30 / 69
第五章
君に、捕らわる 【6−1】
しおりを挟む「――雪。わりと積もったんだな」
窓に顔を近づけて、白で覆われた景色に向かって独りごちる。
吐息で曇った窓に手をかけて結露を拭うと、このロッジのオーナーらしき人が玄関前の雪掻きをしているのが見えた。
朝早くから大変だな。昨夜、保科先生と彼女を車で送ったのがこの人なんだろうか。
自分のせいで俺たちの夕食が遅れたことをとても気にしていた彼女の姿が思い出される。
足、痛いだろうな。夜中に疼いたりしなかっただろうか。
「おはよう、土岐くん。早起きだね」
「おはよう、秋田もな。昨日はお疲れ」
まだ寝てるヤツも居るから、声を潜めて挨拶を交わした。
手塚先生と一緒に武田の検査が終わるまで付き添っていた秋田は、昨夜遅くにロッジに戻ってきた。
「そんなに疲れてないよ。ずっと座ってただけだしね」
そう言ってふわりと微笑んではいるが、検査待ちというのは気疲れしただろう。
こんな風に相手に気遣わせないように、俺も接していきたいものだな。
「武田は、今朝の再検査で異常が無ければ退院出来るんだろう?」
「うん。何とも無ければいいんだけどね」
昨日、救急車で緊急搬送された武田は検査の結果、異常無しだった。
雪がクッションになって、落下の衝撃が和らいだようだ。雪のシーズンで本当に良かった。
が、頭部打撲の疑いがあるために、安静と観察目的でひと晩、入院となったそうだ。
意識もはっきりしていて、少しの擦り傷だけという軽傷のため、秋田と一緒に帰りたいとかなりごねたらしい。
それを宥めていて帰りが遅れたんだと、少し疲れた表情で秋田が言っていた。
武田も、俺や高階じゃなく、秋田相手だから我が儘を言ったんだろうが。無事に戻ってきたら言って聞かせないとな。
「涼香ちゃん……」
「え?」
何だ? 今の……。
おもむろに、秋田が発した彼女の名前。その響きが、雪景色を映した窓に反射して。緩く、後を引くように鼓膜を刺激する。
甘い余韻が彼女の笑顔を思い出させて、胸をきゅっと締めつけていく。
声を潜めて話しているはずなのに。秋田の澄んだ声のせいか。俺の耳がイカレてるのか。彼女の名前だからなのか。
まぁ、全部が当てはまるんだろうな。
名前を聞いただけで、こんなになって。朝から痛いな、俺。
「ねぇ、土岐くん。涼香ちゃん、今日のスキー講習はお休みかな?」
一旦、口を噤んだ秋田が、また静かに問いかけてきた。
「そうだな。昨日の今日だ。安静にしておいたほうがいいだろうな」
「だよね。じゃあ、土岐くん。ペアの相手が居なくなるんだけど、大丈夫?」
あぁ、そうか。
「別に、独りでも構わない」
そう、独りでも全然苦にならない。でも――。
「そう? でも、もし良かったらチカと美也ちゃんと三人で組まない?」
「あぁ……あ、いや、大丈夫だ。気遣ってもらって悪いな」
秋田の気遣いが嬉しくて一瞬悩んだが、断った。
蕎麦打ちの後、ホテルまで送った時の別れ際の彼女の表情が浮かんで。彼女が参加出来ないから他のメンバーと組むなんていうことは、どうしても出来なかったんだ。
「じゃあ、涼香ちゃんの回復待ちで、今日のところは一人で参加ってことにするね?」
「あぁ、それで頼む」
回復待ちと言っても、無理をするのは良くない。
今日どころか、明日も彼女の参加は見込めないだろう。
さっきから、胸が重苦しい。『明日、よろしくお願いします』と言ってくれた時の恥ずかしそうな笑みを思い出す。それに返事をした時の、俺の高揚も。
あぁ。どうやら俺は、自分で思っていた以上に楽しみにしていたようだ。彼女と二人で過ごせるはずだった、今日の時間を。
でも仕方ない。無理はさせられないし、痛い思いもさせたくないから。
ただ、顔が見られないのが残念なだけ。
そう。ほんの少し、寂しいと思ってしまうだけだ。
10
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
されど服飾師の夢を見る
雪華
青春
第6回ライト文芸大賞 奨励賞ありがとうございました!
――怖いと思ってしまった。自分がどの程度で、才能があるのかないのか、実力が試されることも、他人から評価されることも――
高校二年生の啓介には密かな夢があった。
「服飾デザイナーになりたい」
しかしそれはあまりにも高望みで無謀なことのように思え、挑戦する前から諦めていた。
それでも思いが断ち切れず、「少し見るだけ」のつもりで訪れた国内最高峰の服飾大学オープンカレッジ。
ひょんなことから、学園コンテストでショーモデルを務めることになった。
そこで目にしたのは、臆病で慎重で大胆で負けず嫌いな生徒たちが、己の才能を駆使してステージ上で競い合う姿。
それでもここは、まだ井戸の中だと先輩は言う――――
正解も不正解の判断も自分だけが頼りの世界。
才能のある者達が更に努力を積み重ねてしのぎを削る大きな海へ、船を出す事は出来るのだろうか。
クルーエル・ワールドの軌跡
木風 麦
青春
とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。
人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。
水曜日は図書室で
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
綾織 美久(あやおり みく)、高校二年生。
見た目も地味で引っ込み思案な性格の美久は目立つことが苦手でクラスでも静かに過ごしていた。好きなのは図書室で本を見たり読んだりすること、それともうひとつ。
あるとき美久は図書室で一人の男子・久保田 快(くぼた かい)に出会う。彼はカッコよかったがどこか不思議を秘めていた。偶然から美久は彼と仲良くなっていき『水曜日は図書室で会おう』と約束をすることに……。
第12回ドリーム小説大賞にて奨励賞をいただきました!
本当にありがとうございます!
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
リコの栄光
紫蘇ジュースの達人
青春
ケルト陸軍学校の訓練生リコは、同期の心優しい男サッチと、顔はかわいいけれど気が強い女子訓練生モモと共に日々訓練に奮闘中だ。リコの父親はケルト国の英雄で、伝説的なスナイパーだった。亡き父の背中を追いかけるリコ。ある日、父の死について知っているという人物が現れ、、、。リコの内に秘めた熱い想いと、仲間達との青春を描く長編ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる