上 下
4 / 9
武田慎吾の災難

chapter【2−2】

しおりを挟む



「さて、遅刻するかと思われた慎吾も、無事! 合流出来た。これで、ひと安心だな」
 無事、を強調した監督の冷たい視線が武田に突き刺さってきた。
「すんません! もう二度と遅刻しません!ほんとーに、すんましぇんっ!」
 苛烈な気性を持つ監督の、絶対零度の冷たい眼差し。その威力に震え上がった武田が、必死に謝る。
「まぁ、いい。ギリギリだが、間に合ったからな。ところで試合順についてだが、先鋒を変更しようと思う。慎吾を中堅に回し、代わりに――」
「えっ? 俺、先鋒から外されるんすか?」
「お前、ここまで二駅ぶん走ってきたんだろう? 体力をかなり消耗してるじゃないか」
「や! 大丈夫っす! まだまだ体力あり余ってるんで! 是非、俺に先鋒やらせてくださいっ!」
 剣道の試合において先鋒を任されることは、監督からの信用と強さの証のようなもの。このチームで先鋒を任されることが多い武田にとって、それを外されるのは、プライドが許さない。

「監督! お願いしまっす! 俺、先鋒で出たいっす!」
 いくら、お気楽チャラ男であっても、剣道には真摯に打ち込んでいるのだ。『どうしても先鋒で出たい』と、監督に必死に頼み込んだ。
「本当に大丈夫なんだな?」
「はい! オールオッケー! カンペキ大丈夫っす!」
 姿勢良く頭を下げ、頼み込むこと数回。ようやく、監督からの確認の言葉をもらえた武田は、もうひと押しで先鋒の役目を取り戻せるはずと、この中で唯一アシストを頼むことが出来る人物にも頭を下げることにした。
 先ほど監督が武田と先鋒を入れ替えると口にしていた、元々は中堅の予定だった相手。
「秋田ぁ、頼むよ。俺に先鋒を譲ってくれ! 頼む。お願い! この通りだ!」
「うーん、別にいいけど……ねぇ、兄さん。チカ、中堅のままでもいいかな?」
「あ? 正親《まさちか》まで、そんなことを……仕方ないな。慎吾。そこまで言うなら、お前に先鋒を任せるぞ?」
「やったぁ! ありがとう、監督! ありがとう、秋田! 俺、めっちゃめちゃ頑張るぜっ」
 武田がアシストを期待した幼なじみ、秋田正親は、期待通りの良い仕事をしてくれた。監督は、稽古が絡まなければ、途轍もなく秋田に甘い。
 チームの監督は、このメンバー全員が通っている道場の師範代。秋田成親《あきた なりちか》。チカの兄なのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

信仰の国のアリス

初田ハツ
青春
記憶を失った女の子と、失われた記憶の期間に友達になったと名乗る女の子。 これは女の子たちの冒険の話であり、愛の話であり、とある町の話。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ! 彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。 田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。 この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。 ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。 そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。 ・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました! ・小説家になろうにて投稿したものと同じです。

瑠璃色たまご 短編集

佑佳
青春
 企画に寄稿した作品がきっかけで、機に乗じて短編を作り続けていたら、短編集になってきました。  時系列順になってます。  ちょっとえっちもあります。  蟬時雨あさぎさん主催『第一回ゆるプロット交換会』『第二回ゆるプロット交換会』参加作品です。南雲 皋さま、企画主・蟬時雨あさぎさまのゆるプロットを元に執筆した作品たちです。 『ゆるプロット交換会』について詳しくは以下リンク▽から。 https://kakuyomu.jp/works/16816927860507898558 ©️佑佳 2016-2023

片翼のエール

乃南羽緒
青春
「おまえのテニスに足りないものがある」 高校総体テニス競技個人決勝。 大神謙吾は、一学年上の好敵手に敗北を喫した。 技術、スタミナ、メンタルどれをとっても申し分ないはずの大神のテニスに、ひとつ足りないものがある、と。 それを教えてくれるだろうと好敵手から名指しされたのは、『七浦』という人物。 そいつはまさかの女子で、あまつさえテニス部所属の経験がないヤツだった──。

青空墓標

みとみと
青春
若者の有り余る熱情の暴走の果て。

野球×幼なじみ×マネージメント=?

春音優月
青春
「目立つことも、大声を出すことも苦手。 地味に無難に生きていきたい」そう思っていたはずなのに、なぜか野球部のマネージャーになってしまって......。 内向的なヒロインが幼なじみと一緒の野球部に入部して、青春したり恋したりするお話です。 2020.08.17〜2020.08.18 幼なじみ×野球×初恋青春もの。

セキワンローキュー!

りっと
青春
活発な少年・鳴海雪之丞(なるみ ゆきのじょう)は、小学校五年生のときに親友の大吾をかばった事故により左手を失った。 罪の意識に耐えかねた大吾は転校して雪之丞の前から姿を消してしまったが、いつか再会したときに隻腕の自分を見て呵責に苦しんでほしくないと思った雪之丞は気丈に振る舞い、自分をからかう奴らなどいない状況を作ろうと決意する。その手段として、周囲を威嚇するために喧嘩ばかりを繰り返す日々を過ごしていた。  高校生になった雪之丞は、バスケ部の先輩に惹かれてバスケ部に入部する。左手のないハンデを乗り越えようとひたすらに努力を重ねていく雪之丞は急速に力をつけ、バスケにのめり込むようになる。 ある日、バスケ部の練習試合で雪之丞は強豪チームでエースとなっていた大吾と再会する。雪之丞は再会を喜んだものの、大吾は贖罪の気持ちから散漫としたプレーをした挙句にバスケを辞めると言い出した。 今までの生き方を否定されたようで傷ついた雪之丞は、やる気がなくなってしまいバスケから離れようとするが、そんな彼を支えてくれたのはーー? 隻腕のバスケプレーヤーとして、いずれ雪之丞はその名を世界に轟かせる。 伝説への第一歩を踏み出す瞬間を、ぜひご覧ください。

処理中です...