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第四章
天花舞う【3−2】
しおりを挟む――嬉しい。あぁ、嬉しいな。
じわじわと込み上げてくる、この感情をどうしよう。くすぐったくて、温かくて、どこか居たたまれない。
ムズムズするような、この感覚。照れる、とはこういう感じなのか? 俺、彼女と出逢ってから色んな感情を知っていってる気がする。
もちろん、今までだってスポーツや勉強で、勝利の喜びや達成感を感じてきた。でも、全然違う。こんな、心が震えるような感覚は初めてだ。
「白藤さん」
「はいっ!」
ふっ。さっきと同じだ。俺が呼びかけて、彼女が弾けるように顔を上げる。
違うのは、一瞬大きく目を見開いてから、すぐにまた下を向いたところか。
けど、それほどショックじゃない。もうわかったから。この子は、俺を拒絶してるわけじゃない。恥ずかしいだけなんだ、きっと。
ちゃんと、同じ班のメンバーとして接してくれてることは、さっきの言葉でわかった。充分、伝わってきた。
こうやって俯いたりするのも。急に視線を外したりするのも。男に慣れてなくて、対応に困るだけなんだろう。
そう思うと、今までの全てのことに納得がいく。元々、明るくて表情豊かな彼女。その笑顔が曇らないように、俺が気をつけて接していけばいいんじゃないか?
怖がらせないように。その表情が陰らないように、気をつければ。
「ねぇ、白藤さん? 食べないと伸びちゃうよ、そば」
彼女の反応を伺うように、そっと話しかけた。自分でもびっくりするくらいの柔らかな口調だ。俺、こんな喋り方も出来たのか?
口に出した本人が一番驚いてる。
「美味しいって言ってくれたの、白藤さんだよ? せっかく頑張ったのに、味が落ちたらもったいないよ?」
優しく、優しく。精いっぱいの気持ちを込めて。おずおずと目線を上げてくれたその顔が、また下を向くことがないように。
「一緒に食べよう?」
「あ……は、はい」
ものすごく小さな声だけど、返事が返ってきた。しかも、俺と目を合わせてくれてる。俺を見てくれてる。
たったそれだけのことで、込み上げてくる嬉しさと、湧き出る勇気。そんな自分がおかしくて、何だか気恥ずかしい。
「どうぞ?」
彼女が綺麗に揃えて置いた箸の手前。テーブルの端を人差し指の背でコンコンと軽く叩いて、箸を取るように促した。
俺を見ながら、ほんの少し開いたままだったその口元が徐々に綻んでいって。テーブルに向き直った後、控えめな笑みが形づくられた。
横から見るその微笑みに、きゅっと、胸が掴まれるような感覚を覚える。
「いただきます」
再度、食前の挨拶をする律儀さも、彼女らしくて可愛らしい。
右手でそっと持ち上げた箸に、左手が滑らかに添えられる。身についたその綺麗な箸使いを余りにも見過ぎていたからか、ふと、彼女の目線がこちらに向いた。
少し首を傾げて、尋ねるように瞬きをして、その目線は俺の手元と顔を行き来する。
あぁ。『食べないの?』って聞いてるのか?
蕎麦猪口を手に持ち、彼女と目線を合わせる。
同時に動く、互いの手。咀嚼して味わって、また目線を合わせて。何度もそれを繰り返して、目線を合わせる度に小さく微笑みあう。
特別なことなど何もない、ありふれた食事の一コマなのに、どうしてこんなにも貴重なものに思えるんだろう。
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