妖(あや)し瞳の、艶姿

冴月希衣@商業BL販売中

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散ずる桔梗に、宿る声 【九】

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「うぅっ……そ、それだけはっ……中将様の仕置きも、ですが。中将様による手当て、こそを、私はご遠慮いたしたくっ……ご勘弁を……ご勘弁をををぅっ」


「……っ」


 はっとした。


 頭《とうの》中将様のご発言に何か意味があるのだろうかと巡らせていた思考が、突如止まった。建殿が唸り零した泣き言によって。


「中将様! 申し訳ございません!」


 そして、開き直った。中将様の思惑がどうであれ、私は建殿をお救いする。


「せっかくの中将様よりのお気遣いではございますが、中将様手ずからのお手当ては必要ございません」


「何? どういうことだ。私では不服ということか?」


 よし。思った通り、私の言葉に眉をひそめられた。ここからだ。


「とんでもございません。その逆なのです。先般、ご報告申し上げた通り、建殿の傷は“例の者”につけられたものです。なれば、失礼ながら、陰陽の術を使えぬ中将様や私では、傷口に触れることすら危うい。中将様の御身《おんみ》に、何かあっては大変です。今回は、あちらに控えております陰陽生《おんみょうせい》に手当てをお任せください」


 結構な長口上だったが、途中で余計な口を挟まれぬよう一気に言い切った。そして、清涼殿《せいりょうでん》の手前で立ち止まっている真守殿に向けて、『あちら』と手で指し示す。


 ともに建殿を追いかけていた真守殿がそこで止まっているのは、知っていた。


 真守殿は、昇殿が許されない地下《じげ》の身。殿上人《てんじょうびと》か蔵人でなければ、清涼殿に足を踏み入れることは叶わないのだ。


 だからこそ、ちょうど良い。このまま、中将様から強引に建殿を引き離せるというわけだ。さらに――。


「そして、もうひとつお詫び申し上げることがございます。実は、畏《おそ》れ多くも主上《おかみ》のおわす殿舎にて建殿が粗野な叫び声をあげた原因は、私にあるのです。中将様のお仕置きを受けるべきは、この光成! どのようなお仕置きも覚悟しております。あちらに控えております陰陽生《おんみょうせい》に建殿を預けたのち、私にきつい仕置きを与えてくださいませ!」


 こちらも、一気に言い切った。


 同じ長口上でも、先ほどのものとの違いは、頭を下げながらではなく、中将様にぐいぐいと迫りながら述べたという点だ。


 『仕置きを受けるべきは、私です』と、視線でも、しっかりと伝えられるように。


「なるほど。では、不届き者は、建ではなく光成だということか。ふふっ。しかしな、光成。せっかくの自己申告だが、そなたに仕置きをするのは無理だ」


「えっ? なぜですか? 悪いのは私で……」 


「だから、だ。私は、自分から仕置きを望む者には、やる気が起きない。この建のように、涙目で怯えてくれないと、な」


「え……」


 返す言葉を失った。薄く笑みを浮かべながら中将様が口にされた内容。それを完全に理解したから。


 まさか、中将様が、そのような趣味をお持ちだったとは!


「光成、何を呆けておるのだ。今の戯《ざ》れ言を本気にしたか?」


「え、戯れ言、だったのですか?」


 中将様が暴露なされた加虐趣味の衝撃が覚めやらぬうち、今度はそれを戯れ言だったと言われて、再び声を失う。


 どういうことだ? 戯れ言ということは、からかわれた、ということだろうか。


 わからない。今度こそ、本当に中将様がわからない。


 一連の言動の裏に、どんな真実が隠されているのだ?


「仕置き云々については、な。驚かせたようだが、完全に戯《ざ》れ言だ。私に捕まって怯える建が、面白すぎて……くくっ」


 お認めになられた! しかも、ひどく愉しげに笑いながら。


「しかし、建に用があって探していたのも事実である。陰陽生《おんみょうせい》の手当ての前に、ひとつだけ答えてもらおう。――良いか? 建」


「ごほっ! ごほっ、ごほっ!」


 あ……。


「くっ、苦しかった! しっ、死ぬかと思ったあぁ!」


 『良いか?』と中将様が問いかけられた途端、建殿の盛大な咳き込みがその場に響いた。


「建殿……大丈夫、です、か?」


 いやに静かだと思っていたら、中将様に喉元を掴まれたままだったのか。


 すみません。全然、気づかずに呑気に話していまし……。


「では、建。私の問いに答えよ」


 中将様! あなた、鬼ですかっ? 涙目で咳き込んでいる相手に、よく平然と問うことができますね!


「そなた、大納言家の撫子《なでしこ》の君への懸想文《けそうぶみ》をやめたそうだが、それは何故だ? もしや、他に絶世の美女でも見つけたか? それは、どこの誰だ。私に教えなさい」


「なっ、なんですって? 建殿、今の中将様のお言葉は、まことですか!」


 鬼のような中将様の仕打ちに冷静に突っ込んでいた思考が、いきなり真っ白になった。


「なっ、撫子っ……私の妹から、いったい誰に乗り換えたのです! 撫子よりも美しい姫とは、どこの誰ですかぁっ!」


「ごほっ! ごほっ、ごほほぅ、っ!」


 おかしい。よくわからない。


 気がつけば中将様に取って代わり、建殿の顎をがくがくと揺らして、その目尻の涙を振り散らしている私がいた。


「建殿ぉっ!」


「ごふぅっ!」


 『冷静』とは、どういう意味の言葉だった……?


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