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キミとふたり、ときはの恋。【第四話】

いざよう月に、ただ想うこと【7−1】

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 風向きが、変わった。
 さぁっと背後から吹きつけてきた微風が向かい合って立つ瀧川さんのショートヘアをはたはたと靡かせ、私の赤いケープもふわりと揺らす。
 どこに咲いているのか、金木犀《キンモクセイ》の香りが、鼻先をかすめていった。
 秋の涼やかさ、そのものの風を身に受けながら、私の胸の奥ではそれとは真逆のうねりが波立つ。
 どろりとした感触の、黒いさざ波。剥き出しの心の表面が、それに覆われていく。普段は忘れているはずの、埋め込まれたままのトゲの位置を再び自覚してしまった。
「……やだ」
 息苦しさから逃れるように、低く言葉を発する。
「やだ。そんなの、困る」
 私の醜い心根が表れてる、拒絶の言葉を。
「告白することを許してあげて、とか。そんなの、困る。だって、知ってしまった以上、その相手が誰でも、私は嫌なの」
 嫌だ。絶対に。
 私の知らないところで、私の知らない子が奏人に想いを告げるのとは、わけが違うもの。
 心の狭い返事しかできない自分が、とても恥ずかしいけど。でも、嫌。
 告白しないで、とか。そんなこと許さないって言ってるわけじゃない。そんな権利は、私にはない。人が人を好きになる。その気持ちの尊さは、ちゃんとわかってる。
 だからこそ、ただ、嫌なのよ。
 けれど、それを堂々と口にする私は、瀧川さんの目にはとても醜く映っているに違いない。
 自己中心的な、独占欲の塊。きっと、ひどく醜い。羞恥心で居たたまれない。

「瀧川さん」
 でも、目は逸らさない。ショートカットの綺麗な女の子を、真っ直ぐに見上げ続ける。
「ごめんなさい。こんな、心の狭いことしか言えなくて」
 言ったことではなく、その内容についてだけ、謝罪した。『奏人の彼女としての私』の気持ちを表した言葉は、謝れない。譲れない。
 だってそれは、私の想い、そのままだから。
 すると、そんな私をじっと見おろしていた瀧川さんがふっと目元を緩め、軽く頷いた。
「うん、それでいいよ」
「え?」
「彼女なんだから、そう思うのは当たり前ってこと。嫌なこと聞かせて、ごめんね。土岐くんの彼女のあなたにわざわざ言うなんて、私、すごく意地が悪いよね」
 苦笑と、自嘲の笑み。両方が同時に浮かべられる。こんなこと思うのは失礼なのかもしれないけど、その表情がとても綺麗だと思った。
「でも私は、あの子の親友だからさ。白藤さんに恨まれても、今日のことは押し通させてもらう。私は、誰よりもあの子が大事なんだ」
 そして、「言いたいだけ言って立ち去るけど、ごめん」と声を繋いだ瀧川さんが立ち去り際に残した言葉が、その後ずっと私の頭に残ることになった。
「ただ、ごめん。これだけは言わせて。鮎佳も、玉砕するってわかってて告るのよ。十年間ずっと彼を想い続けたあの子が自分で決めた幕引きだからさ。その数分間だけは、我慢してほしい。できたら、だけど」
 奏人に、仮病でも何でもいい、『助けて!』って連絡を入れればいい。そうしたら、きっと私を優先して駆けつけてくれるんじゃないかって。
 その後、奏人を独り占めして、どこにも行かせないようにするだけ。
 それで、邪魔できるんじゃないかって思ってる。そんな醜く、驕った計画ばかり頭に浮かべてしまってる。

「出来もしないくせに……私、醜すぎて気持ち悪い」
 今度は気をつけて、口の中だけで呟いた。誰にも聞かれないように。
 自分の醜さが、気持ち悪い。そんなことをしても、何にもならないのに。
 人が人を想う気持ちを止められないのと同じように、その行動を妨げることも他人が出来るわけないのに。
 十年間も一途に奏人を想い続けてきた都築さんに、そんな酷いこと出来るわけない。
 なのに、それを邪魔できる可能性を探ってしまう。
 なんて汚い。醜い。気持ち悪い。それに、私が一回邪魔したとして、次からもずっとそうするわけにもいかないのに。馬鹿だ、私。

 瀧川さんは、ちゃんと言ってたのに。

『ただ、ごめん。これだけは言わせて。鮎佳も、玉砕するってわかってて告るのよ。十年間ずっと彼を想い続けたあの子が自分で決めた幕引きだからさ。その数分間だけは、我慢してほしい。できたら、だけど』

 玉砕覚悟、自分で決めた幕引きって言ってた。都築さんは、なんて潔い人なんだろう。
 仮に、で考えてしまうのは失礼な話だけれど、私があの人の立場だったとして、同じ決断が出来るかな。
 ううん、きっと無理。私には、無理。
 こんな汚い私には、絶対に無理だ。無理……。


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