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番外編(弍)
時鳥(ほととぎす)、つれづれに啼く 【五】
しおりを挟む「よーし、終わったー!」
あ……。
「光成、待たせて済まなかった」
「……いえ、お疲れ様でした」
ずいぶん長く、過去の物思いに浸ってしまっていた。廂《ひさし》から見上げた空の、殿舎に射し込む陽射しの角度でそれを知る。
「どうした? 少し元気がないような……私が待たせすぎたか?」
「いいえ、そのようなことはありません。大丈夫です。ただ……」
どうしたのだろう、私は。何を言おうとしている?
「……ただ、思い出していたのです。私が新蔵人として最初に手がけた仕事に、あなたがご助力くださった時のことを。覚えておられますか?」
ここは蔵人所で、他の者の人目もある。それなのに、なぜ、こんなことを……。
「もちろん、覚えてる。民部省《かきべのつかさ》の依頼だろう? あれがきっかけでお前と仲良くなれたんだよなー。それまでのお前ときたら、誰とも馴染まずに常にぶすっとしてる不遜なやつ、だった。おまけに、ひげ面! 驚くほど茫々《ぼうぼう》の! 十代だというのに顔のほとんどが、ひげ茫々《ぼうぼう》だったな! 付けひげだったけど! わははっ!」
楽しそうに思い出し笑いをする相手が、おずおずと差し出した私の手をしっかりと握り返してくれているものだから、口に出してしまうのだ。
「そうです。あの日……あなたを『建殿』と呼び始めたあの日が、全ての始まりでした」
知り初《そ》めし、秘めたる慕情。それは、切ない懊悩と甘い疼きに満ちていた。
「建殿からは、多くのことを学ばせていただきました」
袍《ほう》の袖に隠した手と手を繋げたまま、昔日《せきじつ》の記憶を追う。
「おや? 私が教えることはほとんどなかっただろう? 過去に類を見ない、優秀な新蔵人だったじゃないか。むしろ、頼もしい後輩が出来て私のほうが助かっていた。あ、それは今もかぁ」
すると、朗らかに笑う相手は即刻、否定してくる。
全く、このお方は。私が言った意味に、全然気づいておられない。
当時、女のような顔立ちを隠すため、それが原因で侮られることを回避するため、建殿が口にした通り、私は毛深く作った付けひげで武装していた。のみならず、態度も不遜で、口を開けば毒舌しか出ないとくれば、誰に好かれようはずもない。
それでいいと思っていた。私個人の評価がどうであれ、執務には支障がないのだと。だが、そこをこそ修正するべきだと教えてくれたのが建殿だ。
民部省《かきべのつかさ》の一件だけで、気づかされた。民部の大輔《たいふ》様と少輔《しょう》様に却下され続けた書類は、大きな文字で書き直しただけであっさりと受理していただけたのだ。
あまりの呆気なさに、それまで資料作成にかけた時間を思った私は軽く眩暈を覚えかけたが、同時に建殿の真価も悟った。
見栄っ張りなことで有名な民部の大輔《たいふ》様と少輔《しょう》様の視力の衰えのことを、なぜ建殿が知っていたのか。
蔵人は職務柄、全ての省《つかさ》の官吏と接する機会があるとはいえ、ご本人たちが隠していることを知り得るには各省に情報網を張っていないと不可能。建殿は、気さくな性格と人懐っこさで、無意識のうちに宮中に完璧な情報網を作り上げておられる。
その真似をして誰彼かまわず親しくするなど私には到底無理だが、その代わり観察眼を磨くことを覚え、今ではそつなく仕事をこなせている。それもこれも建殿のおかげ。
癖のある官吏への個別対応を柔軟にこなせるという点において、建殿の右に出る者は蔵人所にはいない。絵画と書の堪能さも含めて、実は誰からも一目置かれているのだ。
迂闊な失態を頻繁に起こして、またお前かと叱責されてしまうところが非常に残念なだけで。
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