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第二章

彼の髪色【1】

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 年が明けて、最初のバスケサークルの活動日、武田くんはまた髪色を変えてきた。
 年末に映画を観に行った時はオリーブアッシュだった。シックなあの色も良かったけど——。
「武田くん。今回のカラーリング、バッチリ正解ですね。レッドブラウン、すごく綺麗ですよ」
 ハイトーンのレッドブラウンは明朗快活な武田くんにとてもよく似合ってる。
「おおう、サンキュ。新しい年を迎えた節目だから、パリッと明るくしてみたんだー」
「パリッとキリッと、良い感じですよー。イケメン度、爆上がりです」
「うへへっ。そお? パリキリで良い感じ? 俺のこと、そんな風に褒めてくれるの、妹と花宮ちゃんだけだよー。マジ、サンキューな」
 そんなことないです。武田くんは無自覚なだけで、めちゃめちゃ、モテ男子。たまに練習試合をしてるチームの女子マネさんが武田くん狙いなの、私、知ってるんだもん。
 でも、それは内緒。武田くんの人柄に惹かれるならともかく、彼が医学部生と聞いて目の色を変えた女の子のことをここで話題に出すほど、私はお人好しじゃありませーん。
 それに、正直、私はそれどころじゃない。他に考えることが山ほどあるんだ。打算女子より、そっちのほうが重要事項。
 新学期の最初の授業の日、チカちゃんから聞かされたことがずっと頭から離れないのよ。
 チカちゃん、言ってた。年明け早々、土岐歌鈴ときかりんちゃんの七回忌法要が執り行われて、チカちゃんと武田くんも参列したんだって。
 武田くんとチカちゃん秋田正親くん土岐奏人ときかなとくんは、幼稚舎の頃からの幼馴染で。土岐くんの双子の妹も病気で亡くなるまで、仲良しメンバーの一人だったそうだ。

「よーし。ウォームアップ終わったから、ダッシュやってくるよ」
「はい、いってらっしゃい」
 そのことを、私は武田くんの口から聞いたことは無い。七回忌の法要のことも知らなかった。
 当たり前だとは思う。高校から祥徳学園に入学した私は幼馴染じゃないし、歌鈴ちゃんの顔も知らない。
「でも……年末に一緒に映画を観たのになぁ」
 法要の直前に私と会ってたのに。何気ない会話のついでにでも、幼馴染の話題が私相手に一度も出なかったのは、なんでかなぁ。
「……なんてね。あー、だめだめ。こんなこと考えたら、だめ! これ、また自己嫌悪に陥るパターンです」
 わかってる。答えは簡単。花宮萌々は武田慎吾くんの幼馴染じゃないから、だ。
 中学三年生の武田くんと図書館で出会って恋をした。初恋だった。
 それからずっと彼ひと筋の私だけど、出会う前の武田くんのことは何も知らない。
「あ、違う。ちょっとだけ、知ってます」
 チカちゃんがたまに皆の思い出話を教えてくれるから、それを聞いて、私もその場にいたような気にさせてもらってるの。

 錯覚だとわかってる。けど、幼い頃の武田くんのいろんなエピソードが微笑ましくて可愛くて、その傍に私がいたら、という妄想をするのが楽しくて嬉しいんだもの。
 まぁ、中には楽しくも嬉しくもないエピソードもあったけれど。
「……歌鈴ちゃん」
 サークルメンバーが誰も周囲にいないのをいいことに、面識のない女の子の名前を声に乗せた。
 チカちゃんが教えてくれた小さな頃の武田くんのエピソードには、高確率で歌鈴ちゃんも一緒に登場する。幼馴染だから当たり前。最初はそう思ってた。でも、あの日——。


『武田くん、昔は綺麗な黒髪だったんだよ。今じゃ、カラーリングを繰り返してるチャラ男のイメージがついてるけどね。りんちゃんが亡くなったから、なんだ。彼が髪を染め始めたのは』


 チカちゃんは、何を言ってるんだろう。そう思った。
 私はただ、軽い興味で尋ねただけ。いつも綺麗にカラーリングしてる武田くんだけど、中三の私が出会った彼の綺麗な茶髪が忘れられないから、あれが地色なのかなと確認したくなって。たまたま家庭科準備室で鉢合わせたチカちゃんに質問したんだ。
 そうしたら、ふんわり柔らかな笑みを深めたチカちゃんが答えてくれた。とても静かな声色で。
 チカちゃんが言った『りんちゃん』は歌鈴ちゃんのこと。彼女はとても綺麗な濃茶色のロングヘアだったと聞いてる。
 そして、武田くんは歌鈴ちゃんの死後、黒髪を茶髪に染めた。歌鈴ちゃんと同じ髪色にしたかったのか、彼女がもし生きていたら楽しんだだろうヘアカラーのおしゃれを代わりにしているのか。理由は定かじゃないけれど、きっかけが歌鈴ちゃんの死なのは間違いないそうだ。


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