35 / 69
第五章
君に、捕らわる 【7−2】
しおりを挟む「聞こえなかったの? 土岐奏人くんはどこですか?」
俺の顔を見ながら、わざと声が張り上げられた。この人、意地が悪いにも程があるな。
「はい。ここに居ます」
眉が寄りそうになるのを堪えながら、平坦な声で返事をした。
「あら、そこに居たのね。良かったわ」
すると、明らかに作り笑いとわかる笑顔が向けられた。全く、わざとらしい。
「さあ、サクサク行くわよ。皆、ついて来てね」
きびきびとした動きでリフトに向かう後ろ姿に皆で続く。
「おっ、みいちゃん。今日はこっちの仕事かい? 子どもたち相手なんだから、厳しいのも程々にしときなよ」
係員にパスを見せてリフト待ちの列に並ぶと、リフトの乗降の整理をしている係員が先生に話しかけてきた。この先生の指導の厳しさが有名なのだとわかる言葉に、なぜか少し笑いが込み上げてくる。
「野々村さん、おはようございます。生徒たちの前で、人聞きの悪いこと言わないでくださいよー」
「ありゃ、営業妨害になっちまったか? すまんなぁ」
野々村さんと呼ばれた壮年の男性は、謝罪つつ、大きく破顔。
「君たち、中学生? みいちゃんは厳しいけど腕は確かだから、講習が終わる頃には目に見えて上達してるはずだよ。皆、頑張ってな!」
励ましのつもりだろうが、これからの時間が過酷なものになると予言されたようなものだ。上級者コースを選んだ以上、俺としてはそれは望むところなんだが。今となっては、ここに彼女が居なくて良かったと思うべきなんだろうか。
体育会系のスパルタ指導を受ける姿は、白藤さんには似合わない。いや。それでも、やっぱり一緒に過ごしたかったな。
「ねぇ、君? 昨日、私が投げかけたものに対する答えは出た?」
先生とリフトに乗りこんで早々、不意にされた質問。
「答え、ですか?」
あぁ、そう言えば……昨日、そば打ちを終えて別れる前に言われたな。アドバイスとも念押しとも言っていたが、正直、何を伝えたいのか全然わからなかった。
というより、もう二度と会わない相手だと思っていたし、そんなに重要な事柄として記憶していなかった、が正しい。おまけに、昨日はとんでもないことが起きて、そんなことを思い出してる暇もなかったんだ。
「ちょっと! 聞いてるの? S顔くん!」
「あ……」
先生が横から覗き込むように俺を見ているのに、やっと気づく。
傾けた顔は、不快そうに眉が寄っている。しまった。昨日の彼女の姿や表情ばかりを思い出して、いつの間にか俯いていたようだ。
「すみません。考え事をしていました」
「何、そのしれっとした言い訳。もう、いいわ。リフトも着いちゃうしね」
「はぁ、すみません」
別に、しれっとしてなどいないんだが。昔から、表情が乏しいせいで、たまにこういう誤解を受けることがある。
まぁ、大方がどうでもいい相手だったりするから、俺もわざわざ訂正したりなんてしない。今のように、あまり心がこもっていないとわかる謝罪の言葉を並べるだけだ。
「はぁ……君ね。そういう、全てを諦めてるみたいな表情で心にもない謝罪なんてしちゃ、駄目よ。子どものくせに」
ずばり、と。俺の思考の中心に鋭い切り込みが入れられた気がした。
「先生。今のお言葉は……」
「あら、もう上に着いちゃうわね。じゃあ、この続きはまた後で」
思わずすぐに反応してしまったが、その後が続かず声を途切れさせると、あっさりと「後で」と切り捨てられた。
まぁ、俺も今はこの会話が終わってくれて助かった気がしてる。が、曖昧なままの消化不良感に、すっきりしないのも確かだ。
「はい」
そして、この返事は求められてないと知りつつ、それでも一応、口には出した。
「――さぁて! チャキチャキ滑ってもらうわよー。はい、まずは土岐くん。ピューッと行ってらっしゃーい!」
元気よく両手を同時に振り上げて、スタートを盛り上げてもらったが。
「いえ、普通に滑ってきます」
この先生の高いテンションに合わせるのは無理だ。
「ノリの悪い子ねぇ。まぁ、いいわ。ね、あそこ見て? あの赤い旗のところまで滑って、そこで待っててくれる?」
「わかりました」
先生の指差した旗は、リフトに乗った場所と今居る地点とのちょうど中間になっている。まず、フォームを背後から見た後、他の角度からもチェックするんだろう。
「スタートしていいですか?」
「はい、どうぞー」
承諾の声を合図に、ストックに力を込め、飛び出した。
10
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
夏の出来事
ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。
私のなかの、なにか
ちがさき紗季
青春
中学三年生の二月のある朝、川奈莉子の両親は消えた。叔母の曜子に引き取られて、大切に育てられるが、心に刻まれた深い傷は癒えない。そればかりか両親失踪事件をあざ笑う同級生によって、ネットに残酷な書きこみが連鎖し、対人恐怖症になって引きこもる。
やがて自分のなかに芽生える〝なにか〟に気づく莉子。かつては気持ちを満たす幸せの象徴だったそれが、不穏な負の象徴に変化しているのを自覚する。同時に両親が大好きだったビートルズの名曲『Something』を聴くことすらできなくなる。
春が訪れる。曜子の勧めで、独自の教育方針の私立高校に入学。修と咲南に出会い、音楽を通じてどこかに生きているはずの両親に想いを届けようと考えはじめる。
大学一年の夏、莉子は修と再会する。特別な歌声と特異の音域を持つ莉子の才能に気づいていた修の熱心な説得により、ふたたび歌うようになる。その後、修はネットの音楽配信サービスに楽曲をアップロードする。間もなく、二人の世界が動きはじめた。
大手レコード会社の新人発掘プロデューサー澤と出会い、修とともにライブに出演する。しかし、両親の失踪以来、莉子のなかに巣食う不穏な〝なにか〟が膨張し、大勢の観客を前にしてパニックに陥り、倒れてしまう。それでも奮起し、ぎりぎりのメンタルで歌いつづけるものの、さらに難題がのしかかる。音楽フェスのオープニングアクトの出演が決定した。直後、おぼろげに悟る両親の死によって希望を失いつつあった莉子は、プレッシャーからついに心が折れ、プロデビューを辞退するも、曜子から耳を疑う内容の電話を受ける。それは、両親が生きている、という信じがたい話だった。
歌えなくなった莉子は、葛藤や混乱と闘いながら――。
花待つ、春のうた
冴月希衣@商業BL販売中
青春
「堅物で融通が利かなくて、他人の面倒事まで背負い込む迂闊なアホで、そのくせコミュニケーション能力が絶望的に欠けてる馬鹿女」
「何それ。そこまで言わなくてもいいじゃない。いつもいつも酷いわね」
「だから心配なんだよ」
自己評価の低い不器用女子と、彼女を全否定していた年下男子。
都築鮎佳と宇佐美柊。花待つ春のストーリー。
『どうして、その子なの?』のその後のお話。
◆本文、画像の無断転載禁止◆
No reproduction or republication without written permission.
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる