上 下
3 / 7

3

しおりを挟む

『わあっ、わおっ、わああっ』

 アルシカは今、馬の背に乗るゼフィロスの鍛え抜かれた腹に、必死でしがみついている状態である。

 力強い馬の足取りと、リズミカルに揺れ動くゼフィロスが一体化しているようでアルシカはゼフィロスを格好いいと思った。

「アルシカ、大丈夫か?」
『うんっ、だいっ、じょーぶっ!』

 森の外で待っていた黒馬、マグニフィセントとアルシカはすぐ仲良くなった。出会った瞬間、互いを興味深く観察し合った後、アルシカはマグニフィセントの足元で体を踊らせた。そんなアルシカにマグニフィセントは鼻先をクイクイ擦り付けたのだ。

 ご機嫌なマグニフィセントに、乗ってもいいよと言われたのだろうか?アルシカは高くジャンプし、マグニフィセントのたてがみに飛び乗った。

 ふわりと浮かんだような軽やかなたてがみの上で楽しそうに遊ぶアルシカ。マグニフィセントも満足そうな顔をする。

 そんな愛らしい光景に、ゼフィロスの心はそれはもう癒された。先程死にかけたショックとストレスなんてもうチリとなり消えてしまったようだ。

『ねえっゼフィロス』
「なんだ?」
『いまっからっ、どこ行くのっ。ゼフィロスの家っ?』

 揺れ動く反動でアルシカが舌を噛みやしないか心配になった。が、アルシカにはおそらく舌がない。ゼフィロスは苦笑いをしてアルシカに言葉を返し、アルシカが話しやすいように少しだけスピードを落とした。

「オレの家ではないが広い屋敷の数ある部屋の中に、オレ専用の部屋を頂いている。陽当たりの良い明るく綺麗な部屋だ。きっとアルシカも気に入る」
『それは楽しみ。でも屋敷は誰の屋敷なの?』
「オレの仕える主の、ご子息の屋敷だ」
『ゼフィロスにも主がいるの?』
「ああ、王都にな」
『ふーん。ご子息はアルシカのこと驚かないかなあ?』
「んー...、さっきも言ったが屋敷はとても広い。恐らくお会いする事もないだろう。実は王都からこのアルトリウスに着いてすぐ、ご挨拶に向かったのだが少々タイミングが悪くてな。オレでさえまだお会いできてないんだ」
『タイミング?』
「んー...ははは」

 アルトリウスの領主である我が主の次男坊を思い浮かべる。まさかここまで酷い状態になっているとは思わなかった。

 まだ歳は二十になったばかりと若いのに、主に似て仕事は良く出来るようだ。それに優秀なだけでなく容姿にも恵まれていた。

 だがいかんせん素行が悪い。悪過ぎる。これもその恵まれ過ぎた容姿のせいだろうか?朝だろうが夜だろうがいつだろうが、男女が彼の部屋を行き交っているのだ。

 今回も驚いた。挨拶しようと待ったが一向に姿を現せないので、仕方なく彼の住まう上階のフロアに行った。するとあられもない姿をした女が平気で廊下を歩き回っているのだ。

 目が合うと「あなたも仲間に入る?」とウィンクされ情けなくも固まった。勿論断ったがショックで当分そこから動けないでいた。

 噂では聞いていたが今なら分かる。主が様子を見て来て欲しいと自分に頼んだ理由が。

「はぁ...」

 もう、彼は自分の知っている可愛いだけの子供ではなくなってしまったのだ。どうしたら良いものか。

『ご子息、悪い子?』
「えっ?」
『だってゼフィロス、困りんぼうの顔してる』
「...そんな事はない。お優しい良いお方だ。...ただまあ色々あるお方でな...」
『ふーん』
「可哀想なお方なんだ...」

 最後の一言は、聞こえるか聞こえないかのような独り言だった。だがアルシカの耳は良く、それを聞き逃さなかった。

 可哀想とはどういう意味なのだろう?

 見上げるようにしてゼフィロスの顔を見つめるが、聞き返すことはしなかった。

 森よりは緑が少ない開けた田舎道に、どこからか聞こえるのは波の音。知識だけは豊富なアルシカは、すぐそこにまだ見ぬ海を感じる。


 人間とは愉快で複雑で困難だ。それはとても大変で、アルシカには生き辛く思えた。







 *エールやコメントありがとうございます!執筆の遅い自分からしたらめちゃくちゃ励みになります。本当に感謝です(*´-`*)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どこかがふつうと違うベータだった僕の話

mie
BL
ふつうのベータと思ってのは自分だけで、そうではなかったらしい。ベータだけど、溺愛される話 作品自体は完結しています。 番外編を思い付いたら書くスタイルなので、不定期更新になります。 ここから先に妊娠表現が出てくるので、タグ付けを追加しました。苦手な方はご注意下さい。 初のBLでオメガバースを書きます。温かい目で読んで下さい

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

高嶺の花は

まと
BL
「ねえ君、なんて名前?」 麗らかな春の日ー。吸い寄せられるようにして近付いて、気付けば声をかけていた。 賑やかだった教室が一瞬で静まり返る。聞けばそう気安く近付いてはいけない存在らしく...。 平凡だけどコミュ力高い系男子(包容力抜群)と、高嶺の花レベルの美形だけどぼっちな男子(のちに天然甘え男子)。 コメントお待ちしております(*^^*) ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

なぜか第三王子と結婚することになりました

鳳来 悠
BL
第三王子が婚約破棄したらしい。そしておれに急に婚約話がやってきた。……そこまではいい。しかし何でその相手が王子なの!?会ったことなんて数えるほどしか───って、え、おれもよく知ってるやつ?身分偽ってたぁ!? こうして結婚せざるを得ない状況になりました…………。 金髪碧眼王子様×黒髪無自覚美人です ハッピーエンドにするつもり 長編とありますが、あまり長くはならないようにする予定です

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

処理中です...