48 / 69
第五章
君に、捕らわる 【11−1】
しおりを挟む「あの、土岐くん? 私、眼鏡姿がって、さっき変なこと言っちゃって。あの、その……」
あ、しまった。
両手を振り、焦って話しかけてくる相手の様子で、わかった。俺が黙ったままだから、気を悪くしたと勘違いしたのだろうと。
「いや、変なことじゃないよ。嬉しかった」
「え? あ、そう?」
「うん」
「良かったぁ。サングラス姿もすごくカッコ良かったけど。私はこっちのほうが好きだから」
「え?」
「……あっ!」
もう、この子は。本当に……どれだけ俺を揺さぶれば気が済むんだろう。どうしてやろうか。
胸の奥の、一点。そこに、決して消えない火がつけられたような気がした。
「ねぇ。そんなに好き? 俺のこと」
「え? あの、えと……」
「ちゃんと言って? 聞きたい」
ねぇ、わかってる? 揺さぶられて、それで終わりじゃないんだよ。男は。
こんな風に煽っておいて。くすぐっておいて。ただで済ませるなんて、思ってないよね?
「いつから、俺のこと好き?」
真っ赤になってしまった頬を、右手でするりと撫でて。左手で、うなじにかかる髪を掬って絡めた。
「あの、あの……」
目線を外せないように、顔を近づける。
「教えて?」
逃がさないよ?
「言ってくれないの?」
頬から指を滑らせ、下唇に触れて、ゆっくりと親指の腹でなぞって駄目押しをした。
「……初めて逢った時からって。さっき言った、よ?」
初めて逢った時? 転入の挨拶をした、始業式のあの時か。
春のあの花吹雪の中。ひと目見て、忘れられない存在になったもう一度、逢いたくて堪らなくて。何度も家の前を走って、でも逢えなくて。そんな時に、転入生として俺の前に現れてくれた。あの時?
再会出来た衝撃と喜びで、馬鹿みたいに反応してた俺を? 君の挨拶を遮って、ぶち壊しにした俺を? あの時から、好きになってくれたの?
俺にとっては、まさに天にも昇る心地。有頂天にさせられる言葉だったが。彼女にとっては恥ずかしすぎる告白だったのか、それとも俺が調子に乗って苛めすぎてしまったのか。目元にじわりと滲んできた涙に、ひどく慌てた。
しまった。やりすぎたか。
「ごめん。無理やり言わせて」
そっと涙を拭って、目を合わせて謝る。
「あ、違うのっ。好きなのは、私だけじゃなかったんだって思ったら、嬉しくて。嬉しすぎて、ね?」
ぷるぷると首を振って、真剣に伝えてくれる。あぁ、本当にこの子は。何度、俺の欲しい言葉をくれる気なんだろう。
君、わかってないよね? そんなに甘やかしたら駄目なんだよ。男なんて馬鹿だから、簡単に調子に乗ってしまうじゃないか。
「ねぇ、キスしていい?」
「……えぇぇっ!? こ、ここでっ?」
五秒ほど沈黙した後。左右を何度も見ながら、驚きの声があげられた。
あ、気づいてはいたんだな。俺たちの少し横を滑っていくスキーヤーたちの存在に。
「駄目?」
でも、俺には関係ない。むしろ、見せびらかしたい。俺の大好きな子が、俺に応えてくれているところを。
「だ、だ、だ、駄目っ……じゃないけど! 無理、ですっ」
ふっ。どっちなんだ?
「どっち? しても、いいの? 駄目?」
真っ赤になってしまったその頬に、指先を添えて。グーの形に握り込んだ手を、ぷるぷると震わせてる愛しい子に答えを促す。
つ、と頬から顎に指を滑らせて。ほんの少しだけ力を入れて上向かせた。
スキーウェアの襟元から、少しだけ覗いた、首筋。初めて見る、白い喉の艶めかしいラインに、心臓が跳ねる。ドキドキと疼くそれを、何とか押し込めて。
「俺は、したいんだけど?」
紅潮した頬に唇が触れるギリギリまで近づいて、囁いた。
「だ、だからぁ」
すぐ近くから、弱りきった声が耳に届く。
「こ、ここじゃ……嫌、なのぉ」
何だ、この破壊力は。朱に染まった頬と、うるうると揺れる瞳。薄桃色の唇は、かすかに震え続けて。そこから零れる白い吐息が俺の耳をくすぐった。
『ここじゃ、嫌』
この言葉に込められた意味に、理性が飛びそうになる。
けど、それよりも。大事にしたい気持ちのほうが勝る。彼女から告げられたのは、拒絶ではないのだから。
「ごめんね。俺、がっつきすぎてたね」
「え? あ、違うの。そういうつもりじゃ」
大丈夫。俺を受け入れてくれてるって、ちゃんと伝わったよ。
「うん、わかってる。――ありがとう。嬉しいよ」
自然に手が伸びて、小さなその肩をそっと抱き寄せていた。
至福って、こういうことか。こんなに幸せな気持ちにさせてくれて、ありがとう。
「と、土岐くん? あの……」
「もう少し、じっとしてて? あと少しだけ」
もぞもぞと居心地悪そうに動く相手を腕に閉じ込めて。穏やかな、優しい気分に浸る。
けど、このままで済ませたくない男心もわかってくれないかな?
10
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。


坊主の誓い
S.H.L
青春
新任教師・高橋真由子は、生徒たちと共に挑む野球部設立の道で、かけがえのない絆と覚悟を手に入れていく。試合に勝てば坊主になるという約束を交わした真由子は、生徒たちの成長を見守りながら、自らも変わり始める。試合で勝利を掴んだその先に待つのは、髪を失うことで得る新たな自分。坊主という覚悟が、教師と生徒の絆をさらに深め、彼らの未来への新たな一歩を導く。青春の汗と涙、そして覚悟を描く感動の物語。
拝啓、お姉さまへ
一華
青春
この春再婚したお母さんによって出来た、新しい家族
いつもにこにこのオトウサン
驚くくらいキレイなお姉さんの志奈さん
志奈さんは、突然妹になった私を本当に可愛がってくれるんだけど
私「柚鈴」は、一般的平均的なんです。
そんなに可愛がられるのは、想定外なんですが…?
「再婚」には正直戸惑い気味の私は
寮付きの高校に進学して
家族とは距離を置き、ゆっくり気持ちを整理するつもりだった。
なのに姉になる志奈さんはとっても「姉妹」したがる人で…
入学した高校は、都内屈指の進学校だけど、歴史ある女子校だからか
おかしな風習があった。
それは助言者制度。以前は姉妹制度と呼ばれていたそうで、上級生と下級生が一対一の関係での指導制度。
学園側に認められた助言者が、メンティと呼ばれる相手をペアを組む、柚鈴にとっては馴染みのない話。
そもそも義姉になる志奈さんは、そこの卒業生で
しかもなにやら有名人…?
どうやら想像していた高校生活とは少し違うものになりそうで、先々が思いやられるのだけど…
そんなこんなで、不器用な女の子が、毎日を自分なりに一生懸命過ごすお話しです
11月下旬より、小説家になろう、の方でも更新開始予定です
アルファポリスでの方が先行更新になります
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる