蒼き臨界のストルジア

海から来た少女

１６

　
『ある程度の揺ゆれは、
　これが軽減けいげんしてくれるけど 』


そう言って天井を見上げる彼女。


座席はブランコのように、
取り付けられた鉄の板で、
天井からぶら下がっていた。


揺ゆれに会わせ座席は、
ブランコの様ように上下左右に動き、
船体の揺れを緩和かんわしていた。


「凄いスピードだね？」


『引き潮が始まってる。
　すぐに沖合いにつく。
　シートベルト！ 』


僕は言われるがままシートベルトをすると、
急に無言になった彼女の横で、
外の景色を眺ながめていた。


夜の海と言うのは、
思った以上に何も見えなかった。

船体から見える外の景色は真っ暗で、
まるで宇宙の中を漂ただよっているみたいだ。

それは田舎の町の闇より深く、
街灯が殆ほとんど無い田舎いなかでも、
完全な闇ではないのだと思いしる。

田舎でも町では自動販売機の僅わずかな光とか、
何かしら僅わずかでも辺あたりを照てらすものがある。


それが海の平野には何もないのだ。

暗いのは当たり前だが、
そんな当たり前の事も僕達は忘れている。


人は闇を恐れ町から闇を消した。

文明から見捨てられ、世間からはみ出したと
感じていた親無おやなし子の自分が、
それでも文明の中に浸つかっていたのだと、
しみじみと実感した。


僕は外の闇に目を凝こらし、
やがてその先から来るであろう災厄さいやくに、
体を強こわばらせた。


闇の中、船体を叩く波しぶきだけが、
不気味ぶきみに響いていた。


　そして気づく。


人が闇を恐れるのは、
その先から来る災厄に、
身を守る術すべを持もたないからだと。

僕はその闇に我慢できず、
彼女にたずねていた。


「ねぇ潜もぐるって言ってたけど、
　何も見えないと津波が間近まぢかに来てても、
　わからないんじゃない？」


こんな幼い少女にそうたずねるのは、
不安を吐露とろするようでいやだったのだが
今はそんな事を言っている事態ではない。


『大丈夫。
　キーキーが教えてくれる』


そう言って彼女は装着したままの
アクアボイジャーを指差した。


「へぇ船体の中からでも、
　イルカと繋つながってるんだ」


『ボイジャーはイルカ語を翻訳ほんやくして
　会話してるけど、人に聞こえないだけで、
　会話してるのは基本的に音だから。
　音が外壁や窓を揺らし、
　それが海中に伝つたわり伝播でんぱして話し出来る』


少女の言葉に、
映画のワンシーンを思い出した。

身を潜ひそめ怯おびえる潜水艦の中で、
敵が発した探査電波の音だけが、
不気味にピーンピーンと聞こえている
シーンを。


あれって本当だったんだ。

　
少女はいつの間にかお菓子の袋を取り出し
食べていた。


それはおっととか言う、動物の形に膨ふくらませた、
風船の様に中は空洞のお菓子だった。


この非日常きんきゅうじたいに対する彼女の余裕よゆうが、
休日、映画館で映画を見ているような、
錯覚さっかくをおぼえさせた。


僕の視線に気がついた彼女は、
もうひとつの袋を取り出し僕に渡した。


『食べる？』


「あっありがとう・・・　」



僕はうわべだけのお礼を言って袋を脇に置いた。



僕にはこの未曾有みぞうの危機にお菓子を食べる余裕よゆうも、
彼女ほどの度胸もなかった。