花霞にたゆたう君に

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第六章

花霞にたゆたう君に − memories −【1−2】

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「かっちゃん、ありがとね。一月はママも忙しいし。言いにくいなと思ってたから、嬉しい!」
「あぁ。年明けは、幸音ゆきとの発表会があるからな」
 年明け早々には、弟の幸音のピアノの発表会がある。
「わりと大きな発表会なんだってね。ゆきちゃん。ピアノ、すごく頑張ってるんでしょ?」
「ん。毎晩、遅くまで弾いてるよ」
「えらいなぁ。まだ小二なのに。ママにね? 年明けはゆきちゃんの発表会のほうを優先して、終わるまでは来なくていいよって、今から言ってあるの」
 ゆっくりとベッドから下りて。窓に向かって立った背中から、平坦な声が聞こえてきた。

「私、ゆきちゃんには悪いと思ってるんだ。いつも私がママを独り占めしちゃってるから……」
 名前の通り、冴えた鈴のような響きを持つ歌鈴の声。それが、平坦な口調から徐々にか細く、尻すぼみになっていく。
 月の半分は、歌鈴の病室に泊まり込む母さんに気を遣ってること、知ってる。そのことで、幸音や俺に遠慮してることも気づいてるよ。
 けど、それはお前のせいじゃないだろ?

「あぁ、この辺りの山も少しずつ色づいてきたな」
 歌鈴の心情には何も気づかないふりで、同じように傍に立って窓からの景色を一緒に眺める。
「なぁ。一月に見たいっていう発掘報告の展示って、ここから見える遺跡のもあるのか?」
 そっと抱いた肩が一瞬ぴくりと震えたが、それにも素知らぬふりをする。
「どうかな? ここから見えるのはメジャーなところばっかだからね。あ、でもほんとは、あそこや明日香村の資料館にも行きたいんだけど」
 歌鈴が、あそこ、と指差したのは藤原宮跡。この個室の窓からは藤原宮跡や、遠く大和三山の天香具山を望むことが出来る。
「そうちゃん先生が教えてくれたんだけどね? 今度、あそこの資料館で壁画古墳の講演があって、講師がなんとさかき先生なんだって。聞きたいなぁ。会いたいなぁ」
 先生と呼んではいるが、榊という人物は医師じゃない。十束先生の親戚で、考古学研究の第一人者、らしい。俺はよく知らないが、歌鈴が「おじいちゃんだけどイケメン! カッコいい!」と騒いでる。
「それも行けばいいじゃないか、俺と」
 俺が連れて行ってやる。お前が望むこと、全部叶えてやるよ。
「かっちゃーん……かっちゃんてさぁ。ほーんと、もったいないことしてるよねぇ」
 斜めに見上げてきた視線。これ、どう言えばいいんだろう。慰めるような。諦めるような。いや、残念そうな? 何とも言えない、表現しにくい目線が、じとっと向けられてきた。

「何のことだ?」
「何のことって。さっきのアレよ! 『俺と行けばいいじゃないか』の時の笑顔よ!」
 笑顔が、何? 笑ったらいけなかったのか?
「妹相手に破壊力発揮して、どうすんのって言ってんの! もうっ!」
 は? 何を発揮したって?
 少しイラついたように片足を一回、トンと床についた歌鈴の身体の揺れが、抱いた肩から伝わってくる。何を、怒ってるんだ?
「あーあ、全くもう! かっちゃんには、つき合いきれないわ。ほんと、もったいない。もったいない」
 呟きながら、するっと俺の手からすり抜けてベッドに戻っていく。そのまま壁に向かって横になった背中が、「はぁぁ」と、大きく息を吐いて静かになった。
「ねぇ、かっちゃん。かっちゃんが、心から『大好きだ』って思える女の子。その子に早く出逢えるといいね」
 少しの沈黙の後、丸まった背中から細い声が飛んできた。
「かっちゃんなら。きっと、すぐに両想いになれるよ?」
 ずるずると掛布団に埋もれていきながら、こもった声に変わっていく。
「こんな風に、私ばっかり良い思いさせてても仕方ないんだからね? こういうのを、宝の持ち腐れって言うのよ。わかった?」
「あー、うん。わかった」
 たぶん、な。
 ここは「わかった」と返しておくべきだ。うん。それくらいは俺にもわかる。

「かっちゃーん。それでねぇ……」
 俺が同意をしたことで話は終わると思っていたんだが、そうではなかったようで。埋もれていた布団から、にょきっと目だけを出して呼びかけられた。
「あのね? もしも、もしもよ。かっちゃんが両想いになれてね? 相手の彼女がいいって言ったら、私と会わせて?」
 痩せた手が、掛け布団をきゅっと掴んでいる。鼻から下は布団で隠れているため、変わらずに声はこもったままだ。
「いーっぱいお話したいこと、あるの。〝恋する〟って、どんな気持ちかとか。教えてもらうんだぁ。きっと、すごーく、ふわっふわなんだろうねぇ」
 そっと瞳を閉じて、歌うように伸びた語尾。こもった声なのに、なぜか脳内でリフレインするように響いていった。

「わかった。その時は、お前に紹介すればいいんだな?」
「うん。お願いね」
「約束するよ。けどその前に、幸音を連れてくるな? クリスマスに」
「あっ、うん! ゆきちゃんに会いたいよっ!」
 幸音の名前を出した途端、布団から勢いよく顔を出してきた。表情までが、パァッと明るくなってる。
 ふっ。現金なヤツだ。
「ゆきちゃんと一緒にケーキ食べるの! モンブランとぉ、ティラミスとぉ。かっちゃんとは、抹茶ムースね!あ、ちゃんとブッシュドノエルも食べるよん」
「それ、全部、当日に用意しろってことか?」
「いいでしょ? かっちゃんは、私のサンタさんなんだから」
「いつ決まったんだ、そんなこと」
「細かいことは気にしなーい。クリスマス、楽しみにしてるね!」
「あぁ。また一緒に家族で過ごそうな」
 幸音は、お姉ちゃん大好きだしな。俺も楽しみだよ。


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