いい子で待て

冴月希衣@商業BL販売中

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第三章

絶望と希望【5】

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「何も心配すんな。それくらいの年数、俺は待てるし。国を隔てていても連絡ツールはいくらでもある時代だぞ。というか、この話、高校の卒業式で既にお前に言ってあるんだが、まさか忘れたか?」
「わ、忘れてない。覚えてる。『海外修業はいつでも、好きな期間、行っていい。俺が会いに行くから』って、腕時計くれた時に言ってもらった。ちゃんと覚えてるよ」
「おう、きっちり覚えてんじゃねぇか。そのわりに、修業のことを隠したり不安そうにしてたな。なんでだ?」
「それは……」
 今日、何度目だろう。ハキハキと明朗な会話をするチカが、また声を詰まらせる。
 壱琉の問いかけは、チカがひた隠しにしてきたウイークポイントを正確に突いた。答えるべきだとわかっているのに、その言葉を言うのが怖くて、ただ壱琉を見つめる。
「言えないか? まぁ、それでもいい。俺が言ったことをちゃんと覚えてたお前に、俺が別の言葉を言ってやるだけだ」
 別の言葉?
「チカ、お前は俺の希望だ。俺は自尊心の塊だが、俺自身は俺のことを欠片も好きじゃない。お前が全身全霊で俺を好きでいてくれるから、自分を認められるようになったところがある。つまり、お前だけは手放せない」
 いっちゃん……。
「というわけで、『何年でも修業してこい』という宣言でお前の足枷は外してやるが、この〝手枷〟は生涯有効だぞ。絶対に外してやらねぇからな。覚悟しとけ」
 手枷、と告げながら壱琉が掴んだのは、チカの左手。かつて彼が所持し、チカに譲った腕時計を、つーっと中指でなぞりつつの凄絶な笑みが小柄な恋人に降った。

 手枷? いっちゃん、今、手枷って言った? 聞き間違いじゃないよね?
 チカにくれた腕時計は、〝あの時点からずっと〟、いっちゃんにとって『手枷』って認識だった? チカを自分に繋ぐための……。
「ふはっ! あはははっ!」
「あ? おまっ、ここで笑うか? 自分で言うのもアレだが、壱琉様の今日一番の決め台詞に爆笑かますとか、ふざけんなよ」
「ごめんっ。ごめんね、いっちゃん。でも、いっちゃんが凄み満載の綺麗な笑みで言ってくれたことを笑ったんじゃないんだ。チカが吹っ切れただけなんだよ。いっちゃんの決め台詞のおかげで」
 そうだ。今、吹っ切れた。渡欧することで感じていた引け目も、壱琉との未来が壊れることに対する恐怖も苦悩も、全て吹き飛んだ。
「ありがと。いっちゃん。大好き!」
 もうチカの中には、負の感情はいっさい残っていない。
「あのね。今更だけど、さっきの答えを言うよ。海外修業のことを隠してた理由はね、離れてる間にいっちゃんとの繋がりが切れちゃうかもって恐怖があったからなんだ。そんなことを考えてる自分を知られたくなかった。いっちゃんを信じてるけど不安だったから答えられなかった」
「だろうと思った」
「バレバレだったんだよね。でも、もう大丈夫。この腕時計があるから」
 手枷で構わない。いっちゃんがくれる物は何でも貰う。一生の宝物だ。


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