上 下
13 / 69
第四章

天花舞う【3−3】

しおりを挟む



「あっ」
 ん?
 彼女の動きが止まった。どうしたんだ?
「これ……」
 見つめてる先。その細い指が添えられた箸が摘まんでいるもの。それは太く短い、蕎麦の切れ端だった。
 しまった。回収し損ねてたか。
 蕎麦を茹でる前、もったいないから切れ端も茹でるようにとの指導で、切った蕎麦は全て鍋に入れた。もちろん、先生に言われるまでもなく、彼女が作ったものは例えどんなものでも食べる気でいたが。
 実は、俺が食っている蕎麦の下にも同じような切れ端が幾つも隠れてる。食べにくいだろうと思って、盛りつけ時に切れ端は全部、俺のせいろに集めておいたんだ。彼女に気づかれないように、こっそりと食べるつもりで。
 が、どうやら全部は回収しきれていなかったようだ。どうする? 蕎麦を摘んで神妙な表情をしてる彼女に何と言おう。
 いや、こんな時に声をかけること自体、おかしいのか? 別に、失敗してるわけじゃないしな。
 変わらずに、切れ端を見つめてる彼女を俺も見つめながら、あれこれと気を揉んでしまう。

「ねぇ、土岐くん、見て? このお蕎麦、枝豆みたい! そっくりじゃない? 面白いねぇ」
 は?
 彼女が持つ切れ端が、せいろの上でペロンと揺れた。
 確かに。よく見れば、ほんの少しだが三つの膨らみがある。が、枝豆の形には程遠く、多少の無理やり感は否めない。でも……。
 あぁ、好きだな。この子のこういうところが。
 俺にはない、柔軟な思考。飼い猫の名前といい、俺のつまらない日常にいつも何かしらの刺激を与えてくれる。
 この、『どう?』とでも言いたげな、いたずらめいた笑顔も、なんて眩しくて愛しいんだろう。
「うん。似てると思う」
 可愛い。
「でしょ? 食べちゃうの、もったいないよねっ?」
「そうだね。……ふふっ」
 本当に可愛い。もっと、その顔見せて?
「うわぁ……」
「どうしたの?」
「な、何でもないです……えーと、早く食べないと時間なくなっちゃうね」
 自分で思うのもおかしいが、お互い笑顔でいい感じで話が出来てたのが、急にそれが途切れたような気がした。
 嬉しそうに見せてくれてた枝豆もどきが、せいろに戻されて。俺に向かってキラキラ輝いていた笑顔が、横を向いて俯いた。
 たったそれだけのことなんだが。空気が変わった気がする。

 食事を再開した彼女が、俺を見なくなった。
 いや、さっきまでと同じようには見なくなった、が正しいか。
 どちらかと言えば、さっきまでは和やかな雰囲気で。食べながら俺と交わしてくれた微笑みは、ふんわりと優しいものだった。
 それが今は――。これ、なんて表現すればいいんだ?
 まず、彼女の動きがおかしい。
 滑らかに動いていた箸使いが乱れて、途中で箸を置いては、短い深呼吸を何度も繰り返してる。
 その度に、小さく呟いて胸を押さえてるんだが、「平常心、平常心」と聞こえてくる。
 その後、決まって俺のほうを見てくるんだ。気合いを入れるような勇ましさで。
 それで、じっと見つめられるから、俺も見つめ返すしかない。そうしたら、さっと横を向いて、また俯く。これの繰り返し。

 これ、いつまで続くんだ?
 けど、まだまだ続いてほしいとも思う。
 ぎくしゃくとした雰囲気だが、居心地は悪くない。
 むしろ、彼女と目線を合わせる回数は増えてるし。これぞ、〝俺得〟だろう。
 それに、勘違いでなければ、俺を見つめてくる瞳が潤んでるんだ。
 どうして、そんな表情で見てくる?
 好きな子の頬と首筋が、ほんのりと赤く染まってるのを見せられ、どうにも堪らない気持ちにさせられていく。
 気のせいなどではなく、俺たちを包む空気は、明らかに変わっていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

キミの生まれ変わり

りょう改
青春
「私たちは2回生まれる」 人間は思春期を迎え、その後に生まれ変わりを経験するようになった遠い未来。生まれ変わりを経験した少年少女は全くの別人として生きていくようになる。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

なかたにりえ
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...