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キミとふたり、ときはの恋。【第四話】

いざよう月に、ただ想うこと【8−9】

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 煌先輩……今の言葉、私のために?
「とはいえ、人間は万能じゃないからな。相手が心に秘めてる内容を雰囲気だけで察しろっていうのは、無理がある。つまり、涼香は我慢をやめるべきだし。土岐は涼香の性格を……いや、性質と言ったほうがいいか? ソイツを慮ってやるべきだ」
 あ……。
「以上だ。さて、俺はそろそろ行く。有馬キャプテンのせいで、こんな衣装で晒し者にされなきゃなんねぇからな……ったく、バスケ部なんかに入るんじゃなかった」
 苦笑めいた呟きとともに、煌先輩の手が奏人の肩へ。続いて、同じ手が私の頭にもポンと軽く乗った。
 大きな手が、その場で私の髪をくしゃっとかき混ぜ、すぐに離れていく。
「じゃあな、涼香。俺との約束、守れよ?」
 漆黒に白銀の縁取りがされた軍服姿が視界から消えていくから、振り返って見送った。その人は、一度も私たちを振り返らなかったけれど。

 ――ひゅうっ
 なよやかに吹き抜ける秋風は、ひと時の静謐を呼ぶ。
 夕光が、ただ柔く降り注ぐ屋上に残ったのは――。
「『バスケ部なんかに入るんじゃなかった』? ふざけてるのか? バスケをするために生まれてきたような人のくせに」と、憮然とした表情で呟いた奏人と。
 煌先輩ったら、『涼香は我慢をやめるべきだ』なんて、あんなこと言ったら、聡い奏人に全部バレバレじゃない? 奏人は、一を聞いて十を知っちゃうタイプなのよ? それに、『俺との約束、守れよ』と言われても、何のきっかけもなしに、いきなり切り出すわけにもいかないのよぅ。煌先輩ってば、もうもう! という身勝手なクレームを口に出せず、居たたまれない思いで無言を続ける私。
 の、ふたりきりになった。

「涼香?」
 あ……。
「ここで泣いてたね。見えてたよ。中庭から」
 これ、無理。無言で通すの、無理っ。
 肩を抱く手の力を強め、顔を覗き込んできた奏人の声に、唐突に、この言葉が脳裏を駆け巡った。
 会いたくて、大事で、傍に居るのが当たり前の人と、ふたりきりになれた空間。
 けれど、混乱と錯綜がないまぜになった思考が、私に無言という選択肢を与えていたというのに。即座に、私は無言の選択を切り捨てていた。
 私に向けられた深い黒瞳の中に、優しい心配の色だけを見てしまったから。
「奏人? 私が見えたから、来てくれたの?」
 都築さんといたのに? 彼女の想いを聞かされたのに?
 都築さんの告白に奏人がどんな答えを出したか。それはとっても気になるけど。私の姿を見つけたから、この人はここに来てくれた。
 そう、奏人自身の言葉で教えられてしまえば、無言を通すことなんて出来ない。

「うん、見つけたよ。わりと遠目だったけど、見間違えるわけない。俺が、涼香の姿を見逃すわけない」
「あ、そう……ありが、と」
 とても素っ気ない返事だと思った。けど、今は、これが精いっぱい。
 喉の奥にせり上がってくる熱い塊を懸命に堪えながらの、発声だったから。
 いつも通りの淡々とした口調で告げてくれた内容に、『大事だ』と。私のことが、『とても大事だ』と言外に含めてくれているのが、しっかりと伝わってきたから。

 でも、どうしよう。どうしたら、いいの?
 もう、いい? こんなにも、とても大切だと告げてくれてるんだから。
 都築さんのことは知らないふりをしてたほうが、いい? それが正しい選択なのかな?
「俺のいないところで、あんな風に泣いてる姿を見せられて。ここへ駆けつけるまでの距離が、とても長く感じたよ。すごく焦った。花宮先輩の姿も見えてたし……焦りすぎて、それまで一緒に居たヤツの相談事を聞く間もなく、ここに駆けつけてた」
「えっ?」


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