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「…あ」


 俺の喉から最初に上がって来た声は、これだけだった。
 先生は席へ着いている皆に何か言っているようだが、先生の声は一瞬で掻き消されてしまう。


「え、やば、芸能人…!?背高…!」
「無理、惚れた…」


 男女問わず四方八方、色々な声が飛び交い始める。
 そんな中、俺はただただ他人のフリをし、小さく丸くなるようにして俯く。


「はい静かに!! 桐生くん、挨拶して下さい」
「あー…えっと、まあまあそこら辺高校から転校してきた桐生斗亜です。お願いします」


(ど、同姓同名の人…?斗亜…?本物?)


 俺は自己紹介を終えた男が本物の斗亜かどうかを見極めるべく、黒板の前に気だるそうに立っている姿をジッと見つめてみる。


(あっ、やば)


 一番後ろの席のはずなのに、何故か一瞬でバチッと目が合ってしまう。俺は慌てて視線を手元へ移す。


「皆、桐生くんにこの学校のこと、色々教えてあげるように。桐生くんは、入崎くんの席の後ろに…。あ、あそこね。ではホームルーム始めます」


(待って…こっちに来る)


 ポケットに手を入れながらこちらへ歩いてくる姿は、やはり俺の知ってる斗亜で間違いなかった。
 今だけは、いつもは平気で見れる斗亜の顔がなぜか見れない。
 近寄ってくる影に、俺はつい視線をまた逸らしてしまう。


「ふは、猫被り柊笑」


 斗亜は俺の席の横の通路を通り過ぎる時、俺の耳元で意地悪げに囁いた。
 つま先から頭まで熱が込み上げてくる。


「…っ!!」
「おーここの席、神じゃん。お前のこと後ろから監視してるから」
「も、うるさい…」


 斗亜はそう言いながら俺の後ろの席へ着いた。
 幸い、小声だからか周りの人は俺と斗亜が話している事に気が付いていないようだ。
 ていうか、なんで背後から斗亜の声が俺の耳に…未だに今の状況の把握がし切れない。
 ホームルームの内容が全くと言って良い程に頭に入ってこない。


「…そして桐生くん、教科書は一先ず近くの人から見せて貰ってくださいね」


 今日一日の日程を話していたはずの先生は、いきなりこちらを向いて思い出したように言った。
 何故だか俺が背筋を伸ばしてしまう。


「うす」


(斗亜は学校でも普段と変わらずこんな感じなんだなあ…。まあ当たり前か、俺がおかしいだけか…)


 チャイムが響き、朝のホームルームが終わった。
 終礼をした後、俺が斗亜に声を掛ける前に、瞬く間にクラスの女子達がわんさか斗亜の席を囲むようにして集まってきた。


「斗亜くん!学校案内してあげよっか?」
「斗亜くん元々何校だったのー?」


 女子達は馴れ馴れしく斗亜へ一方的に問い詰めている。


(斗亜はしつこい奴嫌いだよ…)


 俺は心の中で女子達にそう訴えかける。


「あーうん。うん」


 斗亜は席を立たずに、そして表情も変えることなく女子達の会話を聞いている。
 振り切ればいいのに、とも思うが、斗亜は小中の頃から有り得んばかりにモテていたし、女子達の扱いに慣れているのだろうと思った。
 高校でもやっぱこんな感じなんだ、と勝手に会話を盗み聞きしては少し哀しくなった。



キーンコーンカーンコーン…


 そして俺は一度も斗亜に話しかけられずのまま、一時間目の授業開始のチャイムが鳴った。


「はい、では授業始めます」


 先生が背を向け、黒板へ板書を始めた。
 月曜日の一時間目から古典か…。
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