花霞に降る、キミの唇。【番外編】

冴月希衣@商業BL販売中

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Sweet, more sweet -side Kanato-

Seaside lovers #5

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「……あ、えと……」

 圧を込めた俺の問いかけに、戸惑ったような小さな声が返ってくる。

 言葉を選んでいるのか、それとも言い訳に困っているのか。

 いや、この顔は違う。これは、なぜ俺がここに現れたのか。なぜ俺に電話を奪われ、切断されたのか。その驚きと困惑に満ちた表情だ。

 俺にバレないよう内緒で電話していたのに、なぜ、という至極単純で裏のない——。

 気に入らない。余計に面白くない。

「おい、秋田の家に泊まったと言っていたな。いつだ? 俺は何も聞いてないぞ。それに、秋田に頼んだ〝アレ〟とは何だ。俺の名を出してアイツに助けを求めた案件について、隠していることを言ってみろ」

 立て続けに、言葉が迸っていく。

 苛つきと、むかつき。怒り。その全てを含んだ嫉妬心が俺の口を動かし、鋭い口調で武田に問いを浴びせていく。

 しかし当の相手は、ただただ戸惑った表情で、腕組みした仁王立ちの俺をぼうっと見上げてくるのみ。

「言えないのか?」

 わかった。もういい。

「なら、来い」

「あっ!」

 しゃがんでる相手の腕を取り、片手だけで強引に引っ張り上げる。

「ちょっ、土岐っ? えっ、また部屋に戻んの? 花火は?」

 そのままキッチンを出て二階への階段に足をかけたところで、慌て声の問いが飛んできた。

 花火? 何、呑気なこと言ってる。そんなの、後回しだ。後回し!

「どっちにしろ、お前、下駄を部屋に忘れたままだろ。取りに戻れ」

「あ……」

 冷ややかな流し目をくれてやりながら忘れ物について教えてやると、相手の目と口が同じ形に丸くなった。

 やっと思い出したのか。下駄のこと。まぁ、それを指摘した俺は、下駄どころか、浴衣も身につけてない半裸姿だが、そこは当然スルーだ。

「そのついでに、秋田に助けを求めることが『何の忘れ物』なのか、俺に事細かに説明してもらおうか。それが終わるまでは、花火大会はお預けだ」

「ええぇっ?」

 『ええぇっ?』じゃない。その原因はお前なんだぞ。ちょっと唇を尖らせたその表情かお、かなり可愛くてそそられたし、うっかりグラッときたが、俺は今、怒ってるんだ。

 花火大会は今日だけじゃない。だが、俺への隠し事は、即、明らかにさせる。

 俺以外のヤツと『ウキウキお泊まり会』なんて二度とさせないし、したいとすら思えないよう理詰めで責めてやる。

 お前と『ウキウキお泊まり』な今日を、俺がどんなに楽しみにしてたか。それについては、教えてやらないがな。





「——さて?」

 ゲストルームに戻り、ドアが閉まる音を聞いた時にはもう、武田の身体をソファーに押し込めるように座らせていた。

 じっと見つめ、ひと言、低く口にしただけで相手の顔がひくんっと引きつる。

 隣に座らず、わざと正面に立って見おろしている俺の視線で、逃がす気がないことを見て取ったに違いない。

「話せ」

「うん」

 もうひと言、追加。すると即座に首が縦に動いた。

 そうだ。素直に話せばいい。洗いざらい全て。

「え、えーと……あの、土岐?」

 いつも明るい口調のコイツにしては珍しい、少し線の細い声がここで途切れた。やや上目遣いで、俺の様子を窺うように。

 しかし、その続きをなかなか口にしない。唇を半開きにしたまま、じっと見つめてくるだけ。

 だから! それ、やめろ。

 上目遣いも半開きの唇も、なぜか紅潮してる頬も、とろんと潤んだ瞳も。全部が可愛くて、うっかり和んで許してしまいそうになるから、やめろ。今は尋問タイムなんだぞ。

「なんだ」

 基本、感情が表に現れないのをいいことに、さっと己を立て直し、精いっぱい不機嫌を装って言葉を継いだ。

 さぁ、言え。隠し事なんて絶対に許さない。特に、俺以外のヤツとの……。

「梅ジャムサイダーと、梅はちみつレモネード。今、どっちが飲みたい?」

「……は?」

 なんだ? 梅ジャム? サイダー? 秋田の件は、どこ行った?

 てっきり、秋田とのことを弁解か説明すると思い、それに対して返す言葉を用意していたのに。武田の口から出てきたのは、梅味のドリンクの名前。どういうつもりだ?

「何? サイダーとレモネード? そう言ったか?」

「うん、言ったよー。正確には、尋ねた、だけど。で、どっち? どっちが飲みたいん?」

 いや、待て。違う。会話が噛み合ってない。

「待て。お前、俺の質問をちゃんと聞いてたか?」

「へっ? う、うん。だから、俺も質問してんだけど?」

 だから、お前からの質問は要らないんだ。それを理解しろ。

「いや、違うだろう。俺が聞いてるのは、さっきの電話の件だぞ」

「うん。だから、俺もその件を正直に喋ってんだってば!」

「あ? お前、何を言って……」

 ここで、不毛なやり取りを俺が切った。

 正直に喋ってると言うが。お前、何も言ってないだろうが。お前の口から出てるのはドリンクの名称だけだと、なぜ気づかない?

 時折、かなり突飛な話題を振ってくることがある楽しい武田だが、ここまで噛み合わないことは今までなかった。

 どうする? まずは、理路整然という言葉についての説明から入るべきか? いやしかし、そんな暇は……。

「えーと……あっ! ちょい待っててっ」

 高速で思考を巡らせていた俺の視界の中で、不意に相手が立ち上がった。一直線に自分の旅行バッグに向かい、その中から何かを取り出して戻ってくる。

「土岐! はい、これ! これを見てくれよっ」

 そして、両手で掴んだ物体を差し出してきた。

「何だ、それは」

「えっ、見てわかんねぇの? 梅ジャムだよ」

 いや、わかってる。そのビジュアルは俺もよく知ってる。母さんがたまに作るジャムで、うちの冷蔵庫にも入ってる。

 が、俺の疑問は、その瓶詰めのジャムをなぜお前がここで俺に差し出してくるか、ってことなんだが。

「今夜のために秋田に教わって作ったんだ。花火を観ながらふたりで飲む、慎ちゃん特製ラブラブドリンクの材料だよーん。これと他の材料との配分がちょい心配でさぁ。花火が始まる前に、秋田に教わろうとしてたんだっ」

 あ……。

 俺の眼前に、手にした容器をグイッと突き出し、得意げに胸を張った武田の言葉。それを最後まで聞いて、一瞬、呼吸が止まる。思考も止まる。

「はぁぁ……」

 けれど、すぐに大きな溜め息が零れ出ていく。

 『慎ちゃんお手製ラブラブドリンク』って……なんだ、そのベタな名称は。

 肩の力も抜けた。

 なんだ、それ。今夜のため? 花火を観ながらふたりで飲むドリンクの材料? じゃあ、それ全部、俺のためじゃないか。俺が梅味のものを好きだから、だろ?

 俺の好物を今夜サプライズで作るための準備をこっそり行うために、お前は秋田と……。

「はぁ……」

 緩く首を振りつつ、もうひとつ溜め息。駄目だ。眩暈がしてきそうだ。

 そのまま武田に背中を向け、部屋の端のベッドまで移動。無言で歩く俺の後ろを同じく無言で武田がついてきてることは気づいてるが、振り向かない。

 一気に取り払われた不信と怒り、嫉妬心の代わりに込み上げてくる、眩暈がするほどの喜びと照れにまみれている俺の顔は、正面からは決して見せられない。

 全ては俺のためだったというのに、我を忘れて電話を取り上げて勝手に通話を切ったり。慌てて階段から落ちかけたり。

 そんな自分をなかったことにしたい俺の顔は、断じて見せられない。


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