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伍
鳴弦に、愛の言霊の閃く 【七】
しおりを挟む「ぎぎぎぎぎっ、ぎぎぃっ!」
白焔がぱちんと片目を瞑って露骨な物言いをしてみせたその直後、再び耳障りな音を灰炎が発した。
きっと私への憎悪の言葉に違いないそれが、その場の空気をうねらせ、震わせる。相当な怒り具合だ。
「じゃ、囮役、行ってきまぁす! 篤子ちゃんも借りてくわよー」
「あぁ、頼む……えっ、篤子? なぜ、篤子……おい、白焔!」
気持ちはすっかり灰炎との対峙に向かっていた私の目の前を、囮役の妖猫が篤子を抱いて駆け抜けていった。
「だぁって、光成ちゃんへの報復に燃えてる灰炎ちゃんがアタシに気を向けるわけないじゃない。囮になるには、篤子ちゃんも一緒じゃないと! だから借りちゃうー」
慌てて声をかけるも、小さくなっていく声でふざけた返事が届くのみ。
見る見るうちに、篤子を抱きかかえた長身の背中は、離れていく。
「ぎっ、ぎぎぃ!」
その目論見通り、灰炎を引き連れて。
「はぁ……」
軽く息をつき、呼吸を整える。神経を研ぎ澄ませるため。
今宵のこの時が来るまで、幾度も頭の中で模擬状況を想定してきた。その通りにやれば良い。
落ち着いて、撃ち抜けば良い。あの一点を。ただ、それだけ。
「……」
それだけ……。
「……っ、ああぁぁ! しかし、どうにも気が散る!」
篤子を抱きかかえた長身が、どうしても目に入る。見てしまう。そんな場合ではないのに、密着している男女の姿を。
例え中身は、ふざけた口調の妖猫であっても、その形《なり》は建殿だ。
すらりとした長身のその人が愛らしい篤子を横抱きにして駆けている姿はお似合いにしか見えず、もやもやする。とても。
集中できない。気が散る、気が散るっ!
そういえば、いつぞや、青梅の糟《かす》漬けを篤子が私にと寄越してきた時、私宛だと知っていながら、建殿がそれを全て平らげてしまわれたことがあった。
加えて、その礼の文を篤子へと送ったとも言っていた。
まさか……まさか……。
撫子の君への懸想文《けそうぶみ》を建殿がやめた理由を頭《とうの》中将様が追及なされておられたが、その真の理由は、撫子から篤子へと乗り換えたから。
では、ないのかっ?
「ちょっと光成ちゃん! まだ狙いを定められないのっ? アタシはまだ余裕で走れるけど、陰陽師見習いの小僧がそろそろ限界みたいよ!」
――はっ!
しまった! この緊急時に、私は何という時間の無駄遣いを!
白焔の声に弾けるように顔を上げ、真守殿へと視線を流せば。灰炎を逃がさぬための結界を張る呪《しゅ》を唱え続けている少年の疲労困憊の姿が目に入った。妖猫の言葉通り、限界が近い様相だ。
「……っ、申し訳ありません。真守殿」
ぎりっと唇を噛みしめ、謝罪の言葉を口にする。そして間髪入れず、片手を矢筒へ。三本のみ入っている破魔の矢のうち一本を取り出し、素早くつがえた。
「ぎぎぎっ! ぎぎぎぃっ!」
目前では、篤子を追い、緋色の光に縁取られた妖猫が駆け回っている。
「ふぅぅ……」
集中するため、再び息をついた。今度は、長く。
いったん瞼を閉じ、すぐに開ける。そして目を凝らす。
「よし、良く見える」
闇の中、白焔とは違う色の炎を身に纏い、あちらこちらと跳ね回る妖猫。灰炎の弱点――――尻尾の付け根が。
あの一点に、矢を放つのだ。
「ぎぃっ! ぎぎぃっ!」
禍々しく、耳障りな音。
ぬるい風が巻き上げる夏草の、むせ返るような匂い。
真暗き闇に充満する、どろりとした妖気。
それら全てがうねり、渦巻く空間を、今から私がねじ切る。
――すぅ、っ
軽く息を吸い、そのまま、無言で弓を引き絞る。
つがえた矢は、白と丹《に》の美しい二色の羽根を持つ破魔の武器。深紅の輪郭を持つ標的に、ひたと狙いを定め――。
『今だ、光成! 放て!』
突如、脳内に響く『声』と同時に、矢を放った。
――きぃんっ!
刹那、凛と澄んだ音がひらめいて。
――きぃ、ぃん!
暗闇を切り裂く、破魔の響動《とよみ》が鼓膜を震わせる。
「んぎゃっ! ぎぎぃっ!」
「やった! 命中よ、光成ちゃん!」
「……命、中? 当たった、のか? 本当に?」
狙い通りに引いた自覚は、あった。
が、『命中した』という白焔の声と灰炎の呻き声を聞いて尚、一射目で射抜くことが出来たことを自分の目で確かめたくて。捕縛の術をかけるため駆け寄ってきた真守殿に続き、地を蹴る。
灰炎の尾の付け根に狙いを定めた時、脳内に響いた『声』は、紛れもなく建殿のもので――。
なぜ、それが聞こえてきたのかも、確認したかった。
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