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小さな手 #2
しおりを挟む「――宮城くん、研究は進んでるかい? 今日は、目的の書籍の閲覧は出来たかな」
「はい。ヤマト王権の祭祀と宝器についての資料なんですが――」
榊教授から、いつもの質問。それに、今日の報告と明日の予定について話をする。そして、俺からの質問に榊教授と榊先生が答えてくれる。これが、俺がここに来てからの晩飯の食卓の光景だ。
が。今夜は、少し違う。
「はーちゃん。今日の肉じゃが、いつもより一段と美味しいね」
「嫌やわ、そうちゃん。いつも通りの味でしょ」
「そうかな? でも、すごく美味しいよ。ご飯がすすむ」
「ふふっ。そうちゃんは昔から肉じゃがが好きやものねぇ。はーちゃん、良かったね。張り切って作った甲斐があったやないの」
「おばあちゃん! 私、別に張り切ってなんかないわよっ」
この、スーツ男。妙にこの家に馴染んでると思ったら、榊先生の奥さん、つまり初琉のおばあさんの親戚らしい。
名は、十束壮吾。職業、医師。二十八歳。
実家は明治初期から続く病院で、でもそこは兄が継いでるから、コイツは県の医療センターに勤めてる、らしい。
晩飯前に奥さんに紹介されたが、顔に笑顔を張りつけるのにほとんどの精神力を使っていた俺には、全部の情報は入っていなかったかもしれない。ただ、いかにも医者ですって風のメタルフレームの眼鏡が白衣に似合うんだろうなと、癇に障ってはいた。
「それにしても、いつもよりも支度に時間がかかってると思ったら、こんなのまで作ってくれてたんだね」
「美味しいよ」と褒めながら、持ち上げた皿を初琉に示して礼を言うスーツ男、もとい十束。その手には、シャケのホイル焼き。
おー、それは俺も旨いって思ってたぜ。ネギ味噌がいい具合にシャケに絡んで絶妙な味だし、俺の好きなオクラと舞茸も添えられてる。神コラボだ。
「これも珍しい組み合わせだね。はーちゃん、料理のレパートリー、どんどん増えてるな」
今度は、タラコのソースがかけられた豆腐ステーキを褒めてる。ちょうど今、俺が食ってるヤツだ。うん、これも旨ぇ。めっちゃ俺好みの味なんだよ。やっぱタラコは神食材だ。マジ旨ぇよ。
「はーちゃんたらね。これも作る、あれも作るって言うてねぇ。それで、夕飯の時間が遅れてしまったんよー。ほんまに、嬉しそうに張り切っててねぇ」
「おばあちゃん! だから、張り切ってなんかっ……」
あ……。何だ? 今、目が合った。けど、すぐに逸らされた。
初琉? 今、なんで俺を見た?
「おじさん。今、よろしいでしょうか?」
「あぁ。あちらに行こうか」
晩飯後、十束が榊教授に声かけして、ふたり揃って立ち上がる。
食後の焙じ茶を味わいながら、ふたりの背中を見送った。
初琉の父親と何の話だろうと疑問が浮かんだが、親戚同士、俺にはわからないつき合いや話があるんだろうと納得した。既に親公認の間柄だとは思いたくないから、疑問は即座に打ち消した。
無理やり納得した。そうでもしないと落ち着かない。
正直、十束の榊家への馴染み方と初琉との親密ぶりは、俺を打ちのめすのに充分だったから。
いや、違うな。打ちのめされたわけじゃない。初琉が、アイツに心を許してる様子を目の当たりにするのが耐えられないんだ。
全く。何、ヘタレみたいなこと考えてんだ。俺。らしくないにも程がある。
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