いつだって、どこか掴めない余裕のあるレジャンとはまるで違う。この状況がそうさせているのは分かるが、一度冷静になってもらわねば困る。
「違います。本当にリオンだとしたら...このようにあなたを忘れはしないでしょう」
「っ...!」
ゼフィロスの言葉にアルシカの怯える顔を見て視線が揺らぐ。
「レジャン様...あの一途な眼差しをお忘れですか?」
「...」
ゼフィロスの言葉に、レジャンの瞳から熱がスッと冷めていく。そして、痛い程掴んでいたアルシカの手首はゆっくりと離された。
「レジャン様...」
「目の覚めるような衝撃だよ。確かにあり得ないことだ」
乱れた髪を掻き上げ、ははっと皮肉めいて笑う。ゼフィロスはほっと息をつき、「ゼフィロス~」と半泣きで駆け寄るアルシカを受け止めた。
それもつかの間、レジャンが冷ややかな声で告げる。
「...けれどゼフィロス。この者が姿を戻すまで屋敷から出すな」
「!いえですが、数日後には」
「悪趣味な魔物を連れてきたのは誰だ?これは命令だよ。どうせ父上からオレの様子を見てこいと言われたのだろう?」
ゆっくりとして行け、とどうでも良さそうに言われてしまう。ゼフィロスは責任を感じてか、頭の痛そうな顔をし言葉を閉ざしてしまう。
「ねえ」
アルシカはゼフィロスの背中に隠れ、顔だけをレジャンに向け声をかけた。レジャンは流れるように視線をアルシカに向ける。
「あのね...一日経てばきっと元に戻るよ。ごめんなさい」
一体どのことで謝っているのかアルシカにも分からなかった。勝手に建物に入ってしまったこと?それともワインを飲もうとしたこと?それとも、この姿になってしまったこと?
分かるのはレジャンを傷付けてしまったということだけ。今にも泣きそうな顔をし、淡く美しい瞳には涙の膜が張っていた。
「本当にごめんなさい」
表情を失くしたレジャンが、静かにアルシカを見つめた。
「...この世のどんな魔物より残酷だな」
そう小さく呟いて、レジャンは部屋をあとにした。
ゼフィロスはやるせなく溜め息を吐く。レジャンは変わってなどいない。想いはあの頃のままなのだ。
きっと今もなお、彼は過去に焦がれ縛られている。
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また良ければコメントお待ちしています☆