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恋のバカンスは、予言通りにはいかない!?

嫉妬と恋と花火 #3

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「――さて?」

「うっ」

 重い。重いよ。ナニ? 土岐の、この圧力。たったひと言、短く低く声を発しただけなのに、この、ペチャンコに押しつぶされそうなプレッシャーはどこから来るんだよ。

 ゲストルームに戻り、ドアが閉まる音を聞いた時にはもう、俺はソファーに座らされていた。

 強引な恋人は俺の正面に立ち、また腕組みして見おろしてきている。能面のような無表情からは、氷の視線が鋭く突き刺さってくるのみ。

 あー、これ、アレだ。洗いざらい喋らねぇと許してもらえねぇパターンだわ。

「話せ」

「うん」

 だから、素直に頷いた。できたら土岐には内緒にしたまんまにしたかったけど、仕方ねぇ。花火大会がお預けになるほうが、俺にとっては困る。だって、そのための内緒の相談だったんだもん。

「え、えーと……あの、土岐?」

 正直に話すって決めたものの、なんとなく堂々と見上げるのは気が引けて。少しの上目遣いで、そっと話しかけることにした。

「なんだ」

 真下から見上げると、腕組みした手首から二の腕のラインが、すげぇたくましい。

 身体つきは細身な土岐なのに、と。その筋肉が描く流麗な稜線を目で辿って、ついキュンとしちまいながらも、思い切って尋ねる。

 ああぁ、ドキドキするーっ。

「梅ジャムサイダーと、梅はちみつレモネード。今、どっちが飲みたい?」

「……は?」

 落ちてきた声から、プレッシャーが消えてる。

「何? サイダーと、レモネード? そう言ったか?」

 声色だけじゃない。俺を見おろす視線からも鋭さが消え去った。

「うん、言ったよー。正確には、お前に聞いてるんだけど。で、どっち? どっちが飲みたいん?」

「待て。お前、俺の質問をちゃんと聞いてたか?」

「へっ? う、うん。だから、俺も質問してんだけど?」

「いや、違うだろう。俺が聞いてるのは、さっきの電話の件だぞ。秋田との」

「うん。だから、俺もその件を正直に喋ってんだってば!」

「あ? お前、何を言って……」

 あれ? なんか、おかしい。

 『一を聞いて十を知る』をいつも体現してるって皆が認めてるほど、冷静で聡明な土岐なのに。お前が話せって言うから、俺も洗いざらい白状する気になってんのに。なんで、話が通じてない雰囲気プンプンなわけ?

「えーと……あっ! ちょい待っててっ」

 そうだ。アレ、見せよう!

 理由はわかんねぇけど珍しく理解が悪い恋人に早く伝わるよう、〝ある物〟を取ってくることを思いついた。

「土岐! はい、これ! これ、見てくれよっ」

 旅行バッグごと土岐の前に持ってきて、ででんとブツを差し出した。

「何だ、それは」

「えっ、見てわかんねぇの? 梅ジャムだよ。今夜のために秋田に教わって作ったんだー。花火を観ながらふたりで飲む、慎ちゃん特製ラブラブドリンクの材料だよーん。でもさぁ、ジャムと他の材料との配分がちょい心配になってきてさぁ。花火が始まる前に、秋田に教わろうとしてたんだっ」

 よし。ここまで説明すれば、鈍感ゾーンに入っちまってる、にぶちんな土岐にもわかるだろ。

 梅ジャムの入った瓶を綺麗な黒瞳の前にグイッと突き出して、「ふふんっ」と胸を張った。

「はぁぁ……」

 けど、俺の予想に反して、土岐のひと言めは、大きな溜め息。

 ありゃ? おかしいな。なんで、溜め息? 予想では、慎ちゃんお手製ラブラブドリンクに反応してくれるはずだったのに。思いっきり長ーく息を吐き出した後、緩く首を振った土岐は、そのまま俺に背中を向けた。

 えっ、どこ行くん?

 ドヤ顔で突き出した梅ジャムの瓶が華麗にスルーされ、無言で歩く土岐の後ろを瓶を手にしたままトコトコとついて歩いてしまう。

 あ、浴衣……。

 ベッドの上に広げられたまんまの浴衣を手に取った土岐の行動で、その理由がわかった。そういえばコイツ、まだ着替え途中だったんだよな。


 ——ふわっ

 眼前で、縦縞の生地がひらめいた。

 ピッと左右の襟先を合わせた上に手際良く帯があてがわれ、シュッシュッと小気味良い音を立てながら、身体の線に沿って土岐の手が動いていく。帯を腰に巻く動作が、とても流麗だ。

 あっという間に、すらりとした浴衣姿が俺の眼前に現れた。

 うへぇ、かっけー。めっちゃ、かっけーなぁ。

 黒地に紺とグレーの縦縞、それに薄いピンクのラインが細くほどこされた洒落た浴衣を、さらりと着こなしちゃってさ。男の俺から見ても、すげぇカッコいいよ。溜め息もんだ。

 土岐の浴衣姿なんて毎年見てんのにさ。見慣れてるはずなのにさ。なんで俺、ぽーっと見惚れちゃってんだろ。

 その上、スマホの画面に指を滑らせてる仕草にまで見惚れちゃうとか、マジでおかし……。

「——あぁ、秋田か? そう、土岐だ。さっきは勝手に電話を切って悪かった。今から武田に代わる」

「へっ? それ、俺のスマホ? つか、秋田っ?」

「ほら、『慎ちゃん特製ラブラブドリンク』のレシピ、ちゃんと教わっとけ」

「ふぇっ?」

 俺にスマホを渡したその手が、するりと頬を撫でてから離れていった。

 うわあぁ……堪んねぇ。こんなこと、ある?

 姿だけじゃなく、しなやかに動いた指の残像にすら見惚れるってこと、マジであるんだなぁ。


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