妖(あや)し瞳の、艶姿

冴月希衣@商業BL販売中

文字の大きさ
1 / 79

朔(さく)の夜

しおりを挟む



 月影が消えた、漆黒の夜。



――ひゅうぅ


 くらき、その闇の中。生ぬるい夏の風が、そろりと頬を撫でていく。


「……おかしい」


 闇を纏うように佇んでいる痩身が、ぽつりと、ひとりごちた。


「なぜ、星ひとつ見えぬのだ?」


 今宵は、月が姿を見せぬ、真暗きさくの夜。


 だが、例え月が見えぬ黒闇こくあんでも、多少なりとも星の瞬きはあるものなのだ。


 されど、いま天空には、ただひとつの星すら、見つけられぬ。


「これは一体、どういうことだ?」


 闇に佇む痩身が纏う狩衣かりぎぬは、撫子のかさね


 紅梅色と萌ゆるあおが品良く重ねられたその装束は、朔の夜でさえなければ、色鮮やかに月光に映えていたことであろう。


 夜空を見上げる横顔は、若い。まだ少年と言っても、差し支えないほどに。


 きりりとした眉と意志の強そうな目元が印象的なその相貌に、夜風が強く吹きつけてきた。


 ざっと音を立てた風は、烏帽子えぼしからはみ出た肩までの後ろ髪を縦横に巻き上げ、気儘にはためかせていく。


「何だ? これは……」


 胡乱げな硬い声が、闇に溶ける。


 少年の髪や頬に当たる夜風の中に、不意にどろりとした湿り気が混じったのだ。


 次いで、痩身の正面、香り高い百日紅さるすべりの樹木の根元に、ぽうっと明かりが灯った。


 深く濃い、緋色の光だ。


 それをみとめた途端、少年の周囲に禍々しい気配が充満していく。


 びぃんと、肌を刺すほどに、強く。


 踏みしめる大地が揺れたと錯覚するほどの、衝撃波を伴って――





 禍々しい、緋色の光。


 最初は点のように小さなものであったが、それはあっという間に広がり、辺りを深紅に染めていく。


「やっと来たか。待っていたぞ」


 待っていた。これを。


 “ お前 ”を。


 にやりと、口角が上がる。不敵に微笑み、むせ返るような匂いを放つ夏草を踏みしめ、一歩前に出た。


 素早く霊符を取り出し、しゅを唱え、そこに滅魔の気を込めていく。


「――――破ぁーっ!」


 深紅の塊に向けて、調伏ちょうぶくの真言を思いきり叩きつけた。



――ぎぃっ、ぎぎぎぎっ、ぎぃぃっ



 叫びとも呻き声ともつかぬ耳障りな音が、ぎぃんっと大地を震わせ、闇を切り裂いて響き渡っていく。


 直後、辺りが、ぱぁっと明るく光り輝いた。


 深紅の光が、ひと際輝く黄金色こがねいろに変化したのだ。


 この光は、何だ?


 黄金色の光源に目が眩み、ほんの刹那、視力が奪われた。


 が、臨戦態勢は崩さない。


 再び霊符を取り出し、次の真言を唱え始める。


「……っ……居ない?」


 だが、そこまでだった。


「奴は、どこだ! どこに消えたっ?」


 一瞬のちには、黄金色の光は消え去り、そこに充満していた禍々しい気配も、跡形もなく霧散していた。



――ひゅうぅ


 後に残されたのは、そこに現れていた怪異の気配など微塵も感じさせない、静かな空間。


 ただ、夏のそよ風が吹き抜けるのみの場になっていた。



――ひゅうぅ


 南の空に赤星あかぼしが妖しく瞬く、夏の朔夜さくや


 そう、百日紅が甘やかに香るここは、宮中の一角。仁寿殿じじゅうでん


 帝のおわす大内裏だいだいりの、いつもと変わらぬ夜の姿に、戻っていたのだ。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

処理中です...