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キミとふたり、ときはの恋。【第四話】
いざよう月に、ただ想うこと【1−1】
しおりを挟む朝焼けの色が、変わったような気がする。
「うーん。色、というか……眩しさ? 熱、かな?」
目覚めてすぐに目をやった窓から射し込んでくる朝の光は、日ごとに柔らかく変化してきている。
朝焼けを眺めているだけで感じていた、じりじりと肌を焦がすような、あの感覚はもうない。
もう夏は終わったんだと、目と肌で実感できるようになった。
「それは、そうよねぇ。もう九月なんだもん……あ、来たっ」
カーテンに手をかけ、庭の植え込みに目をやったその時、垣根の向こう側を走り抜けていく影を見た。
「おはよ、奏人」
真っ直ぐに前だけを見て走る横顔に、小さく挨拶を告げる。
あの早春の朝以来、こっそりと続けている私の朝の習慣だ。
彼女なのにストーカーっぽいことしてるって思われそうだから、奏人には言ってない。引かれたら、嫌だもん。
「また、あとでね」
脇目もふらずに駆け抜けていくストイックな背中にもうひと言だけ告げ、机の上に置いていた飾り玉を手に取った。
紫陽花と菊に見立てて折り紙で作った、ふたつの薬玉《くすだま》。
煌先輩のおばあ様への贈り物にしようと、初めて作った物だ。
じっくり見られちゃうと粗が目立って恥ずかしいけど、一生懸命作ったから持っていくの。
「おばあ様、喜んでくれるかな?」
今日は、おばあ様のお見舞いに行く日。
このためにバイトを休んでくれた奏人には悪いけど、お見舞いの時間まではデートできるから、私には嬉しい日曜日になりそう。
「あっ! もう、来てるっ」
待ち合わせ場所に指定された、駅の構内にある大時計。余裕を持って早めに到着したつもりなのに、そこに見慣れた姿を見つけてしまった。
かなり遠目だけど、私が奏人を見間違えるわけない。人波の中を進んでいた足を小走りに変えて、そこへ急いだ。
大時計の下に円形に設《しつら》えられたベンチに座り、本を読んでいる奏人のもとへ。
「もう、奏人ったら。私には、〝あんなこと〟言ってたくせにっ」
『涼香、いい? いつも言ってるけど、あんまり早く来たら駄目だよ。待ち合わせは、時間厳守、だからね。わかった?』
なんて言ってた本人が、二十分前に到着した私よりも先に来て、もうそこに座ってるとか、駄目じゃない!しかも――。
「もう、もう、もうっ」
そんな風に足なんか組んで座ってると長い足が余計に強調されて、スタイルがいいのが、ここからでもはっきりとわかっちゃうし。ただ座ってるだけなのに、すごくすごく目立ってるじゃない!
「奏人っ、おはよっ!」
「おはよう。どうしたの? 息が上がってるけど。ほら、まだ早いし、ここ座って?」
「あ、奏人の姿が見えたから。なんとなく急いでみた、だけ」
私が声をかけてすぐに本を閉じた奏人に手を引かれ、その隣にストンっと腰をおろした私の語尾は小さくしぼんでいく。『どうしたの?』って、そりゃ答えはひとつなんだけど。
ただ座ってるだけなのにすごく目立ってる奏人が心配で、綺麗なお姉さんが声をかけてきたりする前に辿りつきたくて、途中から必死になって走りました、なんて言えないぃ……。
「走ってきたの?」
「あ、うん。ちょっとだけよ? それより、何の本を読んでたの? えーと……ひゃっ! なっ、何っ?」
走ってきた理由をごまかすために、私とは反対側に置かれた本を覗き込んだら、うなじに指が触れて奇声が上がった。
触れられた部分をパッと手で押さえて素早く後ろに身体を引いたけど、それより早く奏人の手が肩を掴んできて引き留められてしまう。
「じっとしてて? 汗、拭いてあげる」
いえいえ、そんな気遣いもサービスも要りません! 確かに、走ったことで襟足が汗ばんでるって自覚してるけども!
「だ、大丈夫! ご遠慮いたしますっ!」
「そう言わずに、俺に任せといて。九月の半ばとはいえ、まだ暑いからね。けど電車の冷房で風邪ひいたら大変だよ。だから、ね?」
ね? じゃないってば!
ふだん言葉少なめなのに、こういう時の奏人って、どうしてこんなにってくらい、流れるように会話が進むのよ。おまけに、既に右手にハンカチ持ってるって、どういう……。
「すぐ終わるから、それまでこの本でも読んでたらいいよ。はい、本持って?」
「あ、はい」
しまった。手渡された本、つい受け取っちゃった。
そして、ハーフアップにした髪がチャチャッとかき上げられて、うなじにハンカチがぁ。
もう、いいです。諦めて、言われた通り本でも読んでますー。
……ん?
え、無理。この本、無理。難しすぎて読めない。
タイトルからして無理だと思ったけど、内容もチンプンカンプンだったわ。『幾何学《きかがく》を美味しくいただくための前菜』って……。
数学書なの? レシピ本なの? どっちーっ?
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