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第三章
絶望と希望【1】
しおりを挟む柔い冬の陽射しは、傾くのが早い。
「ぁ……んっ」
キスを交わす恋人たちに降る夕光も、わずかな時間で色を変えていく。
「力、抜け」
低く命令を下すチカの恋人の輪郭が、だんだん暗くなる。
「いっちゃ……」
はだけられた襟元に顔を埋める恋人を呼ぶチカの声も、昼間とは段違いに甘い。
「よし、上書き終了。飯、食うか」
甘いひと時は、中低音のぶっきらぼうな美声によって終わりが告げられた。チカの体感では、キスタイムは短時間で終わった感覚だ。
もしかしたら、恋人は腹をすかせているのかもしれない。午後になって宮城邸を訪れた自分に彼が言った、『昼飯は済ませた』というのは嘘で、食事をとるのも忘れて執筆していた可能性をチカは思った。
あーあ、これだから、いっちゃんは。全くぅ。
脱力しきりだ。
レンジで解凍するだけで食べられるメニューを何種類も冷凍庫に常備してあるっていうのに、それさえ億劫がってやらないんだもん。だから心配なんだよ。
「ところで、チカ。念のために言っておくが、今日の上書き、一箇所だけじゃないから後で怒るなよ」
「えっ? ちょっ……あーっ、三箇所もキスマついてる! いっちゃん、何してくれてんのっ?」
シャツのボタンを留め終わった瞬間に言われた言葉に即座に反応。素早く確認すると、壱琉の言う通り、さっき行われた〝上書き〟の箇所が増えていた。
くっきりと朱い痕が三つ、鎖骨の上部に散らばっている。ぼーっと受け入れていたから、気づけなかった。
「なんとなく、今日は数を増やしたくなった。一応報告したんだから怒るなって」
「一箇所だけって約束じゃん。もう、これじゃ、丸首のセーターとか着られないよー」
「大丈夫じゃね? その辺は上手く調節したし。見えるか見えないか、絶妙な場所につけるのがマーキングの醍醐味だからな」
螺旋階段横の姿見でキスマをなぞり、抗議するチカに、ふてぶてしくも綺麗なドヤ顔が悪びれずにまたキスを落としてくる。
マーキングの醍醐味って。そんなニッチな醍醐味、追求しなくていいんだよっ。
唇を塞がれてしまったから、身勝手な恋人への抗議は内心だけで消化だ。
ま、いいか。冬だし。キスマの三つや四つ、五つや六つ、上手く隠せばいいだけだよ。はいはい、許しまーす!
高校卒業まで、『まるで天使のような』と誰からも形容されてきたチカだったが。こと壱琉に対しては、天使というより聖母に近い感覚で慈悲を与えている。
二つ年上の宮城壱琉、チカ目線では手のかかる困った子、という扱いだ。
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