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恋のバカンスは、予言通りにはいかない!?

宣言! #3

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 えーと、えーと……ひとまず落ち着こう、俺。

 土岐が……土岐本人が、自ら囁いてたって? 寝てる俺の耳元で、数学書について? それって……それって、まさかっ!

「さて、ここで話が変わるが。俺は昨夜、お前が眠りに落ちた後、秋田に〝あるメッセージ〟を送った。それに対するアイツの返信が、これだ」

 またもや、頭ん中が疑問符だらけになった俺に、土岐がスマホの画面を見せてきた。ただでさえ、ややこしい展開になってんのに、話題転換のスパンが短すぎて、ついてけねぇ!

 でも、きっと俺にでもわかるようにっていう土岐の気配りなんだろうから、頑張って理解するために差し出されたスマホの画面を覗き込む。開かれていたのは、秋田と土岐のメッセージアプリの画面。


『――うん、そうそう。その通りだよ。確かあの日、土岐くんが二組の教室から出てきてチカとすれ違ったんだよね。それでチカが教室に入ったら寝起きの武田くんがいて、いきなり「こういうタイトルの数学書、土岐の誕プレにどう思う?」って聞かれたんだよー』

『それは、確かか?』

『うん。ものすごく珍しくて長いタイトルだったから、よく覚えてるよ。で、武田くん、半分寝ぼけてるようには見えたけど、本の選別が終わってるんなら、それはきっと土岐くんの希望なんだろうなぁって察したから、「土岐くんには、お勧めの本だね」って返事しといたんだよ』

『そうか。これで武田の勘違いと思い込みの理由がはっきりした。ありがとう、秋田』


 ……ん? んんん? 俺の勘違いと思い込み?

 え? えぇーっ?

「納得できたか? というより、当日のこと、思い出したか? 俺が、お前の目覚ましのためのジュースを買いに行ってる間に秋田とお前が会話した内容の、これが真実だ」

「あ、えーと、納得っつうか……」

 土岐の持ってるスマホに顔を近づけて食い入るように読んでた俺に、苦笑気味の表情と声が斜め上から落とされた。

「お、俺、寝ぼけて色々思い込み違いしてたって、こと? だって俺の記憶だと、誕プレに悩んでた俺に秋田のほうからあの本を勧めてきたことになってるんだよ? 『土岐くんには、これがお勧め!』って言われた記憶が……でも、これじゃ、まるで逆じゃん。俺、寝ぼけて全然違う内容を真実だって思い込んでたってこと? うあぁ、情けなっ!」

 最悪! 最悪だよ、俺っ。

「いや、そこまで落ち込む必要はないぞ。お前、俺が一度しか口にしなかったあの数学書のタイトル名、間違えずに覚えてたろう?」

「そりゃ、インパクト大のタイトルだったもん。忘れねぇよ」

幾何学きかがくを美味しくいただくための前菜』なんつートリッキーなタイトルの数学書、忘れるわけねぇって。

「だが、俺にとっては賭けでもあった。夢の中にいるお前が俺の声をちゃんと聞き取ってくれてるか、と。だから、誕生日当日まで柄にもなくそわそわしてたし、ドキドキしてた」

「え? そ、そうなん? 全然わかんなかったけど」

 俺には、いつも通りの怜悧で冷静な土岐にしか見えなかったよ?

「そうしたら、誕生日の朝に照れ顔のお前があの数学書を差し出してきた。嬉しかった。本当に」

「土岐……」

 なんだよぅ。その表情かお、反則っ。ここにきて、キュン度百パーセントの笑顔とか、反則、反則っ。

 あー、でもコイツ、誕生日ん時もこんな風に笑ってた気がする。んで、『朝練の前だから自重する』って言ってたわりに、めちゃ濃厚なキスを部室で仕掛けてきたんだよなぁ。

 他の部員がいつ入ってくるかもってドキドキしながら翻弄されてたあの濃厚キス。もしかして、土岐も脳内でめっちゃ盛り上がってくれてたから、かな?

 うへっ、やべぇ! これ、めっちゃくる。キュンって、ぶっ刺さってくる。ニマニマが止まんねぇわ。

「が、俺が誕プレを喜んで受け取ったことで、秋田のアドバイスにハズレはないとお前が思い込み、アイツのことを『恋の予言者』として祭り上げることになるとは想像すらしてなかった」

「あ……」

「昨夜、お前からカミングアウトされて納得したが。それまでは、俺とつき合ってるくせに、どうして秋田にそこまで依存するのかと苛々したし、嫉妬でおかしくなりそうだったぞ」

「う……ご、ごめん」

 俺の勘違い記憶のせいで、土岐に嫌な思い、いっぱいさせちまってたんだと知って、身を縮めて謝った。

 ごめんのひと言では済まないと思ったから、何回も。

 つか、秋田にも悪いことしちまってたよな。だって俺、秋田が親身に相談に乗ってくれるのをいいことに、アイツのこと、めっちゃ頼りにしてたもん。

 でもさ。じゃあ、俺の『恋の予言者様』が秋田じゃなくて土岐だって言われてもさ。土岐とのことを土岐に相談するのは、やっぱ無理があるんじゃね? ここは、やっぱ、秋田の出番ってことに……。

「それから、これも言っておこうか。秋田に聞くのも、俺に聞くのも、結果的には同じことだぞ」

「へっ?」

 ドキッとした。まるで俺の心を読んだみたいなことを土岐が言ったから。俺ってば、うっかり口に出してたのかと思って。

「お前、今まで気づいてなかっただろうが、バスの中でのことでもわかるように、居眠りしてる時のお前、本音だだ漏れの寝言を頻繁に垂れ流してるからな」

「え?」

「以前、俺と些細なことで揉めた後、ひどく落ち込みながらもあっさり寝入ったお前に、俺がそっと解決策を授けたことがある」

 ん? 解決、策? んん?

「そうしたら、その直後、いつもは恥ずかしがる体位を積極的にとって、俺を誘ってきたことがあった」

「……っ! ま、まさか……まさかっ?」

「ふっ。〝そういうこと〟だ。だから、俺のことは俺に聞け。そして、お前のことも俺に聞け」

 うわ……うわぁ……うわあぁぁ……っ! 何これ! 土岐ってば、いつからドSの属性に俺様まで追加してんのっ?

 おまけに、なんてこった! じゃあ、じゃあ! 誕プレの件だけじゃなく、コイツは寝てる俺に色んなことを吹き込んでたってことか?

 『恋の予言者様』が土岐って、こういう意味だったんかっ。

 土岐本人に言われたことを俺がそのまんま実行してるんだから、そりゃあ自然と予言通りになっていくって寸法じゃねぇかぁ!

 晒け出された『予言者様の真実』に、言葉が出ない。

「俺が、寝てるお前に囁いたこと。全て疑いなく信じて実行してくれるって気づいたら、愉しすぎてやめられない」

 こんなことを、すんごく綺麗で艶めかしい笑みで言われたから、余計にだ。

 けどさ、べつにいいよ。全部ひっくるめて受け入れられるよ、俺。

「土岐、大好きっ」

 唐突だけど、抱きついて押し倒してやった。

「んっ……好き、だよっ?」

 そんで、俺から唇を求めたんだ。

 ソレもコレも、それからアレも。何もかも。ぜーんぶ、俺が土岐に想われてるって証拠なんだよなぁ。

 俺、もしかしなくても、すんごく想ってもらえてるんだよなぁ。うん。それなら、いい。オールオッケーだ。

 ならさ、コイツのドSなとことか独占欲とか。そういうの全部丸ごと受け止めるのが、俺のコイツへの『気持ち』だよ。

「土岐。次の旅行は、秋の親善試合だな。でも俺、試合がある静岡もいいけど、ちょっと足を伸ばして名古屋でも遊びたい。いい?」

「あぁ、構わない。お前が行きたいところ、ピックアップしとけ。全部、一緒に巡ってやる」

「やった! あ、それから、あとひとつ、いい?」

「ん?」

「キスの続き、今からした……うわっ……ん、んんっ」

 キスの続きをねだってる途中で突然体勢が入れ替えられ、土岐の身体の下に押さえ込まれながら唇が塞がれた。

「ふっ。やっぱりお前は、とことん可愛い。意識の奥底で、しっかり覚えてるじゃないか」

「えっ?」

 そうして、下唇をふにふにと食みつつ、いかにも愉しげな声が落ちてくる。

「だが、さっき『あとで教えてやる』と約束したからな。念押しのようになるが、俺からも言うとするか」

「あ、も、もしかして……」

 ここにきてようやく、土岐が言ってることの意味がわかりかけてきた。

 土岐がさっき約束してくれたことって言ったら、アレしかねーもん。

「と、土岐? その、『さっき約束した』っての、俺が夜中にかましてたっていう寝言のこと、じゃね?」

 そして、なぜかわかんねぇけど、嫌な予感が頭ん中いっぱいに広がってくるんだよ。なぜかわかんねぇけども!

「あぁ、よく気づいたな。『聞かないほうが、お前のため』だと言ってやったのに、お前が聞きたがったその寝言の件だ」

「うっ……やっぱ、り」

「『なぁ、土岐ぃ。俺、朝陽がのぼったら、あと三回くらいしたい。いいだろぉ? 三回! あと三回ぃ』――という内容の寝言のことだ」

「ひぃっ……!」

 だ、か、ら! 俺の物真似を全然する気がない、流れるような棒読みでセリフだけを完全再現すんの、やめて!

 マジ、やめてっ!


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