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恋のバカンスは、予言通りにはいかない!?
ビーチボーイズ #7
しおりを挟む「戻るぞ」
「あ……」
短い言葉の後、捲り上げられていたパンツがサッと元通りに整えられ、土岐の手がそこから離れた。
ぴたっと密着していた互いの身体の間にも少しの隙間ができる。すうっと、身体が冷えた。それ以上に、心も。
やだ。なんで? 離れちゃ、やだよ。
「ふっ。そんな顔をするな。離れがたくなるだろう?」
俺が無意識に伸ばした手はすんなり絡め取られ、きゅっと握られた。
そして、少し目を細めた土岐が反対側の手を俺の髪へと伸ばしてくる。
長い指が前髪の生え際から差し込まれ、すーっと後ろへと梳き流していく。
なだめるようなその感触は、とてもとても優しくて。髪を梳きながらじっと見つめてくる相手に、自然と口元がほころぶ。
「今のインターフォン、ランチのデリバリーが届いた知らせだ。なら、もう戻らないとな」
「あ、もうそんな時間?」
優しい指に髪を梳かれながら、おかしくなっていた俺の思考もようやく正常な動きを取り戻す。
そうだった。あのインターフォンは、一色ん家とつき合いがある地元のレストランが昼飯を届けにきた知らせのはず。このプライベートビーチに遊びに来た時は、昼飯はたいていデリバリーで頼んだものを食うからだ。
馬鹿でかい音量で鳴ったのは、ビーチのどこにいてもインターフォンに気づけるよう、あちこちにスピーカーが設置されてて、日中はボリューム高めに自動設定されてるから。
いつもは全然気にしてなかった音量だけど、今日だけは心臓に悪かったぜ。ノリノリで『触って』って言いかけてた時だったから、余計に。
「それにしても、あの心臓に悪いインターフォンのおかげで助かったな。正直、どこでやめるか、引き際に悩んでいたから」
「え?」
引き際? 助かったって、何が?
え? 土岐。まさかだけど、俺のこと、からかってた? ほんとは、俺のことなんて触りたくなかったん?
俺……俺は、お前のこと本気だから……だから、『触って』なんて思いっきり恥ずかしい台詞も口に出して、ねだったりしたのに?
「武田? 顔、上げろ」
あ……。
土岐の指が顎にかかり、ほんの少し強引な動作で、くいっと上向かされた。
俺ってば、ショックのあまり、いつの間にか俯いちまってたみたい。
上向かされた先には、眼鏡をかけてない素の土岐。
えーと、なんでだろ。いつもはあまり感情が見えない目元が、緩んでる。気遣うような優しい光が、俺の大好きな深い黒瞳に浮かんでる。
「いつでもどこでもお前を可愛がってやりたいのは本心だが。だからって、お前の身体を傷つけたいわけじゃない」
「え?」
「お前が可愛い台詞ばかり連発して煽ってくるから、つい盛り上がってしまったが。何もないこんな場所で、お前の全てを平気で暴けるわけないだろう? ここには、ゴムも潤滑剤もないんだぞ」
「……っ、ごっ、ごごごっ!」
ゴムって! 潤滑剤って!
いかにも清廉で、お堅い無表情がノーマルイメージの土岐の口から、かなりアレなワードが飛び出ましたぞ!
てゆうか、ごく当たり前に使う物みたいにスルッと口に出してくれちゃってますけど、いいんか?
「正直、どこを引き際にするか。お前に煽られながらも必死で考えてたから、今のタイミングで邪魔が入ったのは俺的には助かったというわけだ」
「土岐……」
俺の髪を梳き流す手を止めずに苦笑いを見せてくる相手を見つめながら、波しぶきの音をバックに聞いた声を思い出した。とても熱っぽかった、艶声を。
『もう止まれないぞ。お前、責任取れよ』
あんなこと言ってたくせに。
止まれない、なんて言ってたくせに。ちゃんと俺の身体を気遣ってくれてたんだな。
なのに、俺のことをからかってたのか、なんて疑ってごめん。大事に思ってくれてたからなのに。ほんと、ごめんな。
それに俺、お前のあの声も忘れてないよ。インターフォンが鳴った途端、思いっきり舌打ちしてたアレ。じゃあアレも、お前の本心だと思っていいんだよな?
いつも冷静沈着、無表情で淡々と物事をこなすお前が、インターフォンが馬鹿でかい音量を届けてきた直後に『チッ。時間切れか』って、吐き捨ててた。
普段は礼儀にうるさいお前が、あんな舌打ちを零すなんて。
引き際を考えながらも、もう少し俺とこのままでいたかったのにって、名残惜しく思ってくれてた証拠だよな? 馬鹿な俺だけど、この推測は間違ってないだろ?
「うへへっ」
嬉しいな。俺ってば、コイツにめっちゃ愛されてんじゃね?
「ふっ。なんだ、その締まりのない顔は。さ、そろそろ行くぞ。デリバリーは一色が受け取ってるはずだが、俺たちも戻らないと」
「あ、うん」
土岐に手を引かれて歩き出したものの、俺は思いっきり落ち着かなかった。てゆうか、落ち着けるわけがない。
えーとさ。俺さ。ちょっと、その……言いにくいけど下半身に〝とある事情〟が発生しててさ。このまんまの状態で、皆とわいわい昼飯食うのは、ちょっとつら……。
「先にシャワーしに行こう。お前、そのままじゃ、つらいだろ?」
え?
「洗ってやる」
「へっ?」
「まぁ、身体を洗うのは、アレのついでだが。――行くぞ」
俺の手を引いてサクサクと先を行く土岐が足を止めずに一瞬だけ振り向き、投げかけてきた色めいた視線。それに射抜かれただけで盛大に赤面した俺は、ついつい大声を張り上げていた。
「洗ってやるっ? アレのついでっ? 何それ! シャワー室で何があんのっ?」
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