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第五章

君に、捕らわる 【7−2】

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「聞こえなかったの? 土岐奏人くんはどこですか?」
 俺の顔を見ながら、わざと声が張り上げられた。この人、意地が悪いにも程があるな。
「はい。ここに居ます」
 眉が寄りそうになるのを堪えながら、平坦な声で返事をした。
「あら、そこに居たのね。良かったわ」
 すると、明らかに作り笑いとわかる笑顔が向けられた。全く、わざとらしい。

「さあ、サクサク行くわよ。皆、ついて来てね」
 きびきびとした動きでリフトに向かう後ろ姿に皆で続く。
「おっ、みいちゃん。今日はこっちの仕事かい? 子どもたち相手なんだから、厳しいのも程々にしときなよ」
 係員にパスを見せてリフト待ちの列に並ぶと、リフトの乗降の整理をしている係員が先生に話しかけてきた。この先生の指導の厳しさが有名なのだとわかる言葉に、なぜか少し笑いが込み上げてくる。
「野々村さん、おはようございます。生徒たちの前で、人聞きの悪いこと言わないでくださいよー」
「ありゃ、営業妨害になっちまったか? すまんなぁ」
 野々村さんと呼ばれた壮年の男性は、謝罪つつ、大きく破顔。
「君たち、中学生? みいちゃんは厳しいけど腕は確かだから、講習が終わる頃には目に見えて上達してるはずだよ。皆、頑張ってな!」
 励ましのつもりだろうが、これからの時間が過酷なものになると予言されたようなものだ。上級者コースを選んだ以上、俺としてはそれは望むところなんだが。今となっては、ここに彼女が居なくて良かったと思うべきなんだろうか。
 体育会系のスパルタ指導を受ける姿は、白藤さんには似合わない。いや。それでも、やっぱり一緒に過ごしたかったな。

「ねぇ、君? 昨日、私が投げかけたものに対する答えは出た?」
 先生とリフトに乗りこんで早々、不意にされた質問。
「答え、ですか?」
 あぁ、そう言えば……昨日、そば打ちを終えて別れる前に言われたな。アドバイスとも念押しとも言っていたが、正直、何を伝えたいのか全然わからなかった。
 というより、もう二度と会わない相手だと思っていたし、そんなに重要な事柄として記憶していなかった、が正しい。おまけに、昨日はとんでもないことが起きて、そんなことを思い出してる暇もなかったんだ。
「ちょっと! 聞いてるの? S顔くん!」
「あ……」
 先生が横から覗き込むように俺を見ているのに、やっと気づく。
 傾けた顔は、不快そうに眉が寄っている。しまった。昨日の彼女の姿や表情ばかりを思い出して、いつの間にか俯いていたようだ。
「すみません。考え事をしていました」
「何、そのしれっとした言い訳。もう、いいわ。リフトも着いちゃうしね」
「はぁ、すみません」
 別に、しれっとしてなどいないんだが。昔から、表情が乏しいせいで、たまにこういう誤解を受けることがある。
 まぁ、大方がどうでもいい相手だったりするから、俺もわざわざ訂正したりなんてしない。今のように、あまり心がこもっていないとわかる謝罪の言葉を並べるだけだ。
「はぁ……君ね。そういう、全てを諦めてるみたいな表情で心にもない謝罪なんてしちゃ、駄目よ。子どものくせに」
 ずばり、と。俺の思考の中心に鋭い切り込みが入れられた気がした。

「先生。今のお言葉は……」
「あら、もう上に着いちゃうわね。じゃあ、この続きはまた後で」
 思わずすぐに反応してしまったが、その後が続かず声を途切れさせると、あっさりと「後で」と切り捨てられた。
 まぁ、俺も今はこの会話が終わってくれて助かった気がしてる。が、曖昧なままの消化不良感に、すっきりしないのも確かだ。
「はい」
 そして、この返事は求められてないと知りつつ、それでも一応、口には出した。
「――さぁて! チャキチャキ滑ってもらうわよー。はい、まずは土岐くん。ピューッと行ってらっしゃーい!」
 元気よく両手を同時に振り上げて、スタートを盛り上げてもらったが。
「いえ、普通に滑ってきます」
 この先生の高いテンションに合わせるのは無理だ。
「ノリの悪い子ねぇ。まぁ、いいわ。ね、あそこ見て? あの赤い旗のところまで滑って、そこで待っててくれる?」
「わかりました」
 先生の指差した旗は、リフトに乗った場所と今居る地点とのちょうど中間になっている。まず、フォームを背後から見た後、他の角度からもチェックするんだろう。
「スタートしていいですか?」
「はい、どうぞー」
 承諾の声を合図に、ストックに力を込め、飛び出した。


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