花霞に降る、キミの唇。【番外編】

Sweet, more sweet －side Kanato－

『女子力』と『メガネ愛』 #１

「——おい、土岐とき！」

　一時限目が終わり、次の授業のために教材を揃えていた机が、突如、両手で思いっきり叩かれた。

「高階たかしな、うるさい。何の用だ」

　ダンッと、迷惑な音を立てて人の机を揺らしたヤツは、隣のクラスの高階だ。

　勢いよく戸を開けて教室に入ってきた姿は見えていた。てっきり従兄弟の一色いっしきに会いにきたんだとばかり思っていたら、真っ直ぐ俺のところに来て、いきなりのこの暴挙と怒鳴り声。

「お前の目は、節穴かっ！」


　——ダンッ、ダンッ！

　しかも、机を激しく二度叩きながらの喧嘩腰の怒鳴り声が、重ねて落ちてくる。

「……なんのことだ？　話は聞くから、ちょっと落ち着け。そんな大声を出したら皆の迷惑だろう」

　普段、穏やかに微笑んでることの多いコイツが、こんな風に激しい一面を露わにしてるなんて珍しい。

　高飛車な女王様気質を余裕綽々なふんわり笑顔の下に、しれっと隠してるコイツが。

　他のヤツに同じことをされたら、俺の目も、即、据わってたろうが。高階がこんな風になるほどの何を自分がしたのか、それを聞くべきだと思った。

「あ、いきなり悪い……でもさっ。アイツ、めちゃめちゃ裏表あるじゃん。なんでお前、あーんな、いけすかないヤツを可愛がってんだよ」

「アイツ？」

　俺の言葉でエキサイトしすぎてた自分にやっと気づいたのか、小さく謝りながら空いてる隣の席にサッと腰かけた高階だったが。高階の言う『裏表のある、いけすかないヤツ』の心当たりが、俺にはない。

　俺が可愛がるのは、たったひとり。どこまでも純粋で綺麗な心の持ち主————大切な恋人だけだ。

「宇佐美うさみだよ。中等科のっ」

「宇佐美？　宇佐美が、どうした？」

　高階が名を出した宇佐美うさみ柊しゅうは、中等科の三年。たまにシュート練習を見てやってるだけの部の後輩だ。

　少し性格に難があるのは知ってるが、アイツがどうしたんだろう。

「アイツ。今朝、怪我した武田に暴言吐きまくってた。見下しきって、『ウザくて邪魔だ』っつって思いっきり貶めてたぞ」

「なんだと？」

　武田に？

「知らなかったろ？　あの小動物、とんでもない裏表ちゃんだぞ。俺が乱入しなかったら、武田のヤツ、言われ放題のまんま最後まで苦笑しながらじっと聞いてたに決まってる！　置き土産に、鼻水引っかけられてたかもしれない」

　あー。その光景は、ものすごく想像がつく。

　いや、鼻水云々はともかく、だが。俺の恋人は途轍もなく善良で真っ正直、馬鹿みたいに優しくてお人好しなんだ。

　きっと、こんな光景だったに違いない……。








イラスト：香咲まり様