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第二章
春は萌え【2】
しおりを挟む――ダンッ! ダンッ!
ボールの跳ねる音と手触りを確かめながら、内側に回転させて両手で構える。
一点だけを見つめて、手から放つ。
――サシュッ
ゆっくりと放物線を描いた球体が、ネットに吸い込まれた。
「今日も調子いいみたいだね」
「高階」
シャツの裾で汗を拭っていると、高階が下手投げでボールを手渡してきた。
「居残り練習、俺と基矢もつき合うよ」
後ろには、一色がストレッチをしている姿も見える。
助かる。この高揚した気分を何かにぶつけたいと思ってたところだ。
「何する?」
ストレッチをしながら高階が聞いてくる。
「1ON2で。ダブルチーム対策だ」
「了解」
よし、やるか。
「ちょっ、悪い! 休憩、挟ませて」
「なんだ、もうへばったのか? だらしないな」
三十分後。肩で大きく息をしてドリンクを手にする高階をからかいながらも、俺も限界かと苦笑する。
同じようにドリンクに手を伸ばして、三人、微妙な輪を形成して床に座り込んだ。
「はぁー。部活の後に、これはきつかったわ」
「副キャプテンが情けないこと言うなよ……おい、何をやってる?」
珍しく弱音を吐いた高階に目をやると、一色が高階のうなじに保冷剤を当ててやっているのが見えた。お前はマネージャーか。
「んー? 基矢は準備いいから助かる」
気持ちよさそうに瞳を細めて背中の汗まで拭いてもらってるが、それくらい自分でやれ!
というのも面倒だから、タオルを頭からかぶって仰向けになった。
「なぁ、土岐?」
「なんだ」
タオルの下から、くぐもった声で返事をする。
「あったみたいだね」
「……何がだ」
「女子との、出、逢、い」
「お前っ」
思わず、勢いよく起き上がってしまい、うっかり目を合わせてしまったことを死ぬほど後悔する羽目に。
ニヤリ。高階の口元に浮かぶのは、邪気が溢れるアルカイックスマイル。面白がるような、ほくそ笑むような。
「何のことだ」
もう一度タオルをかぶって、大の字になった。
が、敵もさるもの。ずりずりと這いよってきて、タオルは取り上げられて飛んで行った。
はぁ……。俺の周りは、本当に面倒なヤツばかりだ。
仰向けになっている頭の両側に手をついて、ずいっと上から覗きこんでくる。
「何、とぼけてんの? 始業式の間中、ずっとあの子を見てた、く、せ、に!」
どこから見てたんだ。隣のクラスなのに知ってるお前が怖いわ。
「それに、もう専らの噂だよ? 土岐が可憐な編入生にひと目惚れして、腑抜けたみたいに立ち尽くしてた、って。『あの土岐が!』って」
「ひと目惚れじゃない」
全然違う。
「一生懸命考えてきたはずの編入生の挨拶を遮って、泣きそうにさせちゃったらしいし」
それは、本当に反省してる。
「立ったまま動かないから、体調不良かと心配して尋ねてきた手塚センセに『これはスクワットです』って真顔で答えるとか、マジ受けるんだけど!」
なら、笑い死にしたらどうだ。
「で、ほんとにひと目惚れしたの?」
「違う。見つけただけだ。――俺の〝たった一人〟を」
そうだ。あの子だけだ。こんなに、欲しいって思えるのは。
「うわ、土岐がそんなことを口にする日が来るなんて! マジっ?」
「お前が聞いてきたんだろうが」
「しかも、至近距離で真顔で言ってのけるとか! 甘いイケボで聞かされた俺は、どうしたらいいの?」
「知らん」
「まだ『スクワットです』って言われたほうが、マシだよー。痒い! むず痒いよっ! 基矢ぁ!」
しかめっ面で、胸の辺りをかきむしってジタバタしてる高階は一色に任せて、シュートの練習に戻る。
くたくたになるまで身体を苛め抜いたからか、高揚していた気分は鎮まっている。
頭はすっきりした。今なら何本でも入る気がする。
が、胸の奥にくすぶっているこの熱。この、どうしようもない熱の行き場は——。
これを彼女に丸ごとぶつけてしまっても、いいんだろうか?
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