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第七章

花霞にたゆたう君に−To the future−【2−2】

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「俺が、正直に口に出したことが原因なのは、わかったけど。でも、涼香もなかなかだよね」
 すり、と、額を合わせて。紡いだ声は少しかすれていた。
「こんな風に煽られたら、抑え、きかなくなるでしょ?」
「そんなことっ」
「もう、黙って」
 すぐ近くから聞こえる、愛しい声。そのことが、涼香の唇も同じ距離にあることを俺に教えている。
「それ以上、可愛いこと言わないで。止まれなくなるから……ね?」
 理性を総動員して、身体を引いて。「え?」という表情のまま固まってしまった、真っ赤な顔を見下ろした。
「それに。ここ、公園だしね」
 からかい気味に笑いかけた後、目線を横に流すと、こちらをチラチラ見ながら下校していく数人の生徒たちの中に、秋田の姿を見つけた。涼しげに笑って、ひらひらと手を振って通り過ぎていく。
 早く、帰れ。
「チッ、チカちゃっ……」
 涼香も秋田を見つけたのか、首筋まで真っ赤にして、その名を口にした。
 綺麗な栗色の髪が、さやさやと垣根の葉を揺らす風に、ふわりと煽られて。普段は髪に隠れている部分が、俺の目の前で露わになっていく。
 たおやかに、細い首筋。雪よりも白い肌がブラウスの襟元まで朱に染まっている様は、どうにも艶めかしくて。理性で抑えたはずの欲求を満たしたくて堪らない衝動に、再びかられてしまう。
「涼香……」
「か、か、奏人っ! み、みいぃっ! ど、ど、ど、ど、どぉーっ!」
 秋田の後ろ姿を追いかけていた目線を俺に戻すべく、ほっそりとした顎に指をかけた途端。泣きそうな表情の涼香に、それを思いっきり振り払われて、しがみつかれた。俺の胸ぐらを締め上げるようにして。
「涼香、落ち着いて?」
 俺の制服の襟をきゅっと掴んでる涼香の手を覆って、なだめるようにさすりながら、目線を合わせて落ち着かせる。
「大丈夫。何人かには見られてたけど、どうってことないよ」
「うぅぅ……ほんと?」
 ここで「嘘」って返さないところが、この子の良いところだな。まぁ、俺としては「ほんと?」って聞かれたほうが、返答に多少の罪悪感を感じてしまう。
「ほんとだよ。ここを通っていったのは、ほんの数人だけだから大丈夫」
 実のところ、「大丈夫」な人数では全然ないからだ。
 けど、これでいい。意図してたわけじゃないが、結果的に見せつけたことにはなるな。この子が、俺の彼女だということを。
「ねぇ。今の返事、ちょっと間が空いてたけど?」
 お、鋭い。一筋縄じゃいかないか? なら、作戦変更。
「そんなことよりもさ。俺、嬉しいんだけど」
「え、何が?」
「名前だよ。涼香。俺の名前、噛まずに言えてるって気づいてた?」
「あ、それは……だって、奏人が」
「俺が、何?」
 言い淀む涼香。同時に、襟を掴む手の力が緩んだ。その瞬間を逃さずに、その両手を俺の手の中に閉じ込める。
「言って?」
「だって奏人が……イジワル言うから」
「俺? そんなこと言った? 何、言ったっけ?」
「うぅ……そういうとこが、ものすごくイジワルなんだってばぁ」
 あ、俯いてしまった。
「ふふ……ごめん。やりすぎた?」
 俺に両手を預けながら目線を泳がせてる様子が可愛くて、ついやりすぎたようだ。

「本当にごめんね? お詫びに、〝俺も罰を受けるから〟」
 でも、離せない。自分勝手な詫びを入れて、その頬に唇を押し当てた。
「これで許してくれる?」
「かなっ! ここ、こ、こっ、公園っ」
「大丈夫。ちゃんと手で隠したから、誰にも見えてないよ?」
「え……ほんと?」
「もちろん」
 嘘だけど。
「奏人。植物園でも、おんなじこと言ってたよ? 手で全部隠れるもんなの?」
 俺を疑ってはいないが、疑問符でいっぱいという表情が返ってくる。
「ん? そうだった?」
 なかなか手強い。
「あの時も『絶対、大丈夫』って、奏人言ってたけど。ほんとに、ものすごく! ものすごく恥ずかしかったんだからね?」
 しかも、あの日の俺の無茶ぶりにも突っ込みが入った。
 涼香が口にした、あの時。GW前半に、ふたりで行った植物園でのやり取りを思い出す。俺たちの、初デートの日だ。
「あの時、そんなに恥ずかしかった?」
「あ、当たり前よっ。だって……だってっ」
「何?」
「い、言わないっ」
 ふふっ。言ってくれればいいのに。
 GWの連休の後半は、家族での奈良旅行が決まっていた俺は、連休の前半に涼香と植物園に出かけた。
 つき合いだして、まだ半月足らずの俺たちだが。普段の休日は部活や練習試合、それに剣道の稽古があったりで、学校以外でふたりで過ごす時間をなかなか持てずに、いわゆる休日デートというものが出来ていなかった。
 初めてということでもあるし、俺はこういうことに疎い。だから行き先は涼香に委ねたら、ここがいい! と即座にスマホで検索してみせてくれたのが植物園だった。
「あの日の涼香、すごく可愛かったよ」
「かか、かっ?」
「ふふっ。落ち着いて?」
 包み込んだ両手をポンポンと優しく数回叩いた後、また、きゅっと包み込んだ。
 レース仕立ての真っ白なワンピース姿で、色とりどりの花々に囲まれていた涼香を思い出す。
 妖精のようなその姿は、まるで出逢ったあの朝を彷彿とさせて、何とも言えない心持ちにさせられた。だからだろうか。あんな無茶ぶりをしてしまったのは。
「意地の悪い提案をしたのは、そのせいかもしれないね。あの時は、ごめんね?」
 植物園でのデート中、涼香に提案したこと。その成果。思い出す度に口元が緩む。


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